無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/1/2

戦争回避の「よき前例」を(下)「2022年を占う!」国際情勢


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

 【まとめ】

・1月末にもと懸念されたロシアによるウクライナ侵攻は当面回避か

・北方領土問題を抱える日本にとって、ウクライナ問題は「地球の裏側の騒ぎ」ではない

・「ウクライナのNATO加盟認めるが、米英独軍などは駐留せず、基地新設もしない」で妥結すれば、日本にとって良い前例に

 

ウクライナは、今でこそ旧ソ連邦から独立し、東部クリミア半島の帰属などめぐって、ロシアと一触即発の状態にあることが取り沙汰されているが、かつて中欧・東欧の人々が「ルーシ」「ロシア」と呼んだのは、現在のロシア連邦ではなくウクライナの版図であった。

ロシアよりも南に位置し、黒海に面した比較的温暖な気候で、16世紀には「ヨーロッパの穀倉」と称されたほど物なりがよい。炭鉱はあるが、石油や天然ガスは70パーセント以上をロシアからの輸入に依存していると聞く。

ヒトラーが対ソ戦争を仕掛けた際も、4週間でモスクワを占領するという「電撃戦」が頓挫するや、兵力の多くをキエフ(ウクライナの首都)方面に転じ、食料や燃料を確保して、長期戦へ備えようとした。結果的には、こうした戦略のブレが東部戦線での大敗北につながったのだが、その話はさておき。

現在のロシアは、クリミア半島など東部に住むロシア系もしくは親ロシアの住民による投票で、同地のロシアへの帰属が可決されたとして、ふたつの共和国を承認する事を通じて、実効支配を続けている。

一方ウクライナ政府は、国境線の変更は国民投票を通じてのみ可能であるというのが憲法上の規定であり、投票自体が無効だとしている。国連なども現在のところウクライナの主張を支持している。

この半島は、ロシアにとっては黒海への玄関口であるため、手放すことはできないのだ。

▲画像 クリミア半島(CRIMER)の位置 出典:Pete_Flyer/Getty Images

歴史的にも、いささかややこしい。

13世紀にモンゴル帝国が侵攻し、キエフ大公国と東ローマ帝国がクリミア半島の支配権を失ったが、その後ロシア系が多くを占めるコサックがモンゴルに対する抵抗を続けた。当時のヨーロッパで、モンゴル騎兵と互角に渡り合えるのはコサックくらいなものであった。

その後の紆余曲折は、とてもここで書き切れるものではないので、一挙に話が20世紀まで飛ぶことをお許し願いたいが、ソ連邦が成立すると、矛盾した政策が採られることとなった。

一方では、タタール系などの住民が共産党政権に反対していたとして、多数が「土地を追われ、代わってロシア系住民がクリミア半島に移住したが、他方では、1958年に時の首相ニキータ・フルシチョフが、ロシアとウクライナの友好親善の証として、それまでロシア領とされてきたクリミア半島をウクライナに割譲したのである。

1991年にソ連邦が崩壊すると、ウクライナはあらためて独立国となったのだが、ロシアとの関係はたちまち険悪なものとなった。

直接のきっかけは、ウクライナが黒海艦隊の一部艦艇の所有権を主張したことだが、その後、親ロシア派住民による強引な「投票」、さらには武装蜂起まで起きて、結果的にロシアの実効支配が確立したのが2014年のことである。

そして今次、具体的には2021年末からの話だが、ロシアはウクライナとの国境地帯に17万もの兵力を集め、NATO(北大西洋条約機構)加盟を模索するウクライナに対して圧力を加えた。

1月末にもウクライナ侵攻があるのではないか、と心配されたが、それは、ウクライナ北部と国境を接するロシア領は大湿原地帯なのだが、冬場は凍結するため、戦車などの運用が比較的容易になる。春になって雪が溶け、大湿原が「天然の壕」に戻るまでが格好のタイミングではないか、というわけだ。

ただ、年末も押し詰まってから、2022年初頭にあらためて首脳会談を開く旨が発表されるや、ロシアが早々と軍部隊の一部を撤収させたという事実はある。プーチン大統領自身、

「先制攻撃の意図はない」

と明言しているので、1月末にも、と予測された軍事衝突の危機は(偶発的な衝突の危機は依然としてあるにせよ)、ひとまず回避されたと考えてよいだろう。

▲写真 米露首脳は12月30日に電話で協議し、ウクライナ情勢をめぐり2022年1月にも再び協議することで合意した。写真はオンライン形式での首脳会談に臨むロシアのプーチン大統領(右)とバイデン米大統領(左)。2021年12月7日 モスクワ 出典:ロシア大統領府ホームページ

私見ながらこの会談の帰趨は、我が国としても大いに注目すべき問題をはらんでいる。

おそらく、

「ウクライナのNATO加盟と、ロシアによるクリミア半島実効支配の問題を、ともに先送りにする」

ということで当面の武力衝突を回避すればよしとする方向で話が進むと思うが、日本にとってもっとよいのは、

「たとえウクライナがNATOに加盟しても、米英独などの軍隊は駐留せず、基地も新設しない」

ということで妥結を見ることである。

なぜならば、ロシアとの間に北方領土問題を抱える日本にとっては、こうした解決案こそ「よき前例」となるからだ。

2021年4月には、鳩山由紀夫・元首相が、

「北方領土問題解決のためにも、歴史的背景を考慮して、ロシアによるクリミア併合に理解を示すべきではないか」

などと発言して物議をかもしたことがある。

これはさすがに、国際秩序に対する挑戦とも受け取られかねない暴論で、いかにもあの人らしい、では済まされないと思うが、北方領土問題との関係性に話を絞れば、あながち的外れな議論として切り捨てることもできないと、同時に思うのである。

安倍政権の総括を書かせていただいた際にも述べたが、日米安全保障条約によれば、米軍は日本列島において、

「必要な時期に、必要な場所に、必要なだけの兵力を駐留させることができる」

と規定されている。

ロシアがウクライナのNATO加盟に過敏なほど反対するのも、北方領土の返還交渉が一向に進展しないのも、ロシアにとっては当該地域に米軍基地が造られて「喉元にナイフを突きつけられる」ことなど認められない、という論理である。

さらに言えば、こうしたロシアの防衛政策につけ込んで、NATO加盟をちらつかせつつ、天然資源だけは確保したいという「いいとこ付き」をしてきたウクライナ政府にも、責任の一端がないとは言いがたい。

国際政治が一筋縄で行かないことは百も承知で述べるのだが、ウクライナ問題は決して「地球の裏側の騒ぎ」ではない。

新年を迎えるに際して、私もロシアや東アジアの問題について、もっと勉強せねばならないし、読者の皆様にも関心を深めていただきたいと願うや切である。

はこちら。全2回)

トップ写真:ウクライナとの国境にロシアが軍を増強したことを受けて、ロシア軍侵攻に備えて前線に塹壕を設けるウクライナ軍(2021年12月12日 ウクライナ・ゾロテ) 出典:Photo by Brendan Hoffman/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."