コロナ対策に福島の教訓活かせ
上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
【まとめ】
・福島での教訓とは、災害に関わる様々な規制が高齢者にストレスを与えるということである。
・まん延防止措置でどの程度高齢者の重症化が予防できるか明らかではない。
・まん延防止措置などの規制は、高齢者の命を奪うことを念頭に、必要最小限に留めるべきである。
東日本大震災から11年が経とうとしている。医療ガバナンス研究所のメンバーは、福島での診療・研究を続けている。その中の1人である尾崎章彦医師は、「コロナ対策に福島の教訓が活かされていない」という。どういうことだろうか。
福島の教訓は、災害において高齢者が弱者となることだ。様々なストレスで体調を崩し、命を落とす。例えば、2017年8月に相馬中央病院の森田知宏医師らが発表した研究によれば、福島県相馬市と南相馬市の原発事故後の死亡リスクは、それ以前と比べて男性で2.64倍、女性で2.46倍上昇していた。原発事故による被曝で亡くなった人はいないが、多くの高齢者が故郷からの避難や仮設住宅での生活などのストレスで、持病を悪化させて死亡したことがわかる。
このような福島の経験は、前出の尾崎医師や森田医師、さらに坪倉正治・福島県立医科大学教授のチームによって英文論文として発表され、高齢化した先進国では、災害による直接的な死亡より、災害関連死が重要であることが世界的なコンセンサスとなった。
では、コロナではどうだろうか。現在、コロナ感染者による死者が急増している。2月22日に亡くなったのは322人だ。これは図1に示すように、過去最高だ。
図1)日本における一日ごとのCOVID‐19による死亡者数推移
出典)Johns Hopkins Unversity CSSE COVID-19 Data
ただ、これは感染者が急増したためで(図2)、致死率が高まった訳ではない(図3)。
図2)日本における一日ごとのCOVID-19感染者数推移
出典)Johns Hopkins Unversity CSSE COVID-19 Data
図3)COVID-19の平均症例死亡率(症例数に対する死亡者数の割合)の推移
出典)Johns Hopkins Unversity CSSE COVID-19 Data
死亡した患者の多くは高齢者だから、彼らへのワクチンの追加接種が遅れたことが大きい。図4は2月14日現在の経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国の追加接種終了率を示す。日本は10.3%で最下位だ。
図4)100人あたりのCOVID-19ワクチン追加接種終了率の比較
出典)Official Data collated by Our World in Data
追加接種は、オミクロン株対策の中核だ。2月1日、米ロサンゼルス市の公衆衛生当局は、追加接種により感染が44%、入院が77%減少したことを米疾病管理センター(CDC)が発行する『MMWR』誌に報告している。感染予防効果はいまいちだが、重症化のリスクを77%も減らすことは大きい。なぜ、日本で追加接種が遅れたのか、検証が必要だ。
では、現在、我が国でやるべきは何だろうか。政府は規制を続けている。本稿を執筆している2月23日現在、31都道府県にまん延防止等重点措置が採られている。政府が規制を続ける理由は「高齢者の重症化(尾身茂・コロナ感染症対策分科会会長)」だ。
私は、このような主張に違和感を抱く。高齢者が重症化する最大の理由は、前述したように追加接種を怠ったからだ。まん延防止措置をとることで、どの程度、高齢者の重症化が予防できるか、明らかではない。一方、福島県の経験が示すように、規制強化は高齢者の健康に悪影響を及ぼす。
実は、コロナ流行下で日本での死亡数は増加している。医療ガバナンス研究所の山下えりかの調査によれば、2017~19年の死亡数と比較し、2020、21年の5月は、1.25倍、1.37倍、8月は1.29倍、1.35倍、更に2021年の1月には1.19倍死亡者数が増えていた。コロナが流行する度に死亡が増加していることがわかる。この増加は自然変動では説明がつかず、国立感染症研究所は「超過死亡」を認定している。
「超過死亡」はコロナ感染による死亡が増えたためではない。2021年1月には過去3年間と比べて、2万4,748人死者が増えているが、この時期にコロナによる死亡が認定されたのは、2,261人(9.1%)に過ぎない。コロナの流行時期に合わせて、コロナ感染者の10倍以上のコロナ関連死が生じていたことになる。
このことについて政府・専門家の認識は甘い。2月18日に開催された厚労省の厚生科学審議会・ワクチン分科会副反応検討部会、薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会の合同会議に参考人として出席した鈴木基・国立感染症研究所感染症疫学センター長は、「(超過死亡は)コロナ感染増と医療逼迫が影響」と説明している。これはワクチン接種が超過死亡の原因であると指摘する一部の声に対する反論なのだが、あまりにもピントがずれた解釈といわざるを得ない。
日常生活を規制すれば、様々な「副作用」が生じる。昨年12月24日、スポーツ庁は全国の小学5年生と中学2年生を対象とした2021年度の全国体力テストで、男女とも全8種目の合計点の平均値が調査開始以来最低であったと発表した。小中学生の体力がこれだけ落ちるのだから、高齢者の健康が害されるのも宜なるかな、だ。
高齢者の死亡の多くは、まん延防止措置で、自宅に閉じこもり、糖尿病や高血圧などの持病が悪化し、脳出血や心筋梗塞などに繋がったケースだろう。私の外来にも、このような経過で亡くなった人が数名いる。このような死亡は医療逼迫とは関係がない。
規制が悪影響を及ぼすのは、肉体面だけではない。昨年12月24日、厚労省は高齢者の虐待に関する調査結果を公表したが、2020年度、介護する家族や親族が加害者になる件数は1万7,281件(前年比2.1%増)で、2007年の調査開始から最多であった。コロナ流行下でのストレスが影響しているのだろう。
コロナ対策で最優先すべきは、コロナを減らすことではなく、国民の命を守ることだ。まん延防止措置などの規制は、高齢者の命を奪うことを念頭に、必要最小限に留めるべきである。
トップ写真)COVID-19のワクチン接種を受ける高齢者
出典)Photo by Carl Court/Getty Images
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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長
1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。