戦争準備から国内安定へと舵を切った中国
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・習近平政権が戦争も辞さない「戦狼外交」から国内安定重視に方針転換か。
・「習近平派」と「反習派」が鋭く対峙。秋の党大会まで不安定な政治状況続く。
・「習派」は軍を味方に党大会乗り切りを図る。しばらく「衰狼外交」(「死んだふり外交」)が続く可能性。
今年新年早々、『中国瞭望』に沈舟署名の「習近平2022年1号軍令の大変化」(2022年1月4日付)という論文が掲載された。興味深い記事なので、紹介したい。
その中で、まず第1に、沈舟は次のように述べている。
「1月4日、習主席は、例年通り、中央軍事委員会2022年1号命令を発布した。だが、それは前年に比べて大きな変化を見せている。同2021年1号命令で強調した『戦争準備に焦点を合わせる』のをやめる一方、『国家安全保障と軍事闘争の情勢変化』を正確に把握し、『戦争の変化、敵対者の変化』を注視しながら、秋の『第20回中国共産党全国代表大会を迎えよう』と軍に要求した」と鋭く指摘している。
これは、習近平政権が戦争も辞さない対外強硬姿勢(「戦狼外交」)から国内の安定(国家安全保障)を求める方向へ舵を切った証左だろう。
確かに、3年前の「中央軍事委員会2019年1号命令」には、「戦争準備は最優先事項」(『華夏経緯』「2022年1号命令発布!全軍訓練開始!」2022年1月5日付)とある。また、昨年の「中央軍事委員会2021年1号命令」にも、沈舟の言う通り「戦争準備に焦点を合わせる」(同)という語句が登場する。
この2つのフレーズだけを見ると、近い将来、中国が対外的冒険主義を採る-例えば、台湾や尖閣諸島に戦争を仕掛ける-のではないかと危惧する人達が現れても不思議ではない。しかし、沈舟は、「中央軍事委員会2022年1号命令」から推測して、習政権が“内向きの政策”へ大転換したと断定した。おそらく、この主張に間違いないのではないか。
第2に、沈舟は元来「中国軍は党防衛軍であり、国家ではなく中国共産党指導部を守ることが第一の任務である。党指導部は軍事クーデターを最も恐れており、災害救援活動への関与を含め、最高指導部の許可なく大規模動員を行えば危険な兆候と見なされかねない。軍内部でもこのレッドライン(越えてはならない一線)についてあえて触れない」と喝破した。
初めの文は有名な話なので、ご存じの方も少なくないだろう。その後の文で思い出されるのは、重慶市トップだった薄熙来である。薄は、胡錦濤主席外遊の際、自分の力を見せつけようとして軍を動かした。そのため、最高幹部らの逆鱗に触れ、2012年3月、薄は失脚している。
写真)失脚した薄熙来氏(中央)(2013年9月22日 北京市)。
出典)Photo by Feng Li/Getty Images
第3に、沈舟は「2020年と2021年1号軍令では、第1項で全軍が『習近平の軍事強化思想を実行し、新時代の戦略的軍事政策を遂行する』ことが強調された。だが、2022年の軍令では同様の文言が消え、『党中央委員会と中央軍事委員会の意思決定指示を実行する』に置き換わっている。これは、中国共産党が2022年に軍事戦略を実行できないことを示す」と解釈している。ひょっとすると、習近平主席の軍に対する権限が制限されたのかもしれない。仮に、この解釈が正しいとするならば、習主席の一存では開戦しにくいだろう。
第4に、沈舟は「2022年、中国軍の主な任務は対外的なものではなく対内的である。習主席が第20回全国代表大会で主席に再選されるようサポートする。これが2022年の新たな“闘争の様相の変化”だ」と分析している。
写真)中国人民解放軍のパレード(2019年10月1日 北京)
出典)Photo by Andrea Verdelli/Getty Images
年明け、中国共産党の雑誌『求是』は、昨年11月11日、第19期第6中全会での習近平演説全文を掲載した。その中で、習主席は「大きなリスクと強力な敵に直面し、常に平和に暮らしたい、闘いたくないというのは非現実的だ」(『求是』〔2022年第1期〕「歴史を教訓とし、未来を切り開き、懸命に努力し、勇敢に前進する—習近平」2022年1月4日付)と語っている。
この部分に関して、沈舟は「この言葉こそ、共産党の内部闘争の実態を十分に反映しているはずだ」と論文の中で主張している。
他方、習演説の中には、「国家と人民の利益を奪い、党の政権基盤を蝕み、社会主義国家の政権を揺さぶり、党内で政治集団、利益集団作りにいそしむ人々に対して、容赦なく断固対処しなければならない」(同『求是』)という表現がある。これも熾烈な党内闘争を物語っているのではないだろうか。
ところで、既述の如く、今年10月、第20回党大会の開催が予定されている。同大会で、習近平主席が党総書記に三選されれば、習政権は正式に第3期目へ突入する。
けれども、習演説を読む限り、そう簡単に事が運ぶかどうかわからない。なぜなら、依然、手強い「反習近平派」勢力が存在し、「習近平派」と鋭く対峙しているからである。「反習派」は、鄧小平の「改革・開放」路線死守を掲げ、習主席の推し進める「第2文革」を非難している。だからこそ、「習派」としては軍を味方につけ、第20回党大会を乗り切る算段ではないか。
以上のように、中国では、党内闘争のため、今秋まで不安定な政治状況が続くだろう。そこで、習政権は、今まで展開してきた「戦狼外交」をいったん止め、しばらく「衰狼外交」(「死んだふり外交」)に終始する可能性を排除できないのではないだろうか。
トップ写真)中国・習近平国家主席
出典)Photo by Feng Li – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。