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.国際  投稿日:2021/10/6

デンマークのスタートアップイベント「TechBBQ」でみたNordic Way


北欧研究所内田真生安岡美佳

【まとめ】

・デンマークで開催されたスタートアップイベント「TechBBQ」。

・北欧は社会的な信頼と支援=「Nordic Way」が整っている。

・大学と企業の距離が近く、学びながら働く感覚を身に着ける環境も。

 

2021年9月16日、17日の2日間に渡り、デンマーク・コペンハーゲンで開催された北欧のカンファレンス型スタートアップイベント「TechBBQ」。北欧のスタートアップイベントでは、フィンランドのスラッシュやエストニアのLatitude59が有名だが、スタートアップ界隈では「TechBBQ」がその独自性からも注目されている。シリコンバレーやロンドンとは異なる独自の「Nordic Way」を貫いたこのイベントは、2012年に始まり、フィンテックやヘルステックをはじめ、幅広いテクノロジースタートアップが参加している。

 

会場では、多数のスタートアップ企業とそれを支えるファンドが集まり、各自のブースで個別PRをするだけでなく、調達資金をめぐるコンペティションやステージ上でのセッション等、盛沢山のイベントが行われた。本稿では、スタートアップイベント「TechBBQ」が示す「Nordic Way」について紹介する。

画像)「TechBBQ」会場内のメディテーションスペース

出典)筆者提供

 

Nordic Wayのスタートアップエコシステム

そもそもスタートアップエコシステムの「Nordic Way」とは何を意味しているのだろう?

 

Tech BBQの現CEO(Chief Executive Officer)であるAvnit Singh氏が、2019年に示した答えは、次のようなものであった[1]

 

スカンジナビアの国々は起業の容易さ、高スキルの人材の多さ、失敗しても自分を守ってくれるセーフティーネット等、既にビジネスに適した条件が揃っている。そして、社会はオープンで、人々は信頼関係を構築できていると同時に、高度にデジタル化されている。これにより、データプライバシーを順守しながら、スタートアップ、政府、企業による、独自のデータコラボレーションを可能にしている。また、独自のビジネスチャンスに加え、スカンジナビアの国々に根付く、育児休暇や長期休暇といったワークライフバランスを継続的に維持している。健康的な労働力と革新的なバッテリーを再充電する機会がなければ、新たな意味のあるビジネスを花開かせることはできない、という事実を我々は知っている。つまり、ノルディックエコシステムとは、「スピードと破壊」によるアプローチを持つシリコンバレー型のエコシステムを目指すものではない。

 

まとめると、世界的に北欧の国々の特徴として認識されている、社会的な信頼と支援、ライフワークバランスの確保、整備されたデジタルインフラの利用をそのままスタートアップの世界に持ち込んだものが、Nordic Wayのスタートアップエコシステムとされる。

 

実際、グローバル起業家精神・開発指数(The Global Entrepreneurship and Development Institute)が2020年に発表した、デジタルエコシステムとスタートアップエコシステムを統合した新たなインデックス「デジタルプラットフォーム経済インデックス(The Digital Platform Economy Index 2020)[2]」では、全116ヵ国のトップ10に北欧4国(スウェーデン5位、ノルウェー7位、デンマーク8位、フィンランド10位)がランクインされている。このインデックスでは、プラットフォームベースの経済の持続性を確保するため、ユーザーのプライバシーの保護状況、独占的な活動の阻止・禁止状況、データ保護のための政府による法規制の整備状況、プラットフォーム内の需要と供給のギャップを埋めるための起業家の活動の支援状況等について調査している。小国にもかかわらず北欧各国の健闘具合が見て取れる。

 

開催国であるデンマークに焦点を当てると、スタートアップのための政府による様々な支援システムがある。EU圏外からデンマークに移り住んだ起業希望者に対して、デンマーク法務局(Danish Business Authority)の傘下組織が「Start-up Denmark」というスキームを実施している。この組織がメンターとなり、事業計画等を作成するためのアドバイスや就労ビザ取得の支援等をおこなっている[3],[4]。また、多くの自治体やエリアにビジネスハブがあり、国籍問わず、起業希望者のために、ビジネスを行う際に関連する法・規制等を教えるセミナーや相談会等が開催されている[5],[6]

 

また、デジタルインフラとして、法人登記および情報変更はオンラインで行い、登記した情報は企業データベースVirk.dkを通じて一般公開されるので、多数の人に自社の存在を認知してもらう機会を得ることができる。

 

そして、企業におけるライフワークバランスという面からみると、一部を除く多くのスタートアップが、従業員の休暇取得の推進、スマートフォンやパソコン等の必要ツールの貸与を行っており、仕事とプライベートを分けることが可能である。

 

「TechBBQ」の会場では、上記のような隅々まで整備されたスタートアップを支援する組織や制度の紹介が行われ、支援ファンド毎に区画分けされたブースが設置されており、スタートアップが人材的にも物理的にも手厚い支援を受けている姿を確認できた。

