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.国際  投稿日:2022/1/1

戦争回避の「よき前例」を(上)「2022年を占う!」国際情勢


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・中国インフラ再整備計画で「2035年までには台湾を〈融合〉する」との方針発表さる。

・「台湾有事」に日本が巻き込まれるリスクは当面遠のいたと見ることもできる。

・対米追従から脱して行くことも視野に入れ、まずは中国との関係において「独自性」を示すことこそ肝要である。

 

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。

……と言いつつ、新年早々きな臭い話をしなければならないのだが、中国とロシアをめぐって国際的な緊張が高まってきている。

とりわけロシアは、1月下旬にもウクライナに侵攻するのではないか、とまで言われており、NATO(北大西洋条約機構)は神経を尖らせている。

「ウクライナ侵攻が現実のものとなれば、ロシアは恐るべき代償を払わねばならない」

などと繰り返し警告しており、2022年初頭には米ロ首脳会談も開かれる予定だが、未だ予断を許さない状況だ。この問題は、次項であらためて見る。

一方の中国だが、こちらも2021年に、中華民国(=台湾)国防部が、

「中共(=中国)との関係は過去40年で最悪」

と述べるなど、緊張が高まっていた。

この背景には、中国の空軍力と渡洋作戦能力が長足の進歩を遂げ、その気になれば(米国の軍事的プレゼンスを度外視すれば、の話だが)いつでも台湾侵攻・武力統一に打って出ることが可能だ、と見なされるに至ったことがある。

台湾の側も、たとえば地対空ミサイルの配備密度などはイスラエルに続いて世界2位、というほど守りを固めているのだが、それでも軍事力においては質量ともに、中国との差は歴然だとされるまでになった。

ただ、中国共産党首脳部の考えは、どうやら別のところにあったようだ。

2021年暮れに、2035年までの実現を目指すとして、大規模なインフラ再整備計画が発表されたが、驚くなかれ、

「台湾海峡に橋を架けるか海底トンネルを掘り、列車で台湾に行けるようにする」

との計画案が含まれていたのである。同時に、

2035年までには台湾を〈融合〉する

との方針も発表された。

融合とは読んで字のごとく、武力行使などすることなく、政治的・経済的に台湾を取り込むことで、これのなにが厄介かと言うと、昭和の日本指導部がぶち上げた「大東亜共栄圏」のような空想的戦略ではなく、非常に現実味のある話だということだ。

2035年になにか意味があるのか、と思われた向きもあろうかと思うが、これは、

2021年=中国共産党結成100周年

2049年=中華人民共和国建国100周年

という「ふたつの100年」のちょうど中間に当たる年なのである。

2035年にはまた、中国のGDPが米国を抜いて世界一になるのではないか、との予測もあるので、早い話が、かの国は今や、

「世界一の超大国になれば、台湾の国内世論も〈統一〉を歓迎するようになるに違いない。武力侵攻などと無駄な元気を出すまでもない」

といった余裕を見せるまでになったとも言える。

▲写真 中国創設100周年祭と市民(2021年6月25日、湖北省武漢にて) 出典:Photo by Getty Images

実際問題として、中国情勢に詳しいジャーナリストの間からは、台湾はすでに中国経済圏に組み込まれているので、あとは国内世論の問題だけだ、といった声も聞かれる。

我が国にとえっては「ありがた迷惑」だという他はない。

世に言う「台湾有事」すなわち台湾海峡で起きた武力衝突に日本が巻き込まれる、というリスクは当面遠のいたと見ることもできるわけだが、中国の政治的・経済的プレゼンスが今や「台湾融合」をとなえるまでになった以上、中長期的に(それこそ2035年くらいまでに)東アジア全体が中国経済圏に組み込まれて行く可能性は、ますます高まったと言える。

では、我が国はどう対応すべきか。

向こうが長期戦略を策定し、それに基づいて、武力行使も辞さないとする「統一」から「融合」へと舵を切ろうとしているのだから、こちらも見習うべき点は見習うべきであると思う。

中国を見習えとはなにごとか、などと了見の狭いことを言わないでいただきたい。

かつて日本は、欧米列強からの外圧に対し、当初こそ「攘夷」をとなえたものの、彼我の国力の差を知る機会を得た者たちは、ついには徳川幕府を倒して武家社会に終止符を打ち、文明開化=近代国家建設へと舵を切ったではないか。

もともと我が国は、地政学的にも経済的にも中国を無視することはできないし、歴史的な結びつきも深い。

だからと言って、中国が台頭してきたから早いうちに接近しよう、といった「いいとこ付き」の外交政策は、長い目で見て決して国益と合致しない。この議論は、次項ウクライナ問題を語る中で、もう一度取り上げる。

もうひとつ、中国が本当に世界一のGDPを誇る超大国になり得るか否かは、不安材料も多々あると述べたが、日本経済の危機はそれ以上に深刻である。

IMF(国際通貨基金)の統計を見れば、国民一人あたりのGDPでは、ずるずると順位を下げているし、新型コロナ禍からの経済的復興という点でも、米中の後塵を拝することとなってしまった。

やはりこのあたりで、東アジアの諸国との関係性というものを、あらためて見直すべきではないだろうか。

たとえば開催を目前に控えた北京五輪について、米英豪などは、新疆ウィグル自治区における人権問題に抗議するとして、外交的ボイコットを表明した。千集団は派遣するが、開会式などに政府高官などは出席しない、ということだ。

日本も最終的には、政府高官の出席は見合わせるとして米英などと歩調を合わせる形となった。すなわち政府高官の派遣は見合わせるということである。

人権問題は極めて重要なので、これを単なる対米追従だと非難する考えは私にはないが、同時に、米国がイスラム圏で捕らえたテロ容疑者を、戦時捕虜ではない、との理由でキューバのグアンタナモにある海兵隊基地内に拘束し、拷問を含む人権弾圧を続けているのはどういうことなのか、とも思える。

そこまでは言わないにしても、日本は地政学的・経済的に中国を無視することなどできないし、歴史的な結びつきも深いのであるから、やはりここは「独自の判断」が下されて然るべきではなかったか。

21世紀の我が国の外交・国防は、対米追従から脱して行くことも視野に入れねばならず、まずは中国との関係において「独自性」を示すことこそ肝要であると、私は思う。

(下に続く)

トップ写真:敵国の侵入防止訓練中の台湾軍(台湾・屏東にて、2019年5月30日) 出典:Photo by Patrick Aventurier/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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