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.社会  投稿日:2021/12/3

ゼロリスク、ゼロコロナ追求で失う重大な勝因


照井資規(ジャーナリスト)

【まとめ】

・ゼロリスクを追求すると勝機を逃してしまうため、状況のうち70%程度が「読めた」段階で行動に移す。

・「わかりやすい目標」は要注意、実効的なリスク管理には努力が必要

・最大の障害は、論破と独断専行

 

ゼロリスクを追求すると「時間」を失う

「リスクをゼロに」「ゼロコロナ」を追求することは危機管理を正しく行えていないことの他ならぬ証左である。世の中に完全というものはないのであるから、リスクをゼロにすることはできない。戦術では最悪の事態を想定することは当然であるが、ゼロリスクを追求していては時間がかかりすぎて勝機(勝つためのチャンス)を逸してしまう。そのため状況が70%程度「見えた」段階で、致命的な損害を被らない程度に対策を講じて行動に移すことになる。

出来ないことを追求することで貴重なものを失ってしまう。その最たるものは「時間」だ。時間は戻すことができない。本来であれば、補えるリスク、補えないリスクに分けて優先度の高いものから対処していくもので、「時間」は総じて他の要素よりも優先される。

戦闘といえば、勝ち負けにこだわりがちであるが、実は時間までに任務を達成することが最も重要だ。戦争において、当面の戦闘が全てではなく、次の戦いが控えているもので、時間をかけすぎてしまえば一度の勝利など、一度の敗北で簡単に優位を失ってしまいかねない。「勝機を待つ」「待てば海路の日和あり」の言葉もあるが、それは先に獲得した余裕の中で行うものである。戦争そのものが長引けば、敵国は新型の武器を開発し、新たな兵士を訓練して送り込んでくる。何よりも経済力の負担が限界に達しては戦い続けることができない。大東亜戦争において犠牲者が急激に増加し始めたのは、早期講和の機会を失ってからであるし、コロナ禍対策においても、あと数ヶ月ワクチン接種開始が早ければ東京オリンピック・パラリンピックで相当な経済効果を得られたはずである。優秀な指揮官とは常に時間を味方にできる者である。

勝つための70%ルール

▲図 「行動し目標達成するための70%ルール」(2021年11月6日) 制作:照井資規

図「行動し目標達成するための70%ルール」にあるように、戦術では状況のうち70%程度が「読めた」段階で行動に移す。敵は行動を秘匿して攻めてくるのであるから、敵状が100%判明することはあり得ない。よくて30%程度が「見える」のであり、兆候や地形などの条件と戦術的妥当性からの推察により、見えない部分の40%は「読む」ものだ。故に、敵の指揮官の性格なども要素に入れて「敵の可能行動」と「我の行動の実行可能性」を比較検討し勝機を見つけていく。残る30%は実際に戦ってみないことにはわからない。予測が外れた場合に備えて予備戦力を確保しておき、O/C「我の行動方針」※1も敵の出方に備えて複数用意する。

準備を進めていく中で「方針」は「計画」へ、続いてそれぞれの「作戦」O-1、O-2、O-3※2へと具体的なものになる。命令1つで部隊が一斉に行動を変えられるのは、こうした周到な準備によるものだ。業務は期限までに限られた時間内でできるだけのことを逆行的に進めていく。自衛隊を含め各国の防衛組織が時間に大変厳しいのはこのためである。

重要なものほど理解されにくい

戦闘においてリスクをゼロにすることはできない。ゼロリスクを追求するあまり戦闘に勝てなければ国の存続が危うくなる。リスク管理のうち「できないこと」「やらないこと」を早く決めなければ、それらを補う方策について考える時間が無くなってしまう。

わかりやすい目標は大衆に支持されやすい。「犠牲者を出さない」ゼロリスクなどは最たるものだ。しかし、実際には不可能なことをもっともらしく語る者で信頼できる者はいない。「誰かは死ぬ、全員は助けられない」と耳障りなリスクを言えて、現実的な対策を講じることが結果として最善の策になる。ゼロリスクは目に見えて誰にも解りやすい。しかし、実効的なリスク管理とは、複数の方法に渡り、中には想像しにくく目に見えない形で行われるものもあるため、理解や支持を得られるための努力を要する。大切なことほど理解されにくいものだ。しかし、ここが重要である。理解を得るためにする努力を通じて「協力」が得られるからだ。そもそも単独で対処できない複雑な問題であるからこそリスクになる。部外力や他の分野で補わなければ解決はできないのであるから、調整力やそれを実行できるだけの人格は非常に重要だ。

最大の障害は、論破と独断専行

議論を通じ、異なる考えや違う意見を受け入れることによって問題は解決していく。時間はかかるものの、結果としては最良の策となる。議論は調整を兼ね、自分単独では達し得ない新しい質を獲得できるからだ。独断専行は早く対処できるように思えるが、致命的な間違いを犯した場合に打つ手が無くなる。有事に時間をかけたくなければ平素から良好な人間関係を築いておくことだ。ここでも人の器の大きさが重要な要素となる。この面では本来、日本は優れた文化を有しているはずである。論破では何も変わらない。それは何も産み出さない自己完結満足であって「私は莫迦です」と自ら言っているようなものだ。

不幸は決して単独でやってこないのであるから、コロナ禍で大地震発生、放射性物質の拡散を伴う爆破事件など複合事態に備えるためには、リスクを正しく分析し、連携して対処できる態勢づくりが求められている。

※1 O/C our course of action 「我の行動方針」敵はEnemyでE/Cとなる。E/Cの分析には必ずMost Dangerous Course of Action「我に重大な影響を及ぼす敵の可能行動」Most Likely Course of Action「最も蓋然性の高い敵の可能行動」の2つを含める。

※2 O-1:Own Course-1 「我の行動計画1号」一般社会では「プランA」「プランB」などと表現されるが、それよりも緻密で細分化された内容による作戦計画

トップ写真:ロサンゼルス国際空港(カリフォルニア州ロサンゼルス)の国際ターミナル内で稼働するCOVID-19検査センター(2021年12月01日) 出典:Photo by Mario Tama/Getty Images




この記事を書いた人
照井資規ジャーナリスト

愛知医科大学非常勤講師、1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。


同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科、幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務め、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。国際標準事態対処医療インストラクター養成指導員。著書に「イラストでまなぶ!戦闘外傷救護」翻訳に「事態対処医療」「救急救命スタッフのためのITLS」など

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照井資規

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