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.政治  投稿日:2022/4/22

国産防弾装備を盲信する岸防衛大臣の見識 その1


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

 

【まとめ】

・ウクライナに供与する防弾装備に関し、岸防衛大臣、被弾した場合のダメージなど調査は行わないと断言。

・防衛装備庁や陸自の開発実験団、戦闘外傷の専門家の医官などからなるチームを派遣して現地調査を行うべきだ。

・「防弾チョッキ3型改」ではサイドプレートやプレートには進歩は認められるが、重量や防弾性能などではまだ多くの問題がある。

 

我が国はロシアと交戦中のウクライナに対して、戦争支援のために本来防衛装備の輸出を規制する「防衛装備移転三原則」を無視する形で陸自の最新現用防弾装備である、防弾チョッキ3型改、88式鉄帽2型を供与した。

筆者は4月9日の防衛大臣会見で岸大臣にこれら供与した防弾装備に関して、実際にどのように使用され、被弾した場合のダメージなどを調査するのか質したが、岸大臣は「装備品につきましては、わが国でしっかり試験をした上で、わが国の基準に合わせております」と述べ、行わないと断言した。

率直に申し上げて軍隊の基本を分かっておられないし、国産装備の能力を過大、かつ盲目的に信じておられるとしか言いようがない。防衛大臣として大変問題だし、内局や制服組がきちんと大臣を補佐していないということだ。

自国の装備が実戦で役に立つか、立たないかは極めて深刻な問題であり、またその調査は供与先のウクライナに対する誠意でもあるはずだ。他国がやるから「バスに乗り遅れるな」で供与だけして、後は野となれ山となれ、では無責任だ。

世の中に完璧な軍隊の兵器や装備など存在しない。開発に十全を期していても実戦に使ってみないと本当のところはわからない。故にどこの国でも実戦で能力を証明された「コンバット・プルーブン」された装備を好む

少し古い話だが、フォークランド戦争でアルゼンチン軍が使ったフランス製対艦ミサイル、エグゾセが英水上艦を撃破したことで、市場で価格が急騰したのはその好例だ。

我が国は戦後全く戦争を経験しておらず、輸出をして市場で競争に晒されていない我が国の防弾装備が本当に実戦に使えるのだろうか。常識的に考えれば極めて疑わしい。

今回のウクライナ危機に置いても米国の対戦車ミサイルジャベリンやトルコの無人機、バイラクタル TB2など多くの外国製装備が戦闘で使用されているが、生産国の軍隊やメーカーは確実に実戦のデータを取っている。それを装備の改良や運用、次の開発に活かすためだ。

折角実戦のデータを取る機会ができたのに、自衛隊装備には完璧である、だから「人体実験」による実戦データは必要ないというのは軍事常識の欠如であり、ナイーブ過ぎる。また実戦データに基づいて、改良がなされれば自衛隊が実戦に置いて死傷者を減らすことができる機会を自ら奪った。換言すれば、自衛官の命を軽視しているということになる。我が国の国防を預かる防衛大臣の見識としては極めて大きな問題がある。

 過去に多くの実戦を戦ってきた米軍でも新しい装備を実戦に投入して初めてその欠点を知ることもある。実際にアフガニスタンの戦争では防弾チョッキの隙間から肺に銃弾が入るケースが多く、これは後に改良された。

 英軍が採用した新型個人装備では股関節周りを覆うプロテクターが装備されたこれはアフガニスタンやイラクでの戦闘では防弾チョッキの普及により、敵の狙撃手がチョッキで防御されていなく、太い血管が多い股関節周りを狙うことが増えたこと、また地雷やIEDによる被害が多く、これに対処するものだ。個人用の防弾装備はこのように実戦を経験して改良がなされて進化している。

写真)英陸軍が採用した股間まわり防衛用プロテクター

提供)清谷信一氏

 また米国や南アフリカなどでは国内の犯罪でも自動小銃等が使用される事が多いので、メーカーはその事例を研究して製品に活かすが、これも我が国では不可能なことだ。そうであれば尚更実戦のデータの重要性は高い。

 今回のウクライナへの防弾装備供与は、またとない実戦のデータを取れるチャンスである

 供与された装備がどのように使用され、実際にどのような形で被弾し、その時の損害はどうだったか。防衛装備庁や陸自の開発実験団、戦闘外傷の専門家の医官などからなるチームを派遣して現地調査を行うべきだ

 先述のように、我が国は戦争の経験もなく、国内での銃器犯罪も少ない。実戦データを得る機会はまずない。果たしてそれで実戦に耐えられる装備が開発できるかは疑うべきだろう。実際陸自のイラク派遣では、急遽米国製の防弾チョッキ、装甲車や小火器にして「実戦」に備えて多くの改良がなされた。つまり自衛隊の装備は実戦では使えない、ということだ。岸大臣はこの事実をどう考えるだろうか。

