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.国際  投稿日:2022/3/24

米露の情報戦、どちらが勝者か


 

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#12」

2022年3月21日-3月27日 

 

【まとめ】

・今回の情報戦は、今のところ、米国の完勝、ロシアの劣勢は免れない。

・「フォールスフラッグ」作戦を多用するロシア。

・「短時間で、大量の情報の真偽を如何に判断するか」、この能力のある国家だけが情報戦に勝利できる。

 先々週は「デジャヴュ(既視感)」、先週は「ダブルダウン(倍返し)」を取り上げたが、今週は、もう破れかぶれで、「フォールスフラッグ」なる英語表現をご紹介しよう。ちなみに、英語といえば、元外務省の同僚・二階堂幸弘氏が「ジャパニーズイングリッシュでいい!」という学習ガイドブックを書いた。内容は筆者も同感、英語に関心があればご一読をお勧めする。

 さて、本題に戻ろう。False flagは日本語で「偽旗 (にせはた)」と訳され、日本語版ウィキペディアは、「偽旗作戦」を「攻撃手を偽る軍事作戦の一種。海賊が『降伏』の旗を掲げて敵を油断させて逆に相手の船を乗っ取るという行為に由来する」と解説しているが、これは必ずしも正確ではなさそうだ。Wikiとて簡単に信用してはならない。

 「False flag」については4年前に米国ジャーナリストが、「16世紀に使われ始めた比喩的表現で、元々は海賊や軍艦とは無関係だった」と書いている。流石は調査報道の専門家、世の中にはマメに調べる人が結構いるものだ。それはともかく、今回のウクライナ危機で改めて注目すべきは米露の情報戦であろう。

 長い話は止めて、結論だけ書く。

①今回の情報戦は、今のところ、米国の完勝、ロシアの劣勢は免れない。

②米国はロシア抑止のため、本来外に出さない機密情報も惜しげなく公表した。

③これに対し、ロシア側の情報戦はお粗末、特に防衛面は非常に稚拙だった。

 ロシア側は「偽旗」作戦を多用するが、内容があまりに「バレバレ」なので、全く「偽旗」になっていないケースが多い。これに比べれば、ウクライナ大統領は、さすが元コメディアン(ちなみにコメディアンは賢い、賢くなければ笑いを取れない)、見事に「悲劇の国の英雄」を演じている。この差は大きいだろう。

 それでは真の情報と偽の情報を如何に区別すべきか。戦争の情報化とともに新たに生まれた懸念は、夥しい量の諜報、不正確な情報、偽情報を見極める分析力を如何に高めるか、特に、短時間で、大量の情報の真偽を如何に判断するか、という問題だ。この能力のある国家だけが情報戦に勝利できるからである。

情報には、正しい情報(諜報、すなわちintelligence)、間違った情報(disinformationやfalse flag operationを含む)に加え、出所は正しいが内容が間違った情報もある。実はこれが最も扱いの厄介な種類の情報なのだ。

 典型例を最近ネット上で見つけた。ロシアの反体制サイトGulagu.netの創始者Vladimir Osechkinが3月4日にFacebookに掲載したロシア諜報機関の匿名アナリストからの手紙の内容だ。同書簡の要約は日本語でも読める。これなどは「出所も内容もかなり正確」である可能性の高い情報の一つだろう。

 一方、同様の手紙の中には「出所は正しいが、内容が疑わしい」ものもある。その典型例が同じくGulagu.netにOsechkinが掲載した3月9日付のアナリストからの手紙の内容だ。そこには中国の台湾侵攻の可能性について、次のようなくだりがある。

「習近平はこの秋に台湾を占領することを、少なくとも検討はしていた。彼は、中国共産党内の権力闘争に勝ち抜いて3期目続投を実現するため、自らの「小さな勝利」を必要としているからだ。だが今回のウクライナでの戦闘勃発によって、その絶好のチャンスが失われた。そしてアメリカには、習近平を脅し、また彼の政敵たちと好条件で交渉を行うチャンスがもたらされた。」

 真偽の最終判断は読者にお任せするが、筆者は懐疑的だ。情報源は正しくても、その情報源が下す判断や分析が誤っていれば、その情報は「正確でなくなる」の典型例ではないか。

 要するに、仮に情報源が信用できても、内容を鵜呑みにしてはならないということだ。もっとも、こんなこと、情報屋にとっては常識なのだが・・・。

 以下、各地域についてはウクライナ危機の陰で埋もれそうな重要ニュースを紹介しよう。

写真)ロシアの爆撃で10万人以上の住民が閉じ込められたままである都市マリウポリから避難してリヴィウに到着した人々 2022年3月22日 ウクライナ・リヴィウ

出典)Photo by Joe Raedle/Getty Images

〇アジア

 米国務長官が3月21日、首都ワシントンのホロコースト記念博物館で演説を行い、ミャンマー国軍によるイスラム系少数民族ロヒンギャへの迫害について、バイデン政権が「ジェノサイド(集団虐殺)」に認定したと発表したそうだ。うーん、ジェノサイドの定義は拡大するばかりだが・・・・。

 

〇欧州・ロシア

 対ロシア追加制裁として、EUはロシア産原油の輸入禁止を改めて検討しているという。ロシア産原油については米英が3月8日、輸入禁止の方針を表明したが、24日のNATO首脳会談を控え、EUとしても追加制裁を考えているらしい。NATO全体でどこまで連携できるのか、結果に注目したい。

 

〇中東

 エジプト治安当局筋によれば、21日にシシ大統領がイスラエルのベネット首相とアラブ首長国連邦(UAE)の事実上の指導者であるアブダビ首長国のムハンマド皇太子とエジプト国内のリゾートで会談したという。これを米抜きの中東と見るか、米イスラエルと湾岸アラブ諸国の連携にエジプトも加わったと見るか。筆者は後者だと考える。

 

〇南北アメリカ

 今週米内政の一大関心事は、バイデン米大統領が連邦最高裁判事に指名したアフリカ系女性に対する上院司法委員会公聴会の行方だ。民主党内の支持が固まれば承認される見通しで、早ければ4月にも連邦最高裁233年の歴史で初のアフリカ系女性判事が誕生する。これって実は凄いことなんだがなぁ。

 

〇インド亜大陸

 岸田首相のインド訪問について一部に、共同声明にロシアへの言及がなく、共同記者会見でもモディ首相がロシアに言及しなかったことで、あまり成果がなかった、と見る向きもある。しかし、それは違うだろう。外交には、「公表する」ことに意義があるものと、「公表しない」からこそ意義のあるもの、両方がある。「公表されなかった」からといって「成果がない」と断ずるのは、あまりプロフェッショナルな議論ではない。インドの強かな立場など百も承知である。問題はロシアや中国の問題についてインドとどこまで話し合ったかだろう。これが外交の常識である。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真)8人が死亡したロシアの攻撃後のレトロビルショッピングモールの様子。(2022年3月21日、キエフ)

出典)Andriy Dubchak / dia images via Getty Images




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