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.国際  投稿日:2023/10/26

現時点では考えにくい中国の台湾侵攻


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・米国がウクライナやイスラエルに気を取られているので、中国が今こそ台湾を侵攻する絶好の機会だという見方あり。

・中国共産党は台湾侵攻の準備がまったくできていない。

・現時点で中国が台湾へ侵攻する可能性は著しく低い。

 

現在、ロシア・ウクライナ戦争が継続し、他方、イスラエル対パレスチナ・ガザ地区のハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派が戦っている。近く、イスラエルがガザ地区に地上部隊を投入するという。

さて、目下、米国がウクライナやイスラエルに気を取られているので、中国が今こそ台湾を侵攻する絶好の機会だという見方がある。論理的にはその通りだが、それは現実味を帯びた議論なのだろうか。

まず、習近平政権は、目下、国務院(内閣)自体がガタガタ(a)で、特に、戦争時、一番重要な軍事と外交がほとんど機能していない。軍事や外交のトップが失踪したり、交代したりしている。

次に、習近平主席が暗殺やクーデターを恐れて身を隠している(b)。ここ3ヶ月、習主席はあまり北京に滞在せず、しばしば地方へ出かけている。これで、本当に台湾を侵攻できるだろうか。

更に、中国経済だが、不動産バブルが弾け始め、「金融危機」(c)さえ囁かれている。

かかる状況下、中国共産党は台湾侵攻の準備がまったくできていないと思われる。

一方、米国としては、習近平政権が突如、崩壊すると世界中が混乱するので、なるべく北京にアプローチして、“マイルドな政権崩壊”を目指している観がある。

今年6月以降、なぜか、ブリンケン国務長官以下、様々な重要人物が訪中している。最近ではシューマー米上院院内総務が率いる上院議員団が北京で習主席と会見した(d)。それはまるで「敵に塩を送る」類いのやり方ではないだろうか。

ところで、今度は軍事面から中国の台湾侵攻について考えてみよう。

第1に、ロシア・ウクライナ戦争を見ればわかる通り、長期戦になれば、武器・弾薬はもちろんのこと、食糧とエネルギーも必要である。

中国は食糧とエネルギーどちらも輸入に頼っている。そのため、戦争が1週間以上になれば、すぐ中国はギブアップせざるを得ないではないか。中国共産党は、あらゆる手段を駆使して戦う「超限戦」という戦法を持つが、理論通りに事が運ぶのか疑問である。

第2に、人民解放軍で最も強いロケット部隊が、米国との戦争を望んでいない(e)。良くて「痛み分け」、場合によっては、敗戦を覚悟しなければならないからである。

第3に、目下、習主席はロケット部隊のトップを含め、軍の粛清を繰り返している。そのため、おそらく人民解放軍は主席の命令を聞かないだろう。実際、解放軍は「緩やかな連合体」にすぎない。トップの命令をすんなり受け入れて行動するとは考えにくい。

1989年「6・4天安門事件」が起きたが、その際、北京を防衛する38軍は鄧小平の命令に背き、動かなかったのである。市民や学生を掃射したのは27軍だった。

第4に、中国にも「ロシアのプリゴジン」になりそうな人物(張又侠か)が存在(f)し、習主席を裏切る可能性を排除できない。

第5に、10月19日、米国防総省が発表した『中国軍事力報告』の中で、人民解放軍の自己評価―(ⅰ)「5つの不能」、(ⅱ)「2つの格差」、(ⅲ)「2つの不足」等―を取り上げ、解放軍が自ら披露した致命的な弱点について触れている(g)。

(ⅰ)「5つの不能」とは、指揮官が(1)情勢を分析・判断できない、(2)上官の意図を理解できない、(3)戦闘の決心がつかない、(4)部隊を展開できない、(5)緊急事態に対処できない、である。

(ⅱ)「2つの格差」とは、(1)解放軍の現代化レベルと国家安全保障上の要求との格差、(2)解放軍と世界の先進的な軍事レベルとの格差、である。

(ⅲ)「2つの不足」とは、(1)現代戦争を戦う能力不足、(2)現代戦争を指揮するあらゆるレベルの幹部の能力不足、である。

加えて、解放軍はもう一つの大きなアキレス腱を持つ。1979年の中越戦争以来、本格的な実戦を行っておらず、実戦経験が著しく不足している点である。

以上から導かれる結論として、(将来については不明だが)現時点で中国が台湾へ侵攻する可能性は著しく低いと言っても過言ではないだろう。

 

〔注〕

(a)『中国瞭望』「路線闘争が激化、習近平は泣いて馬謖を切る」(2023年9月24日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/09/24/2651536.html)

(b)『万維読者網』「このためか? 習近平は過去3ヶ月間頻繁に北京を離れている」(2023年10月11日付)

(https://m.creaders.net/news/page/1225099)

(c)『中国瞭望』「WSJ:中国における金融危機を排除できない」(2023年10月19日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/10/19/2660139.html)

(d)『BBC News中文』「習近平が米上院代表団と会い『トゥキディデスの罠』は回避できると述べる」(2023年10月10日付)

(https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-67064705)

(e)『万維ビデオ』「習近平はロケット軍を反腐敗で一掃するのか、それとも彼らに戦いを強いるのか?」(2023年7月30日付)

(https://video.creaders.net/2023/07/30/2631887.html)

(f)『万維読者網』「分析:張又侠はこのタイミングで反乱を起こす可能性が高い」(2023年9月20日付)

(https://m.creaders.net/news/page/1221584)

(g)『万維ビデオ』「台湾海峡では勝てない、人民解放軍のアキレス腱が露呈」(2023年10月22日付)

(https://video.creaders.net/2023/10/22/2661172.html)

トップ写真:中国の習近平国家主席との会談を終え記者会見に臨む、米上院代表団のチャック・シューマー上院院内総務(民主党、ニューヨーク州)、ニコラス・バーンズ駐中国大使(左)およびマイク・クラポ上院議員(共和党、アイダホ州)2023年10月9日 中国、北京 出典:Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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