日本メディアの対露観、未だ収斂せず
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#52」
2021年12月27-31日
【まとめ】
・米露首脳会談報道、日本メディアの対露観は未だ収斂していない。
・西側が「東西冷戦に勝利した」と思っているのに対し、プーチンはこれぽっちも「負けた」とは思っていない。
・溝は永遠に続く。西側は決してロシアを仲間として受け入れない。
遂に2021年最後の原稿となってしまった。今年も毎週お付き合い下さった読者の皆様方に心から御礼申し上げる。振り返ってみれば、この外交安保カレンダーの第一回原稿は2010年10月18日付であり、あれから飽きもせず11年も書き続けたことになる。飽きっぽい筆者にしては、よくまあ続いたものだと、我ながら(?)感心する。
毎週その時々の気になったニュースやイベントについて、半ば直感的に書くことが多い。だから、当たりもあれば、外れもあったと思う。それでも、こうして10年以上、曲がりなりにも毎回世界一周してきたお陰で、ようやく国際政治とはどういうものか、ほんの少し、以前よりは、分かってきたような気がする。勿論、まだまだ、だが。
筆者にとって最もご縁がなかったのがロシアだ。外務省には強力なロシア語の専門家集団がいる。外務省の外にも、これまた強力なロシア東欧の専門家がいる。筆者の出る幕などなかったし、出たいとも思わなかった。それでも、過去数年で北欧・東欧諸国やバルト海諸国を回り、ようやく欧州国際政治の奥深さが少しわかってきた。
前回は米露首脳会談でプーチン大統領がバイデン大統領に提案した「NATO東方不拡大を約束する米ロ二国間条約の草案」について書いたが、今週はロシアに関する主要日刊紙の最近の社説を読み比べてみた。意見は様々だが、考えてみれば、各社にもそれぞれ一家言ある専門家集団がいるのだから、当然といえば当然だろう。
▲写真 年末記者会見に臨むプーチン露大統領(2021年12月23日) 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images
●産経新聞:「日米欧を中核とする民主主義陣営は今こそ、米ソ冷戦時代のようなプーチン政権の「帝国主義的野望」を放棄させるため、破壊力のあるさらなる経済制裁や軍事政策を含め「力の結束強化」に向けた具体策を模索すべき時だ」
●読売新聞:「ゆがんだ大国意識に基づく軍事的威嚇は国際社会の脅威である」「日本は、ロシアの認識が事実に反することを明確に指摘し、北方領土の軍事化などの動きに断固、抗議せねばならない」
以上の通り、保守系紙の論調はロシアに対し厳しいが、他の日刊紙の内容は微妙に変わってくる。朝日は意外に(失礼!)ロシアに批判的だが、他のリベラル紙はどこか奥歯に物が挟まっているような論調だ。
●朝日新聞:「時代錯誤の国家観を隠さないのがロシアのプーチン大統領だ」、「自らは明文化された約束を平然と破る一方で、自国の安全保障のためにNATO不拡大を保証するよう求めるのは、あまりに身勝手だ」
●毎日新聞:「日本との関係では、北方領土の軍事化を進め」、真摯に対話しようという姿勢はうかがえない」「ロシアは融和を追求した原点に戻るべきだ。対決姿勢だけでは、国際的な孤立を深めるだけだ」
●東京新聞:「制裁解除には欧米との関係改善が必須」だが、「国民の不満が募って」おり、「一見、盤石なプーチン体制」でも、「ロシアは時代の変わり目を迎えていて、社会の深層では静かな地殻変動が起きているのかもしれ」ない。
日経はロシアには厳しいが、北方領土問題では「日本側の方針のブレ」を指摘している点が興味深い。
●日経新聞:「独裁政権の行き着く先は歴史が示している。同じ過ちを繰り返すべきではない」、(北方領土問題について)「政権が代わるたびに方針がぶれるといった日本側の問題もあったことは反省点だ」
なるほど、どうやら日本メディアの対露観は未だ収斂していないようだ。今回のプーチンの動きを元KGB独裁者の「ソ連」復活の野望と見るか、欧州の一員のつもりなのに、決して欧州は受け入れないロシアを救う民族主義者の愛国的行動と見るかによって、今回の米露首脳会談の評価は分かれるだろう。果たしてどちらなのか。
いずれにせよ、最大のボタンの掛け違いは、西側が「東西冷戦に勝利した」と思っているのに対し、プーチンはこれぽっちも「負けた」とは思っていない、もしくは、絶対に負けを認めたくない、だろうことだ。この溝は永遠に続くのだろう。西側は決してロシアを仲間として受け入れない。この点は恐らく、トルコに対しても同様だろうからだ。
〇アジア
オリンピックを間近に控える中国で新規感染者がおよそ1年9か月ぶりに200人を超えたという。ゼロコロナの中国で200人ということは、もしかしたら、実態は2000人はいるかもしれない。これが北京で3年半暮らした筆者の根拠のない実感だ。北京政府は必死で抑え込もうとしているが、完全制圧は難しいのだろう。
〇欧州・ロシア
ロシア外務省は、NATO側から高官協議を来年1月12日に開催するよう打診され、現在検討中だとタス通信に述べたそうだ。恐らくプーチンは「してやったり」と思っているだろう。ウクライナ国境沿いの部隊の一部を撤退させたとも報じられたが、これもプーチン一流の戦術だろう。事務レベルで如何なる議論になるのだろうか。
〇中東
アラブ首長国連邦(UAE)が外交姿勢を変えつつある。昨年のイスラエルとの国交正常化を経て、最近イスラエル首相が同国を公式訪問した。カタルやトルコとの関係改善を進める一方、シリアにも秋波を送っている。この湾岸の大金持ちの小国の動きは米中覇権争いの中で国益を最大化を目指すUAE外交の軌道修正なのか?
〇南北アメリカ
米国の世論調査によれば、「過去40年間、大統領の職務を最も全うした人」はオバマが35%、レーガンが23%、トランプが17%、クリントンが12%だったが、ジョージ・W・ブッシュは4%、父親のジョージ・H・W・ブッシュとバイデンはそれぞれ3%だったという。たかが世論調査、されど世論調査だ。バイデンが最下位なのが気になる。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキャノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:米露首脳会談(スイス・ジュネーブ、2021年6月16日に) 出典:Photo by Peter Klaunzer – Pool/Keystone via Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。