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.国際  投稿日:2023/6/15

アメリカはいま――内政と外交・ワシントン最新報告 その18(最終回)ユダヤ資本の実態、ウクライナ戦争の展望


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・ユダヤが特定の目的を持って、米政治を特定の方向に動かすことはない。

・米国内では、ウクライナばかり支援していると中国への抑止を怠って大変なことになるとの見方が強い。

・ウクライナか中国か、という選択は米外交での最大課題の1つ。

 

これまで17回にわたって紹介してきた「アメリカはいま」という報告では、この講演の最後に聴衆側から質問がありました。それらの質問とそれぞれに対する答えを報告しておきます。質疑応答の紹介です。

■質疑応答

・質問(1)アメリカでは、ユダヤ資本(ウォール街等)に政権が影響を受けているとよくいわれますが、本当のところはどうなのでしょうか。

古森 ユダヤ資本がアメリカの政治を動かしているかいないか、という簡単な言い方をすると、私の答えはノーです。まず、ユダヤ資本という概念自体が多分に陰謀説の単純な見方に基づいているといえます。ユダヤ系のアメリカ人というのは、いまは1,000万人くらいでしょうか、でも非常に優秀な人が多いし、所得も高くて、ハリウッドに食い込んでいるとか、金融界に多いとかいう状況も確かです。

けれども、その人たちがユダヤであるがゆえに特定の目的を持って、アメリカの政治を特定の方向に動かすということはないといえます。ユダヤ系アメリカ人のなかでも保守がいる、リベラルがいる、いろいろな方かいます。ジョージ・ソロスという人物ユダヤ系ですが、ちゃきちゃきの民主党リベラルです。だけどそれに対抗するユダヤ系の保守派の重要人物もたくさんいるわけです。だから、ユダヤが世界を、あるいはアメリカを動かしているというのはちょっと古い、しかも誤った認識だと思います。

・質問(2)いま世界的に見て一番関心があるのはロシアとウクライナの戦争です。これに対していろいろと批判的なコメントがある。日本のマスコミから聞こえてくる話は、アメリカのなかでは最近は徹底的にウクライナを支援するということに対するネガティブな姿勢が生まれてきているというようなことがずいぶん報道されているのですが、そこらへんはアメリカはどうなるとお考えでしょうか。

古森 ウクライナばかりに支援していると中国への抑止を怠ってしまって大変なことになるという意見が、共和党のなかのまた超保守派のなかに出てきています。私も、ジョシュー・ホーリーという若手の上院議員がそういうことをわーっと語るのを目の前で聞きました。でも共和党のなかの少数派です。ただ、それが少しずつ広まっているという感じはします。

本当にアメリカに実際に攻撃をかけて、アメリカの根幹を破壊するというようなことをできるのは中国だけだ。本当のアメリカにとっての中期的・長期的な脅威は中国だけだ。だから、中国への対処を怠るようなかたちで、ウクライナ、ウクライナといって支援をしていると間違えるぞよという声は出てきている。これから大統領選挙の来年にかけて、その問題がかなりの争点になるのではないでしょうか。

いまウクライナ情勢がどうなるかわからない。なかなか勝負がつかない。ロシアが負けて引っ込んでくれればいいのだろうけれども、そうもいかない。

トランプ氏は、自分が大統領のときだったら絶対にロシアはウクライナに攻め込まなかったというようなことを言うのです。それを証明するのは難しい。

一方、バイデン大統領はロシア軍がウクライナ国境に集って、もしかしたら入ってくるかもしれないといったときに、入ってきたときも含めて、軍事的には対応しないと言ってしまったのです。経済制裁だけでいく。この点はいまも共和党側から批判されています。

軍事対応はしないと言う必要はなかったという指摘が多いのです。もしかしたらアメリカも軍事的に対応するかもしれないという余地を残しておけば、それが抑止になるのだ、という。トランプ氏の発言で自分が統治していたら、そんなことは起きなかったというのは、自分ならば軍事的な選択肢も含めて、ロシアの動きに対してもっと強硬に対応していた、という意味なのです。

いずれにしても、ウクライナか、中国か、という選択はこれからのアメリカ外交での最大課題の1つとなるでしょう。

・質問(3)いままさにG7の外相会議が日本で開かれて、5月にはサミットが開かれますね。そういうことに関して先生はどう考えておられるかということが1つ。

もう1つは、昨日のNHKの10時からのテレビ放送で、第二次世界大戦後の負けたドイツの惨状、ベルリンとドイツ国内全体、一般人に対する強烈な、轢き殺したり、死体が並んでいる映像とかがいっぱい出てきたのですが、要は、ウクライナに対する、逆に、戦勝国であるソ連とかアメリカ、イギリスなどの扱い、見るに耐えないような映像も流れていた。何が言いたいかというと、そういうふうなことがいままさに、プーチンがウクライナに対してやっているわけですね。そういうことで、当然、戦争があってはいけないと思うのですが、いずれにしても、今度のサミット等でいったいどういうかたちで日本は動いたらいい、というふうにお考えですか。

