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.国際  投稿日:2022/10/10

【TechBBQ】デンマーク流スタートアップイベントの実態


安岡美佳(ロスキレ大学准教授・北欧研究所 )

佐藤奈々葉北欧研究所

【まとめ】

・コペンハーゲンで、北欧と国際的スタートアップコミュニティ創出イベントTechBBQ】が過去最大規模で開催。

・今年で10回目の同イベント。10年前300人だった登録者が昨年は4500人超え、出展企業国数と参加者数が過去最大を記録。

・イベント全体を通して「デジタル」「環境配慮」という側面からデンマークらしさを感じた。

 

テクノロジー イノベーターがネットワークを作り、アイデアを交換し、互いに刺激し合い、最終的に彼らのビジネスの成長を助けるためのスペースを作りたい」という願いから始まった北欧最大級のテックサミット「TechBBQ」が9月14日・15日の2日間にわたって開催された。

2022年のTechBBQは、記念すべき10回目の開催である。初めて公式に開催された2013年は300人であったイベント登録者が、昨年は4,500人を超えた。今年はデンマーク国内および近隣諸国の新型コロナウイルスへの規制が撤廃されたことも味方して、過去最大の参加者を記録した(公式発表)。出展企業の国の数も過去最高になり、その勢いはとどまるところを知らない。

読者の中には「スタートアップと言えば、MetaやGoogleを生んだ米国シリコンバレーではないか」と思った方もいるかもしれない。しかし、北欧は「Nordic Way」という社会的な信頼と支援を活用した独自のスタートアップエコシステムを構築している。詳細は、過去弊所研究員の記事をご参照いただきたい。(『デンマークのスタートアップイベント「TechBBQ」でみたNordic Way』2021年10月6日 

今回は、学生である筆者の目に映った「デジタル」「環境配慮」という2つのデンマークらしさに焦点を当てたい。

■「デジタル」を生かしたコミュニケーション

イベントのさまざまな場面でデジタルを生かした双方向コミュニケーションが行われた。参加者は、プログラムと会場マップはイベントプラットホームアプリ「Brellaから確認する。また、トークセッション中の質問のためにはSlidoが使用され、登壇者とイベント参加者との双方向コミュニケーションを可能にしていた。参加者が関心のある質問に「いいね!」を付けることで、司会者は聴衆の関心度が高い質問を優先して質問できる。さらに、メインステージにおけるトークセッションの様子はBrellaを通してオンラインで同時配信され、個別ミーティングの調整も同アプリを通じて調整された。

TechBBQのイベント責任者であるミケル・ベンディクセン(Mikkel Bendixsen)氏は「紙の代わりにイベントアプリを使用することで、参加者にとっての利便性も向上した」と語っている。例えば、「イベントのアジェンダに土壇場で変更があった場合、すべての出席者はリーフレットを再印刷して配布する必要なく、アプリで直接通知できる」[1]

▲写真 Slidoで集められた質問に答える登壇者:筆者提供

■ イベント開催中も忘れない「環境配慮」

上記のデジタルを生かしたコミュニケーションの恩恵は、参加者と開催者の利便性の向上だけにとどまらない。プログラムと会場マップはアプリから確認できることで、イベントは完全ペーパーレスで実施され、環境にも優しいイベント運営を可能にした。さらに、再利用可能な水筒の持参や、自転車や公共交通機関の利用など、参加者にも環境を配慮するように呼びかける徹底ぶりである。

正直なところ、筆者は一参加者として、スマートフォンでしか会場マップを確認することができないことを若干不便に感じた。しかしながら「スカンジナビア最大のスタートアップサミット」である本イベントがこのような形で環境配慮を強調し、啓蒙することには一定の意義を感じる。

また、参加者にはイベント期間中に使用するネームカードが配布される。このネームカードのストラップ部分には「Made from recycled plastic」の表記があり、細部からも環境に配慮していることが伝わってくる。さらに、イベント後にはこの再生プラスチック製のストラップを返却するよう呼びかけている。これにより再利用が可能になるという。

