国産防弾装備を盲信する岸防衛大臣の見識 その2
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・プレート・キャリアやコンバットシャツなど先進国と途上国に導入されている防弾装備は陸上自衛隊で未導入。
・陸上自衛隊は実戦で隊員が死傷することを前提に、衛生装備を開発調達してこなかった。
・予算倍増以前に自衛隊は軍隊の常識を学ぶ必要がある。
現在ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がメディアに登場しない日はないが、彼がよく装着しているのがプレート・キャリアと呼ばれる防弾装備だ。
これは防弾チョッキに使用されている防弾プレートを体の前後に装着するためのものだ。場合によっては側面などにもプレートを追加する。
プレート・キャリアは今や軍隊の必須個人防弾装備であり、先進国のみならず、日本からODAを受けているような途上国ですら導入が進んでいる。だが陸上自衛隊ではこれは未導入だ。先進国でこれを導入していないのは陸自だけだろう。
従来の防弾チョッキの砲弾の破片などから身を守るソフトアーマーに加えて、小銃弾の直撃から身を守るプレートを組み合わせたシステムだ。だがこれだと重すぎ、機動的に動けないし、疲労も蓄積する。特に夏場は体温が籠もって熱中症になる危険性も高まる。
「防弾チョッキ3型改」の重量は公開されていないが、恐らくは15キロ前後にはなるだろう。普通科隊員の個人装備は30〜35キロ程度だから合わせて45キロぐらいになる。これを一日中着て活動するのは非現実的だ。ことに高温多湿の夏場では尚更体力を消耗する。
世界的に昨今歩兵の個人装備が重量化して、背骨や腰、足首を痛める将兵が増えている。このためより軽量で、バイタルパートだけを保護するプレート・キャリアが世界的に使用されるようになった。
しかも防弾チョッキ3型改にいたっても3型同様にソフトアーマーもプレートも諸外国の約2倍の厚さであり、更に緩衝材も内側につけるので、まるできぐるみだ。このプレートは小銃弾を防げないと、開発に関わった元隊員は証言する。とても実戦に使用できるものではない。
自衛隊が国産装備開発の理由にする「我が国独自の環境」を考慮するならば夏場に、防弾チョッキ3型を常時着用することは不可能だ。本来であれば他国に先駆けてプレート・キャリアを導入すべきだった。
陸自は米軍のみならず、英仏壕軍とも共同訓練をしているが、これらの軍隊がプレート・キャリアを使用しているに、なぜ自分たちは導入していないのか、疑問に感じないのであれば、想像力が欠如している。想像力の無い前例墨守型軍隊はたいてい弱い。
筆者は昨年、防衛大臣会見で岸大臣に防弾チョッキ3型のレプリカと、プレート・キャリアを持ち込んで、後者が陸自では未導入であり、両者の違いを説明して質問したが、その後会見室に筆記用具とラップトップ以外の持ち込みが大臣に意向で禁じられた。現物を突きつけられて「不都合な真実」の指摘を受けたくなかったのだろう。
当然というべきか、プレート・キャリアと組み合わせる通気性の高いコンバットシャツも導入されていない。これは腕や襟は迷彩のカモフラージュの難燃性繊維などが使用されているが、胴体部分は兵士の疲労低減のために、防燃性、吸湿速乾性繊維を使用している。これまた途上国ですらすでに導入している国が多いが、高温多湿の我が国の陸自では採用されていない。
写真)ロシア軍のミサイル攻撃で破壊された街中を歩くウクライナ軍兵士 (2022/04/16)ウクライナ・ハリコフ
出典)Photo by Chris McGrath/Getty Images
更に申せば難燃性の下着も支給されていない。隊員の中は、市販の高機能素材の下着を着ているケースがあるようだが、これらは熱で融解するので戦闘時にやけどを負ったときに、溶けて肌に張り付く恐れがあり、やけどによる被害をより大きくしかねない。対して軍用の難燃性下着は燃えると炭化してぼろぼろになるのでそのような被害が生じにくい。