古森 アメリカ側も、ロシアと正面衝突はしたくない。アメリカ側はもちろんそれはしないでしょう。G7というのは一種の儀式的な意味が強くて、経済制裁をこれまでよりもロシアがもっともっと困るようなかたちでとれるかどうか。このあたりが期待値の上限でしょうね。

軍事的に何かG7が共同でできることはない。まして、日本が議長国であれば、日本は軍事ということには一切手を触れないわけですから。ところが、残念なことに、これからのウクライナ情勢を決めるのは軍事です。軍事でどっちが勝つかということで停戦状態が生まれるかどうかが決まるわけです。

私自身は、北朝鮮からあんなにミサイルを発射されても、中国があれほど軍事的に恫喝的なことを尖閣でやってきても、とにかく軍事には一切触れてはいけないという戦後の日本の、結局はわれわれの選んだ道なんだと思います。しかしどんな場合でも戦争はいけないのだ、という主張には欠陥があります。

大阪の橋下徹さんじゃないが、ウクライナの人も戦争をしてはいけない。自衛のため、自分の国を守るため、家族を守るためでも、戦ってはいけないのだというのは、あまりに無責任だと思います。国家や国民の生存を賭けて戦っている他国に対して、日本が伝えるべき言明ではありません。ウクライナは国のあり方が問われているときなのです。

だから、では日本が核武装するとか軍事力を大幅に即時、増強すべきだというわけではありません。世界の現実をみて、とくに軍事という面も考えて、日本としてできることがあればしなければいけないという感じるわけです。

G7というのは、そういう日本にとっての一番大事な課題を考え、論じる場です。イギリスだって、フランスだって、みんな核兵器を持ち、軍事力を持っている。ドイツだって自国の軍隊をアフガニスタンにまで出している。日本だけは、アメリカという同盟国が9・11のときに被害を受けて、その反撃としてNATOは全加盟国が宣戦布告し、アフガニスタンのタリバン政権を攻撃したけれど、日本だけは憲法があるからできないという。

私もアメリカの下院議員の民主党の人が目の前で、日本はいつも憲法があって何もしないというが、アメリカがこれだけ同盟国として日本を守ってきて、そのアメリカがやられて困っているときに、じゃあそろそろ日本も憲法を変えてアメリカを助けようじゃないかと言った日本の政治家が1人でもいるかっ、と議会の公聴会で大声で発言したのを聞きました。トランプ政権時代の話です。そのへんに戦後の日本の本質の問題があるわけです。

岸田さんが、広島で原爆を落とされて大変だといって、G7でまとめて、断固としてロシアの非道な行動を抑えるというけれど、それがどれほどの実効があるのかということも考えるべきで、私は日本国のあり方そのものに対しての国際社会、国際秩序からの乖離というのを、こういうときには感じてしまいます。

さっきおっしゃったNHKの、アメリカとかソ連がドイツ側に対して残虐行為をやったということですか、それに対してどう思うかと問われても答えに困るのですが。だから戦争はいけないのだ、戦ってはいけないんだというと、アメリカ、ソ連が戦うのをやめたらナチスドイツが全部勝っていたわけですね。大日本帝国も全部勝っていたかもしれない。だから戦争自体にすべて反対というのは、侵略を許す、降伏を促すことにつながります。

でも、ロシアは、ウクライナに対して、そこまでの徹底した残虐行為はまだやっていないという気がするのですけれどね。例えば、もっと、やろうと思えばできると思うのです。それをやってしまうとますます西側の反発を食らう。ポーランドなどは戦闘機を出すとかいっている。ポーランドの反ロシアの、国をあげ、国民をあげての思いというのはすごく強い。だからアメリカ側にも、もうちょっとロシアとの対決ぎりぎりのところまでの軍事的手段を取ってもいいんじゃないか、もっと高度の兵器を提供すべきだとか、そういう意見はあります。

だから、このままの膠着状態が続いていくと、ますます、ウクライナだけを支援していたのでは対中政策が疎かになりますよという意見がアメリカでは強くなっていくかもしれないですね。

(終わり。全18回。その1その2その3その4その5その6その7その8その9その10その11その12その13その14その15その16その17

**この記事は鉄鋼関連企業の関係者の集い「アイアン・クラブ」(日本橋・茅場町の鉄鋼会館内所在)の総会でこの4月中旬に古森義久氏が「アメリカの内政、対中政策――ワシントン最新報告」というタイトルで講演した内容の紹介です。

トップ写真: ロシアのミサイル射撃で被害を受けた住宅の前に横たわる車の残骸(2023年6月13日 ウクライナ・クリヴィ・リーフ)出典:Global Images Ukraine/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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