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.国際  投稿日:2021/12/13

キャンドル大国デンマークの悩み


安岡美佳(ロスキレ大学准教授・北欧研究所 )

郡嶋さくら(北欧研究所)

【まとめ】

・キャンドル大国デンマークではキャンドルの悪影響が懸念され、一時期よりも使用率が低下している。

・キャンドル燃焼時に生じるブラックカーボンや超微粒子の悪影響は認証マーク付きのキャンドルやソイワックスキャンドル等を使用することで改善される。

・キャンドル自体の変更よりも、芯の長さの調節や部屋の風通しを良くする工夫の推奨が現実的である。

 

デンマークは、キャンドル消費世界一である。

「キャンドル消費世界一」と言われてもあまりピンとこないが、数字で言うと「1年間1人当たりのキャンドル消費量6kg」である[1]。一瞬間があって、本当にそんなにキャンドルを焚くのか、と聞きたくなってしまう。

それが、本当に焚くのである。

デンマーク独自の居心地の良さを表すヒュゲ(hygge)の文化にキャンドルは必須なアイテムであり、特にクリスマスのこの時期になるとよりキャンドルの重要性も増してくる。

クリスマスカレンダーキャンドルというキャンドルもあり、クリスマスまでのカウントダウンを行うものである。12月1日から、少しずつキャンドルを灯しては消し、最後はクリスマスを迎えるというキャンドルである。

そんなキャンドルを愛してやまないデンマーク人であるが、近年キャンドルによる悪影響が懸念されている。燃焼時に発生する超微粒子が気管支や肺に悪影響を与え、さらには環境やガン発生時の一要因ともなりうるブラックカーボンも排出するのだ。

日本人の私からすればキャンドルによる悪影響など考えたこともなかったが、デンマーク人にとってこれは一大事である。重要な生活の一部が身体に悪影響を与えているかもしれない、という不安からか近年キャンドルの使用率は低下している[3]。

デンマークで進むキャンドルの影響についての議論を吟味し、デンマーク人が最近注目する悪影響が心配されないキャンドルについて紹介していきたい。

・身体や環境に良いものではないが、さほど悪くもない

デンマークの環境・食糧省によると、デンマークで主に使用されているキャンドルはクラウントップキャンドル とピラーキャンドルの2種である。これら2種のキャンドルを参考にして、燃焼時の排出物に関する調査が行われた。

調査によると、主なろうそく燃焼時に発生する超微粒子の多くは水溶性塩(リン酸アンモニウムと硫酸塩)で構成されている[3]。この水溶性塩はキャンドルの芯の保護のために使用されているものである。

懸念すべき点は超微粒子は吸い込むと肺の肺胞に入る可能性があるという点であるが、水溶性塩は高温に触れると融解し、体内から容易に排出されると考えられている。そのため、持病を抱えている場合を除き、キャンドルを燃焼時に水溶性塩が発生しても特に害はないといえる。

しかし、水溶性塩を容易に排出できなくなると、呼吸器系や血管系の病気などの深刻な病気を引き起こす可能性があるため、持病を抱えている場合は注意する必要がある。

環境・食糧省によると、超微粒子の高い濃度が測定されたのがクラウントップキャンドルであった。それに対して、パームステアリン(ヤシ油を結晶化して作られる混合物)またはパラフィンワックス(石油の精製過程で製造されるロウ)を使用して粒子の排出を抑えたピラーキャンドルでは低い濃度が測定された[2]

水溶性塩の他には、ブラックカーボンの発生が懸念される。ブラックカーボンは主にディーゼルエンジンの排気ガス、石炭の燃焼、森林火災等によって排出されている。地球温暖化全体に占める12%の割合をブラックカーボンが占めており[3]、ブラックカーボンはその発がん性も問題視されている。

しかし、デンマークの環境・食糧省の調査によると、デンマークで主に使用されているキャンドルはブラックカーボンの含有量が非常に少なかった。同調査において、キャンドルのブラックカーボンや煤の排出量は少なかったが、その中で、ブラックカーボンの割合が最も高かったのがパームステアリンを使用したピラーキャンドルで、パラフィンワックスを使用したピラーキャンドルが最も低かったという[3]。

水溶性塩を主とした超微粒子や、ブラックカーボンは確かに身体や環境に悪影響を与える物質である。しかし、特に持病を抱えていない場合、水溶性塩は体内に吸収されても排出されるし、ブラックカーボンもキャンドル自体に含まれている量は少ない。もちろんキャンドルは身体と健康に良いものであるとは言えないが、特別有害であるという訳ではないのである。

・認証マーク付きのキャンドルやビーガンキャンドルを

では、身体や環境にさほど悪影響を与えないのであれば、「このままキャンドルを使い続けていいのか」という問いが出てくる。もちろん、大きな悪影響がなかったとしても、長く使い続けるなら身体や環境を考慮したキャンドルを選択する方が良いと言えるだろう。そこで認証マーク付きのキャンドルやソイワックスキャンドルを紹介したい。

Nordic Swan Ecolabel」

デンマークのキャンドルの製造過程や使用過程における環境への影響を踏まえて、エコフレンドリーだとされたキャンドルにはこの認証マークがつけられている。

▲画像 出典:nordic-ecolabel.org[4]

RAL

こちらはドイツの認証マークであるが、健康への影響を考慮したり、目に見える煙や煤を排出しないとされたキャンドルにはこの認証マークがつけられている。

▲画像 出典:ral-c.com[5]

ソイワックスキャンドル」

ソイワックスキャンドルは通常のパラフィンワックス等で生成されるキャンドルよりも経済的であり、環境にも良いとされている。ソイキャンドルは天然素材の大豆で生成されているため、パラフィンワックスキャンドルと比較して煤の排出量も少なく、有害なガスの排出もない[6]。燃焼時間もパラフィンワックスと比較して長いため、長持ちで経済的だとされている。

ここではソイワックスキャンドルを紹介したが、他にもココナッツワックスキャンドルやビーワックスキャンドルも、通常のパラフィンキャンドルと比べて排出物が少なく長持ちするとされている。

・従来のキャンドルからの変更は非現実的?