 しかも開発に関わっていた元隊員によれば改良された防弾チョッキのプレートの防弾性が低く、小銃でブスブスと抜けて、担当者がメーカーに抗議すると「何で銃で撃つんですか!」と抗議されたという。まるでコントである。実際に被弾すれば戦死確実だ。

 国産防弾装備は心もとない。供与した防弾装備をまず88式鉄帽2型からみていこう。88式鉄帽2型は2013年から採用されている最新型で陸自でも十分に普及していない。だが88式は砲弾の破片に近似した弾速の拳銃弾が命中した際、10センチほど凹む。貫通しないから問題ないというのが陸自の考え方らしい。だが恐らく頭蓋骨は5センチ程度陥没するだろう。これで隊員が無事な訳がない。対して同時代のアメリカ軍のそれは、その拳銃弾よりも弾速が速いトカレフ拳銃弾で撃たれても凹みは2.5センチ以内である。

写真)88式鉄帽2型と防弾チョッキ3型

提供)清谷信一氏

無論ヘルメットが想定しているのは主として砲弾の破片などからの頭部の防御だが、防御力が劣っていることは間違いない。貫通しなくとも、10センチもヘルメットが凹めば頭蓋が潰れてしまう可能性は高い。

また他国では最近はヘルメットに、アフガニスタンなどの戦訓から耐衝撃用クッション製の小型パットを多数ベルクロで張り付けるものを採用している。これは被弾時に外傷がなくとも脳に大きなダメージを受けることがあるからだ。

写真)仏軍の最新型ヘルメット。衝撃吸収パッドを採用している。

提供)清谷信一氏

このタイプは爆風の侵入を防ぎ、被弾時の衝撃を大きく緩衝し、脳の受ける損傷を極小化できる。またクッションのサイズも貼る場所も選べるし、新型のクッションが出れば容易に貼り替えることもできる。だが、88式鉄帽の後継ヘルメットは住友ベークライトが開発し、近く配備予定とされているが、関係者によるとこれまた未だにハンモック式を使用しているという。軽量化はされているが防御力は低く、小銃弾には耐えられないようだ。

その背景には、戦闘ヘルメットを想定していないJIS規格にあわせる必要があるからだという。防衛省は実態に即さない法令の変更に消極的で、現在の法令にあわせて不合理な装備を開発することに違和感を持たないという文化がある。

防弾ベストも設計が古い。現在の最新型の3型でも先進国レベルに達していない。2型だと、ポーチなどを装着するためのMOLLEシステムの規格も世界中で普及しているアメリカ軍の規格ではなく、陸自独自の規格を採用している。他国のものを採用できないようにするための「非関税障壁」なのだろう。

またボディアーマーに挿入される防弾プレートも珍奇な日本独自の形状であり、NATOなどが採用している規格ではない。歪な形であり、車両の運転などの際には邪魔になる。これまた外国製を排除するための「非関税障壁」が目的だと思われる。このため海外製品と比較されることもないので、ここでも性能、価格の両面に置いて競争原理が働かない。

そして防弾装備の寡占も問題だ。帝人は防弾用アラミド繊維では世界第二位で、広く防弾素材を米軍含めて世界のマーケットに提供しているが、自衛隊の防弾市場には参入できていない。このような既存防衛産業の既得権益を優先する態度も問題だ。これでは技術革新はできないし、防衛産業に新規参入する企業も出て来ない。

写真)帝人の防弾繊維を使ったヘルメットのカッタウェイ。左がアラミド系繊維を用いたヘルメット、右がポリエチレン系の繊維を用いたヘルメット

提供)清谷信一氏

3月14日、吉田圭秀陸上幕僚長に会見で質問して明らかになったのはウクライナに供与された防弾チョッキは現用の防弾チョッキ3型ではなく、その改良型である「防弾チョッキ3型改」であることが判明した。

諸外国で導入されている防弾チョッキやプレート・キャリアー(編集部注:防弾プレートを入れることで体の重要な部位を守ることができるベストの両脇のプレートが装備されているこれは車輌搭乗時等の銃撃に備えるためのものだ。防弾チョッキ3型にはこのサイドプレートも用意されていない。「防弾チョッキ3型改」ではこのサイドプレートが増加されている。その他、肩や腕、股間部分にもプレートが増加されている。この点では進歩は認められる。

だが実用性で問題はないのか。たしかに防弾性能は向上しているが、その分重量は重たくなり、隊員の負担がふえることになる。拠点防御や車輌搭乗員はまだしも、下車戦闘をする普通科隊員には合致した装備ではない。むしろ後述するプレート・キャリアを装備するべきだった。

 

(その2に続く。全2回)

 

 

写真)防衛大臣会見での岸防衛大臣

提供)清谷信一氏氏




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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