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.国際  投稿日:2021/10/1

インド太平洋地域情勢に大きな変化


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#39」

2021年9月27日-10月3日

【まとめ】

・インド太平洋地域の政治、経済、軍事情勢に大きな変化。

・AUKUS設立、中国・台湾によるTPP加盟申請、クアッド首脳会合、関心対象は「中国の台頭」。

・AUKUS設立による米仏の軋轢にも注視。

 

早いもので今年の外交安保カレンダーも今回が39回目となる。「光陰矢の如し」とは良く言ったものだ。9月21日だったか、菅義偉前首相の最後の海外出張が発表された時、日本の一部メディアが「卒業旅行」「思い出作り」「何しに行くのか」などと散々揶揄していたことを思い出した。

ところが、9月24日にクアッド(日米豪印)首脳会議がホワイトハウスで開かれ、踏み込んだ内容の共同宣言が発表されてからは、さすがにそうした批判は聞かれなくなった。また、昨日の東京の新感染者数は150人台!5000人を超えてパニックになったのはつい最近だったような気がする。国民と関係者の努力の結果なのだろうが・・・。

そんなことは誰も言わない。内外情勢は何事もなかったかのように、勝手に進んでいく。自民党の総裁選は今週結果が出て、来週には新総理が誕生する。国際情勢も、8月30日深夜の駐アフガニスタン米軍完全撤退からの一か月間で、インド太平洋地域の政治、経済、軍事情勢は再び大きく変わり始めている。

9月15日にはインド太平洋地域での豪英米の新たな安全保障パートナーシップであるAUKUSの設立が発表され、16日と22日には中国と台湾によるTPP加盟申請がそれぞれ行われた。そして、24日のクアッド首脳会合だ。政治、経済、軍事と内容は異なるが、これらは目に見えない糸で相互に結ばれている。

一連の動きは、米国の外交安保政策の優先順位が、中東における「テロとの戦い」から「自由で開かれたインド太平洋」に移りつつあること、中国がそれに対応していることを示している。第二次大戦以降、米国がアジアに回帰するのは、朝鮮戦争とベトナム戦争に続き今回が三度目、しかも今回の関心対象は「中国の台頭」だ

先週は恒大集団」の破綻の可能性について触れたが、この点は今週の外交安保TVでCIGSの岡嵜研究主幹に詳しく解説してもらった。「恒大」という経済現象を金融のプロと政治アナリストが、それぞれの専門分野から真面目に分析しており、必見ではないかと勝手に思っている。お時間があれば是非ご視聴願いたい。

もう一つ今週書いたのが、米仏の軋轢である。9月15日のAUKUS創設発表で最も傷付いたのはフランス外交だからだ。豪州は一年近くも前からフランスとの潜水艦開発計画に満足していなかったらしく、超極秘裏に米国の原潜導入を考えていたようだ。しかも、この情報は全く外に出なかった。米英豪の保秘体制は完璧だったのだ。

考えてみれば、この三国は太平洋戦争でも同盟国だった。戦後、連合軍海軍が横須賀港に入港した際、艦隊を率いた一人が豪州海軍の司令官だったことはあまり知られていない。当時豪州海軍は英連邦海軍の一員として太平洋戦争に参戦しており、AUKUS共同声明にもあるとおり、豪英米は「海洋の民主主義国家」なのである

この点については毎日新聞政治プレミアに詳しく書いた。仏との潜水艦共同開発計画が破棄されフランスは米国と豪州に駐在する仏大使を召還した。その後米仏大統領が電話会談し、共同声明が発表された。この共同声明がとてつもなく面白い、絶妙の「玉虫色」外交文書なのである。ご関心のある向きはこちらもご一読願いたい。

〇アジア

先週末、詐欺罪などで米司法省から起訴されていた華為技術副会長兼CFOの孟晩舟被告が司法取引で釈放され、同時に中国当局が拘束していたカナダ人2人も解放された。分かり易いと言えば分かり易いが、この司法取引で米国は一体何を得たのだろうか。カナダが米国に頼み込んだのか、気になるところだ。

〇欧州・ロシア

26日のドイツ総選挙で中道左派のドイツ社会民主党(SPD)が僅差で勝利、同党首相候補、ショルツ財務相が軸となるそうだ。やはりメルケルなきキリスト教民主同盟(CDU)ではだめなのか。そうは言っても、ショルツ氏だって現連立政権の一員、ドイツがどの程度変わるかで、今後の欧州の流れが変わるだけに要注意である。

〇中東

先週アフガニスタンでターリバーンが誘拐事件の容疑者4人を殺害し、遺体を公の場でつるし「晒し者」したことが問題視されている。うーん、問題であることはその通りだが、あの連中には何故問題なのか理解できないだろうな、と直感した。ターリバーンと言っても一枚岩ではないということだろう。アフガニスタンの混乱は続く。

〇南北アメリカ

連邦議会の共和党はバイデン政権の支出法案に猛反発しており、債務の上限引き上げを含む、繋ぎの予算法案の交渉が進んでいない。このままいくと10月15日ごろにアメリカ政府が財政破綻するそうだ。この危機的内政状況の中でクワッド首脳会議が開かれた。大統領自身が議会対策をやるバイデン政権は大丈夫なのか、心配だ。

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:オーストラリアのスコット・モリソン首相(左)とロイド・オースティン米国国防長官(右)が2021年9月22日にバージニア州アーリントンで開かれた国防総省での会議に出席。オーストラリア、米国、英国は、他の軍事協力に加えて、オーストラリアが原子力潜水艦を開発および配備するのを支援するための安全保障協定(AUKUS)を発表した。 出典:Drew Angerer/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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