▲写真 イベント参加者に配布されるネームカード:筆者提供

■ 幅広い業界のTech企業

筆者が実際に参加して驚いたのは、出展していた「スタートアップ企業」の業界が想像以上に多岐にわたっていたことである。また、イベント運営だけでなく、多くの出展企業も環境保全に配慮していることが印象的であった。ここからは、興味深いと感じた異なる2つの業界のスタートアップ企業を紹介する。

exo360

整形外科分野向けに、回復時間、再負傷、手術可能性を低減させるギプス包帯を開発・販売している。ギプスは3Dプリンタを利用して製造されるところに、この企業の特徴がある。また、熱可塑性ポリウレタン(TPU)を用いて、腕の部位により硬さが異なるクッションを作成し、外側を堅いプラスチックで覆っている。TPUはマルチプルプリンタで製造可能で、リサイクルもできる。全てのパーツをパートナー企業に依頼し、リサイクルする。環境保全を考慮し、リサイクルできる素材を使用するという点からSDGsに対する意識の高さを伺い知ることができる。

▲写真 出展の様子。製品を触ることができた:筆者提供

inco Cash & Carry

スタートアップ企業ではないが、新たな取り組みとして新規事業を出展していた企業である。デンマーク最大の食品卸売業者の1つで、垂直農業を行っている同社は、光・風の強さなどの自然状況を人工的にコントロールし、作物にとって最もよい環境を作り出している。土の代わりにココナッツを使い、害虫駆除薬を使用する必要がないため体に優しい農作物を作ることができる。また、水は繰り返し循環させて利用しているため、必要最低限の水での農業を可能にし、環境にも優しい。なお、遺伝子操作製品は取り扱っていない。

▲写真 出展の様子。実際に栽培している様子が見られた:筆者提供

おわりに

デンマークでコロナウイルスへの規制が完全に撤廃されてから初めて開催された今年のTechBBQには、北欧だけでなく世界中から参加者が集い、会場には活気があふれていた。コロナウイルス対策として会場には手指消毒液が設置されていたが、それ以外にはコロナウイルスの影響を感じることがなかった。昼食時には、多くの参加者が、野外テントで食事をとりながら、近くの人たちに話しかけ、ネットワークを広げていた。

日本からはJETRO(日本貿易振興機構)が支援したり、札幌市のstartup city Sapporoチームも参加したりするなど盛り上がりを見せていた。今後の国内スタートアップ支援イベントがどのように開催されるのか、注目したい。

[1] Brella ホームページ Success story of TechBBQ https://www.brella.io/success-story/techbbq

 

【佐藤奈々葉プロフィール】

中央大学総合政策学部国際政策文化学科所属。トビタテ留学JAPAN14期生としてデンマークに留学。日本のジェンダーギャップに問題意識を持ち、研究したいという思いから現在、北欧研究所でインターン。普段はコペンハーゲン大学の政治科学部で、政策という観点からジェンダー学を学んでいる。ゼミでは「リプロダクティブヘルスライツとその教育方法」について研究しており、コミュニケーションや教育にも関心を寄せる。日本での包括的性教育の実践を提案することを念頭に、デンマークの教育方法や家庭・学校でのコミュニケーションの研究に注力する予定。

トップ写真:北欧最大級のテックサミット「TechBBQ」のメインステージの様子(2022年9月14日・15日 コペンハーゲン)/著者提供




この記事を書いた人
安岡美佳コペンハーゲンIT大学アシスタントプロフェッサー、北欧研究所代表

ロスキレ大学サステナブルデジタリゼーション准教授、国際大学グローバルコミュニケーションセンター客員研究員、JETROコンサルタント


慶應大学で図書館情報学学士を取得後、京都大学大学院情報学研究科にて社会情報学を専攻し修士号を取得。


東京大学工学系研究科先端学際工学博士課程を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学より博士号を取得。京都大学大学院情報学研究科Global COE研究員などを経て現職。


現在は「情報システムのための参加型デザイン」への関心から派生し、北欧のデザイン全般、社会構造や人生観、政治形態にも関心を持ち、参加型デザインから北欧を研究。


また、参加型デザインで日本に貢献することを念頭に、最近ではデザイン手法のワークショップやデザイン関連のコンサルティング、北欧(デンマーク・ノルウェー・フィンランド・アイスランド・グリーンランド)に関する調査・コンサルティング業務に従事。

安岡美佳

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