画像)既存スタートアップによるコンペティション前のアイスブレーク

出典)筆者提供

 

 

大学と企業の距離

Nordic Wayのスタートアップエコシステムには、政府、企業、スタートアップだけではなく、大学も含まれる。具体的な統計や数値を見つけることはできなかったが、企業と大学の繋がりは密接であり、「TechBBQ」においても、大学の研究室発もしくは大学とのコラボレーションによるスタートアップに出会うことが少なくなかった。

 

デンマークでは、8つの国立大学全てが、若いビジネスを急速に成長させるためのスタートアップ・ハブやインキュベーションセンターを持っている。例えば、デンマーク工科大学(Technical University of Denmark:DTU)のSkylab[7]では、スタートアップはDTUの学生か職員がチームに一人いることを条件に、無料でプロフェッショナルのコーチングを受けることができる[8]。コペンハーゲン大学では、分野別のスタートアップハブがあり、その1つであるサイエンスインキュベーターでは、スタートアップに対し、オフィススペースを提供する他、条件により3-6ヶ月のメンターサービス等を行っている[9]

 

また、各大学や複数の専門学校において、企業や地域住民とも共にプロジェクトを行うファブラボが発達している。特に、ロスキレ大学(Roskilde University:RUC)では、授業の一環として地域住民と共に、3DプリンタやCNCスライス盤を利用した工学的なものから地産地消のキムチ作りを行う等、幅広いプロジェクトを実施している[10]。これは、RUCがプロジェクトベースの教育方法を実践しているからとも言えるが、一般にデンマークの学生にとって、義務教育段階から大学に至るまで、プロジェクトベースでの学習活動が身近なものになっている。このプロジェクト活動では、既存の企業が物理的また金銭的に支援していることが多い。学生にとって企業との距離が近く、学びながら働く感覚を身に着けることができると共に、プロジェクトのメンバーとして責任ある立場で自律的に動くことで、企業活動そして起業に興味を持てる環境を構築している。つまり、プロジェクト単位で実験的な取組みに挑戦し、継続する価値があると判断されると、事業化するための支援をすぐに受けられる環境が学生のうちから至る所にあるのだ。

 

少し過保護ではないかと思うが、挑戦には失敗がつきものであるため、安心して挑戦できる環境があること自体が、スタートアップを積極的に行える社会であると言えるだろう。そして、これがNordic Wayのスタートアップエコシステムの持続性に繋がっていると言える。

最後に

「TechBBQ」が示す「Nordic Way」とは、北欧に根付く社会における人との繋がりや、その繋がりにおける信頼関係の強化を利用したネットワークによる挑戦者への支援だった。北欧の社会制度は、多くの人や組織の挑戦と失敗の上に成り立っているものであり、多様な人々の多様な欲望にまみれたやり取りを経て、今の姿がある。もちろん北欧でも、今でも新たなシステムやインフラ導入の際、思わぬ問題が発生し、大幅な遅れやミス等が多発している。全ての人にとって利益と幸福感が平等に分配されている訳ではない。それでも、誰かが挑戦し続けなれば、誰もが挑戦できる国になることは難しい。Nordic Wayは諦めないことの重要性を含んでいるとも感じた。

 

 

 

[1] Techsavvy. The Nordic Way. https://techsavvy.media/the-nordic-way/ (2019.9.17)

[2] The Global Entrepreneurship and Development Institute. (2020). 2020 Digital Platform Economy Index. https://thegedi.org/wp-content/uploads/2020/12/DPE-2020-Report-Final.pdf.

[3] Danish Business Authority. https://danishbusinessauthority.dk/start-denmark

[4] Startup Denmark. Live and launch your startup in Denmark. https://startupdenmark.info/

[5] Erhvervshus Hovedstaden. https://ehhs.dk/content/

[6] StartUp Café Aalborg. https://www.aalborg.dk/business/ivaerksaetteri/tilbud-til-ivaerksaettere

[7] Mika Yasuoka Jensen. (2015). デンマーク工科大学のスカイラボ:新産業を興すための仕組み. https://jensens.hatenablog.com/entry/2015/08/26/230431?_ga=2.182895525.2026667635.1633073151-948792677.1620900141

[8] DTU Skylab. https://www.skylab.dtu.dk/

[9] University of Copenhagen. https://science.ku.dk/science-innovation-hub/science-innovation-hub/about-science-innovation-hub/startup-services/#Incubator

[10] FabLab RUC, Roskilde University. https://fablab.ruc.dk/




この記事を書いた人
内田真生北欧研究所/シニアコンサルタント

奈良先端科学技術大学院大学修士課程修了後、国内エンジニアリング企業、外資コンサルティング企業を経て、現在、北欧研究所に所属。2017年、オールボー大学Master of Problem Based Learning in Engineering and Science (MPBL)にて、Problem Based Learningを学ぶ。北欧の成人教育や企業研修、海洋環境ビジネスなど幅広い調査・研究を行っている。

内田真生

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