衛生の面からも、陸自が実戦を想定していないことが分かる。個人衛生キットも粗末だった。筆者は2015年から陸自の衛生キットの不備を問題にしてきた。当時衛生キットは包帯、止血帯各1個がポーチに入っているだけだった(PKO用は8アイテム)。対して米軍のものは18アイテムだ(止血帯ポーチx2個含めると20アイテム)。当時君塚陸幕長の時代だったが陸幕は「我が国は病院が多くあるからこれでいい」と主張していた。止血できずに死んだ隊員を病院に運んでも生き返らない。その後岩田幕僚長、中谷防衛大臣の時代に会見で質したときは、お二方とも陸自のキットは米国のそれに匹敵すると会見で述べたが、事実ではなかった。単に衛生部の主張を鵜呑みにしただけだった。
写真)米陸軍のIFAK Ⅱ(個人用救急医療キット)
提供)清谷信一氏
このようなことは防衛省の防衛省・自衛隊の第一線救護における的確な救命に関する検討会」の座長だった佐々木勝都立広尾病院院長(当時)も「あまりにお粗末な自衛隊の医療体制」という論文を「月刊WILL」に発表し、陸自の衛生の現状を以下のように手厳しく批判した。
大野元裕参議院議員(現埼玉県知事)もこの件を国会で追求し、平成28年度第三次補正予算において、15万9千セットの向上型救命救急用具調達が決定された。今だから言うが実は大野氏は当時筆者主催の勉強会のメンバーであり、筆者らがあれこれお手伝いをした。
つまり陸自は実戦で隊員が死傷することを前提に、衛生装備を開発調達してこなかった。
隊員が死傷しない前提の組織が、戦時の隊員の命を救う防弾装備を真剣に考えるはずがあるまい。
更に指摘するならば陸自には我が国からODAを受けている発展途上国の軍隊でも標準装備である装甲野戦救急車すら存在しない。これらの事実からすれば、率直に申し上げて陸自は隊員が死傷する実際の戦争、戦闘を想定していないとしか、考えられない。陸自にとっては中隊規模で行う演習が「実戦」なのだ。
いうなればいうなれば実態は国営サバイバルゲームチームに過ぎない。
そもそも海外の防弾装備の実態もろくに調査していない。筆者はこれまで何度も報じてきたが、2008年度の防衛省・技術研究本部(技本)の海外視察費用は僅か92万円。これで6名を派遣している。基本相手国の招待だ。しかもこれを陸上装備の開発官(陸将、諸外国では中将に相当)等の卒業旅行に使っていた。つまり海外視察は外国のカネで行く「役得」「ご褒美」の類であり、情報収集のためという認識が極めて低かった。技本ではまともな情報の収集や解析が行われているとは言いがたい。
この件は筆者が長年個人名を上げて何度も記事化してきたため、財務省も妄想で役に立たない装備を作るよりは、と海外視察予算を大幅に増やすことを認めている。この視察予算は一桁以上増えて、また然るべき担当者が視察に行くことが増えてきている。
88式鉄帽2型や防弾チョッキ3型はこの「卒業旅行」時代に開発された装備だ。まともに海外の先端情報を把握して、真剣に開発されたとは言い難いだろう。
これらのことから日本の防弾装備は岸防衛大臣の「装備品につきましては、わが国でしっかり試験をした上で、わが国の基準に合わせております」という認識は相当ナイーブであるし、自衛隊の実態を把握していないということだ。
あるいは自衛隊自身も国産防弾装備の低性能を知っているので、調査をするとそれが露見するから調査をしないという「大人の事情」があったのかもしれない。もしそうならば、それは戦闘を行っているウクライナに対する背信行為でもある。またそのつけは将来自衛官の血で贖うことになる。
このような敵を知らず、己も知らない非現実的な認識のポリシーで装備を開発・調達することは、自衛隊を自ら弱体化させることにほかならない。
自民党政権は防衛省の予算をGDP比2パーセント、現在の2倍まで引き上げようとしているが、このような非現実的な組織に単に予算を二倍にしても有効に使用されるはずがない。予算倍増以前に自衛隊は軍隊の常識を学ぶ必要がある。
(終わり。その1。全2回)
トップ写真)キーフ(キエフ)郊外を視察するゼレンスキー大統領 2022年4月4日
出典)ウクライナ大統領府