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.国際  投稿日:2022/2/15

「インド太平洋戦略」はTPPの発展的「改称」か


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#07」

2022年2月14-20日

【まとめ】

・ウクライナ情勢緊迫の中、米国がインド太平洋地域重視を再確認した意義は大きい。

・「新たな枠組み」立ち上げは、TPPの「解消」ではなく、発展的「改称」が狙いか。

・日米韓外相会合では「台湾海峡の平和と安定」も確認。文在寅政権下で「台湾」言及の意味は小さくない。

 

先週は、欧州がロシア軍の「ウクライナ国境周辺集結」問題で緊迫する中、北京五輪期間中の東アジアでは外交面で幾つか大きな動きがみられた。米国がようやく「インド太平洋戦略」を発表する中、豪州でクアッド(日米豪印)外相会合が、その直後ハワイでは日米韓外相会合が、それぞれ開催されたからである。

勿論、一連の動きの大半は中国を抑止するためのものだ。米バイデン政権の強い意志が感じられたが、日本が果たした役割も決して小さくはない。個々の文章や会合の詳細には立ち入らないが、ウクライナ問題をめぐり「忙殺」される中、以下に述べる通り、米国がインド太平洋地域重視を再確認した意義は大きかったと考える。

まずはインド太平洋戦略だが、内容的にはそれほど新味がある訳ではない。日韓豪などの同盟国・友好国との連携、安全保障の強化、気候変動や新型コロナ対策など従来から行われてきた政策を再確認している。筆者が注目したのは、経済安全保障関連で近く「インド太平洋地域の経済的な枠組み」を立ち上げると述べたことだ。

トランプ政権が撤退し、残り11か国で守ってきたTPPに米国が近い将来復帰する可能性はない。だが、この「新たな枠組み」では、労働・環境分野の規制、デジタルデータ管理、サプライチェーン構築などで貿易ルールを設定するとしている。バイデン政権は、TPPの発展的「解消」ではなく、発展的「改称」を狙っているのだろうか。

第4回日米豪印外相会合は予想通りの内容で、「本年前半に日本で開催される日米豪印首脳会合の成功に向け、外相間でも緊密に連携していくことで一致」したという。クアッドは今も「発展途上」であり、今後印豪で行われる地方選挙、総選挙を考えれば、こうした会合が積み重ねられていくこと自体が重要なのだろう。(参照:共同声明

豪州では日豪外相会談日印外相会談日米外相会談も行われたが、筆者が最も注目したのはハワイで行われた日米韓外相会合日韓外相会談だった。林外相は「日米韓そして日韓間において、北朝鮮への対応に関し、三国間の安全保障協力の強化を含む地域の抑止力強化などを確認できた」と記者会見で述べている。

他方、日韓二国間関係には目立った進展がなかった。韓国大統領選挙の結果を見るまでは日韓双方とも動きようがないのだろう。その大統領選挙も三週間後に迫っているが、正直言って、確信をもって結果を予測することは難しい。日韓関係は当分冷えたままだろうが、それで喜ぶのが北朝鮮と中国であることを忘れてはならない。

話をウクライナ問題に戻そう。本原稿執筆中にも、ロシアの外相と国防相がプーチン大統領に現状報告を行い、外相が「欧米との協議で合意に達するチャンスはある」と伝えたことを受け、「プーチン大統領は対話の継続を支持する考えを示した」と報じられた。本当かね、今週も戦争勃発の可能性をめぐり内外で活発な論争が続くだろう。

▲写真 ウクライナ情勢の緊迫化に伴い、ポーランドに派遣される米兵(2022年2月14日 ノースカロライナ州フォートブラッグ) 出典:Photo by Melissa Sue Gerrits/Getty Images

〇アジア

言い忘れたが、ハワイでの日米韓外相会合の共同声明では「台湾海峡の平和と安定の重要性」も明記された。躊躇する韓国を米国が押し切ったのか、それとも、韓国が米国との連携を最優先した結果と見るべきなのか。いずれにせよ、文在寅政権の下で「台湾」に言及した意味は決して小さくないだろう。

〇欧州・ロシア

米英の「侵攻間近」論と大陸欧州の「外交的解決」論の論争は対露「情報戦」と見るべきだろう。その中で独新政権の動きが気になる。対ウクライナ支援・連帯は表明しても、ロシア産ガスを運ぶ「ノードストリーム2」を止める制裁には一切言及しない。ショルツ新首相にとっては就任早々大きな政治的試練だが、21世紀の「チェンバレン(対独宥和論者)」にならない保証はあるのだろうか。気になるところだ。

〇中東

ウクライナ問題も台湾問題もない中東では、UAEのドバイで開催中の万博は盛況らしい。ドバイ万博は中東初で、2021年10月の開幕から入場者数が1,200万人を突破したそうだ。今は湾岸地域も気候が良いし、流石は商都ドバイである。だがイランの動きを考えると、こうした一時的な平和が何時まで続くかは別問題だろうが・・・。

〇南北アメリカ

コロナ対策に反対するトラック運転手らの抗議デモで封鎖されていた米国とカナダ国境の橋がようやく再開されたという。カナダ警察がデモ隊を排除した結果で、両国間貨物物流の約3割がようやく正常化するそうだ。それにしても、カナダにも「トランプ主義者的」な人々が大勢いるのだろうか。筆者にはそちらの方がショックだった。

〇インド亜大陸

インド外相がクアッド外相会議に参加したことは良かった。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:日米豪印(クアッド)外相会合(2022年2月11日 豪・メルボルン) 出典:Photo by Sandra Sanders – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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