ソイワックスキャンドル等のエコフレンドリーとされるキャンドルについて、実際にデンマーク人はどのように思っているのか気になったので、あるデンマーク人の友人に聞いてみた。

まず、キャンドルが身体や環境に悪影響を与えうることをよく知らなかったそうだ。したがって、ソイワックスキャンドルやハニーワックスキャンドルのことも初めて聞いた、とのことだった。「LEDキャンドルはデパートとかで売られるようになったな、とは思ったくらいかな」だそうだ。

しかし彼は学生で、彼の家に行った際もキャンドルはあったし、キャンドルを使わないという訳ではなさそうである。キャンドルが与えうる悪影響について知っているデンマーク人も多いとは思うが、正直、知らないデンマーク人も意外と多いのかも知れないと感じた。もちろんこれに確証を持つためには、百人単位でインタビューをする必要があるだろう。

筆者自身、確かにスーパーマーケット等で認証マーク付きのキャンドルやソイワックスキャンドルやココナッツワックスキャンドルを見かけることは少ない。身体も環境も害さないキャンドルを身近に購入できる環境は十分に整ってるとは言い難いのである。ソイワックスキャンドル等は専門店のウェブサイトを通して購入するのが一番簡単な方法だと思われる。

キャンドル消費一の国であるからといって、従来から長く使われてきたキャンドルからの新たなキャンドルへの変換は簡単ではない。煤の発生を少しでも避けるために、キャンドルの芯が長くなりすぎた場合は芯を切ったり、キャンドルの炎が揺らぐような風の発生を防ぐように工夫したり、そのような細かい工夫を推奨する方が良いのかもしれない。

・キャンドル消費世界一ってどういうことなのか

生活を豊かにする上での一要素がどのような影響を与えているのか、実はもっと知る必要がある。身近に存在し、頻繁に使用しているモノこそ意外と自分や周囲に思いがけない影響を与えているかもしれない。消費世界一であるからこそ、もっと多くの人にキャンドルが与えうる悪影響やその改善策について広める必要があるはずではないだろうか。

 

<参考文献>

[1]Meik Wiking. (2016). The Little Book of Hygge The Danish Way to Live Well. Penguin Random House UK. p.12

[2]Ministry of Environment and Food in Denmark. (2018). Environmentally friendly candles with reduced particle emissions. Retrieved from Environmentally friendly candles with reduced particle emissions

[3]【温暖化】No.19「ブラックカーボン」ってな~に?. Kids環境ECOワード. (2010). Retrieved from Kids環境ECOワード「ブラックカーボン」

[4]Nordic Swan Ecolabel. Retrieved from Nordic Ecolabel | Nordic Ecolabel

[5]Gütezeichen-kerzen. Retrieved from RAL Quality Mark for Candles | Home

[6]M.E. Ojewumi, O.O. Olanipekun, O.R. Obanla, E.O. Ojewumi, R.S. Bassey. (December, 2019). Production of Candle from Oil Extract of a Legume – Soybean. Retrieved from 

https://www.researchgate.net/profile/Ojewumi-Elizabeth/publication/338571475_Production_of_Candle_from_Oil_Extract_of_a_Legume_-_Soybean/links/5e1d81f9299bf10bc3abfdea/Production-of-Candle-from-Oil-Extract-of-a-Legume-Soybean.pdf

 

【郡嶋さくらプロフィール】

早稲田大学国際教養学部所属。日系のインテリア会社や外資系の照明器具会社での長期インターンシップを経て、現在は北欧研究所のインターン。交換留学でデンマークのコペンハーゲン大学に交換留学をしており、現在デンマークデザインや文化について学んでいる。ゼミでは「ポールヘニングセン の照明と居心地の良さ」について研究しており、日本で居心地の良い住空間を提案することを念頭に、今後はデンマークのインテリアや照明に関する調査に注力する予定。

トップ写真:聖ミルベアラー大聖堂 アゼルバイジャン・バクー(2020年1月6日に) 出典:Photo by Aziz Karimov/Getty Images




この記事を書いた人
安岡美佳コペンハーゲンIT大学アシスタントプロフェッサー、北欧研究所代表

ロスキレ大学サステナブルデジタリゼーション准教授、国際大学グローバルコミュニケーションセンター客員研究員、JETROコンサルタント


慶應大学で図書館情報学学士を取得後、京都大学大学院情報学研究科にて社会情報学を専攻し修士号を取得。


東京大学工学系研究科先端学際工学博士課程を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学より博士号を取得。京都大学大学院情報学研究科Global COE研究員などを経て現職。


現在は「情報システムのための参加型デザイン」への関心から派生し、北欧のデザイン全般、社会構造や人生観、政治形態にも関心を持ち、参加型デザインから北欧を研究。


また、参加型デザインで日本に貢献することを念頭に、最近ではデザイン手法のワークショップやデザイン関連のコンサルティング、北欧(デンマーク・ノルウェー・フィンランド・アイスランド・グリーンランド)に関する調査・コンサルティング業務に従事。

安岡美佳

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