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.国際  投稿日:2021/11/24

中国テニス選手と中国前副首相との不倫騒動


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国テニス選手の彭帥氏、SNSで張高麗前副首相との不倫告白後、行方不明に。

・女子テニス協会のサイモン会長兼CEOが彭帥選手に深い懸念を示した。

・IOCのバッハ会長、彭帥氏とテレビ電話で連絡を取ったと発表するも、肉声は聞いていない

 

今年(2021年)11月2日、中国テニス界女子ダブルスのエース彭帥(ほう・すい:ポン・シュアイ。35歳。湖南省出身)が、SNS(微博)で張高麗前副首相(ちょう・こうれい:ジャン・ガオリー。75歳)との“40歳差不倫”を告白した。中国当局は、すぐにその文章を削除した。そして、まもなく彭帥は行方不明になっている。

▲写真 第19回共産党会議の閉会式にて。朱鎔基元首相と張高麗前副首相(2017年10月24日、中国・北京で) 出典:Photo by Lintao Zhang/Getty Images

彭帥は世界4大大会のウィンブルドン選手権女子ダブルス(2013年)と全仏オープン女子ダブルス(2014年)で優勝した。

一方、張高麗は4直轄市の一つ、天津市トップ(在任期間は2007年3月- 2012年11月)を務めた。また、張は中国共産党最高幹部、(今の第19期の直前)第18期政治局常務委員の1人だった。そして、国務院第一副首相(同期間は2013年3月- 2018年3月)も務めている。

彭帥の告白文(事実関係は不明だが、ここでは彼女の主張が本当だと仮定する)によれば、10年以上前、天津で彭帥と張高麗は初めて男女関係になったという。7年前、再び2人は一度だけ性的関係を持ったという。その後、張高麗は北京へ副首相として赴任したので、関係はそれっきりになったようである。ところが、3年前、張高麗は退職し、彭帥を天津へ招いて、再び関係を持ったらしい。

彭帥によれば、張高麗から一銭も受け取っていないという。また、張高麗は彭帥に「(復讐されても)何も怖くない」と語ったようである。

彭帥の文章中、興味深いのは、彼女が中国ドラマ『宮廷の諍い女』(原題は『後宮・甄嬛<しんけい>傳』)に言及した点だろう。このドラマは、大清帝国の雍正帝時代、紫禁城の後宮(中国版大奥)に入る秀女(側室)達を描いた大作である。

彭帥は張高麗夫人(康潔)を同ドラマに登場する無慈悲な皇后になぞらえた。甄嬛は皇帝の寵愛を受けた。そのため、皇后らから嫉妬され、冷酷な罠を仕掛けられた。しかし、それらを乗り越えて行くというストーリーとなっている。

彭帥の文章から推測すると、康潔は彼女に対し辛辣だったようである。そのため、彭帥は相当傷付いたのではないか。彼女は張高麗夫妻からの仕打ちで、告白文を投稿したのかもしれない。

11月14日には女子テニス協会(WTA)のスティーブ・サイモン会長兼CEOが彭帥選手に深い懸念を示した。

それに対し、中国国営英語放送CGTNは、彭帥がサイモン会長とWTA幹部に送ったとするEメールをツイッターに投稿した。そこには、自身の告発は「真実ではなく」、「今は自宅で休んでいて、何も問題ない」と述べている。しかし、同18日、サイモン会長は「かえって彼女の安全と消息への懸念が高まった」とコメントした。そして、メールが彭帥のモノだとは信じられないと語っている。

他方、大坂なおみ選手やセリーナ・ウィリアムズ選手、それにジョコビッチ選手らも彭帥の件を憂慮している。ひょっとして、この事件が、来年2月の北京冬季五輪に影響を与えるかもしれない。選手の人権を守れない国での五輪には出場したくない、という人が現れてもおかしくないだろう。

問題は彭帥と張高麗が、芸能人と政治家との関係ではなかったという点である。例えば、有名女優の范冰冰(ファン・ピンピン)は王岐山国家副主席と特別な関係があったという。一部の芸能人は、有力政治家と深い関係を築き、それをテコにして、芸能界でのしあがろうとする。

▲写真 第71回カンヌ映画祭に出席する范冰冰氏(2018年5月11日 フランス・カンヌ) 出典:Photo by Stephane Cardinale – Corbis/Corbis via Getty Images

ところが、彭帥と張高麗は、単に有名スポーツ選手と有力政治家の関係に過ぎなかった。仮に、彭帥が全国人民代表大会代表とか、政治協商会議メンバーになるつもりだったら話は別だっただろう。張高麗の力を借りれば可能だからである。だが、彭帥が政治家へ転身を図っていたとは考えづらい。

今度の騒動は、一部メディアが指摘するように、彭帥の張高麗に対する「#MeToo運動」の一環と言えるのだろうか。

中国で「#MeToo運動」の先駆者は、ハンドル名「弦子(シエンズ)」で知られる中央電視台インターン周暁璇(28歳)である。弦子は3年前、著名テレビ司会者(朱軍)を相手取り、セクハラ被害で提訴した。そして、一躍、中国の「#MeToo運動」の中心的人物となった。けれども、今年9月14日、北京市海淀区人民法院(裁判所)は証拠不十分で彼女の訴えを棄却した(ただ、弦子は上告する予定である)。

ところで、11月20日、行方不明の彭帥に関して国際的注目が集まる中、『環球時報』編集長の胡錫進は、同日、彼女がコーチや友人らとレストランで食事をするシーンの動画を公開した。更に、翌21日、北京で行われたイベントに登場した彭帥の動画も公表された。

既述の如く、中国共産党としても、これ以上、彭帥の姿を公にしなければ、北京五輪に影響すると考えたのではないか。同日、国際オリンピック委員会(IOC)は、トーマス・バッハ会長が、彭帥と30分間テレビ電話で連絡を取ったと発表した。

ただし、バッハ会長は、彭帥から直接、肉声を聞いたわけではない。習近平政権が彭帥の肉親・兄弟等を“人質”にとって、彼女の発言を封じ込めた可能性を排除できないだろう。

トップ写真:中国の彭帥選手 2020年全豪オープン(2020年1月23日、オーストラリアのメルボルンにて) 出典:Photo by Clive Brunskill/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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