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.国際  投稿日:2022/5/4

欧州ポピュリスト勢力が後退


村上直久(時事総研客員研究員、学術博士(東京外国語大学))

【まとめ】

フランス、スロベニアの選挙でポピュリスト勢力が敗退。「対ロシア包囲網」や「理念」の面でEUには朗報。

・再選後のマクロン氏が直面する課題の一つはドイツのショルツ首相との間でEUを支える”独仏枢軸”を再構築すること。

・西側各国で選挙が相次ぐ。ウクライナ侵攻への対応が主要な争点にロシアの国際社会での立ち位置にも目配りが必要。

 4月24日に行われた5年に一度のフランスの大統領選挙の決選投票で、欧州統合を推進する中道で現職のマクロン氏が、極右のポピュリスト(大衆迎合主義者)で、ロシアのプーチン大統領に近いルペン氏を破ったことで、欧州連合(EU)関係者やEU主要国の首脳は一様に安堵(あんど)しているようだ。

 ロシアのウクライナへの軍事侵攻で欧米、欧州諸国間の強い結束が求められている現在、「対ロシア包囲網」の崩壊を免れた意義は大きい。

 4月24日には旧ユーゴスラビアのスロベニアでも総選挙が行われ、ヤンシャ首相率いるポピュリスト勢力が中道3党連立勢力に敗れた。

写真)スロベニアのヤンシャ首相(2022年2月22日 ベルギー・ブリュッセル)

出典)Photo by Thierry Monasse/Getty Images

 フランスとスロベニアの選挙結果は、主権の共有、司法の独立、EU法の加盟国の法律に対する優位などの理念を守る意味でもEUにとって朗報だった。

 そうした中で、欧米によるロシアの「孤立化」作戦はおおむね成功しているようだが、国際社会全体で見れば、必ずしもそうではない。

プーチン氏に同調

 決選投票の3日前(4月21日)、ドイツのショルツ、スペインのサンチェス、ポルトガルのコスタの3首相は、仏紙ルモンドへの寄稿で、フランス国民にマクロン氏への投票を呼びかけた。3首相はルペン氏を名指しこそしなかったものの、欧州のポピュリストや極右がプーチン氏の民族的主張に共鳴し、思想的、政治的モデルとしてきたと指摘した。

 EU関係者の間でも安堵感が広がり、欧州委員会のフォンデアライエン委員長とミシェル大統領も祝意を表明した。

 仏大統領選での「マクロン対ルペン」の構図は17年に続いて二度目。マクロン氏とルペン氏の得票率の差は前回の半分の約16ポイントにまで縮小し、敗退したものの、ルペン氏の健闘が目立った。

写真)仏大統領選で惜敗したルペン氏(2022年4月24日 パリ)

出典)Photo by Thierry Chesnot/Getty Images

 ルペン氏は都市と地方、エリート層と経済成長から取り残された市民の格差解消の必要性が叫ばれる中で、20代の勤労者に対する所得税免除や生活基礎100品目の付加価値税(日本の消費税に相当)撤廃などのポピュリスト的政策を公約に掲げたが、財政面での裏付けがないとの批判も聞かれた。

 ルペン氏は反移民、反イスラム教徒の極右的スローガンを維持、同氏が大統領に就任した場合に予想される混乱への懸念などからマクロン支持に回った有権者も多かったという。  

オルバン氏に打撃

 マクロン氏は昨年12月まで6年間にわたってドイツの首相を務めたメルケル氏と二人三脚で欧州統合をけん引。中東・北アフリカから欧州への難民大量流入、英国のEU離脱(ブレグジット)、新型コロナウイルス感染禍などの一連の危機に対処してきた。

 再選後のマクロン氏が直面する課題の一つは12月に就任したドイツのショルツ新首相との間でEUを支える”独仏枢軸”を再構築することだ。

 特にウクライナ危機への対応に関連して、対米協調を重視するドイツと欧州安全保障の自立の道を探るフランスの間での調整が急務だ(米紙ニューヨーク・タイムズ)。

 ところで、フランスとスロベニアの選挙結果で最も打撃を被ったのはハンガリーのポピュリスト指導者、オルバン首相だろう。ルペン氏は、選挙資金を捻出するためにオルバン氏と密接な関係にあるとされるハンガリーの銀行、MKB銀行から1070万ユーロの融資を3月に受けたばかりだ。

写真)ハンガリーのオルバン首相(2022年4月3日 ブダペスト)

出典)Photo by Janos Kummer/Getty Images

 オルバン氏はEU内では孤立気味だが、プーチン氏や米国のトランプ前大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、イタリアのサルビー二前副首相らから支持を得ていた。しかし、プーチン氏を除いてほとんど第一線から退いてしまった。これにルペン氏とヤンシャ氏の敗北が加わった。

 米欧を中心とする西側諸国は対ロ制裁やウクライナへの軍事物資支援で濃淡はあるものの結束し、ロシアは一見孤立化を深めているようだ。しかし、国際社会全体を見ると必ずしもそうではない。

 経済、金融分野などでの対ロ制裁に、アジア、中東・アフリカ、南米の多くの国は参加していない。その中で目立つのは新興国の代表格であるインドとブラジルだ。

 インドは値引きオファーもあり、ロシアからの原油輸入を数倍に増やしているとされる。インドにとって米国は近代化推進において不可欠のパートナーだが、一方、ロシアは地政学的、軍事的側面で重要なパートナーだ。ロシアはインドへの最大の武器輸出国だ。

 3月2日の国連総会で、インドと南アフリカはロシア軍のウクライナ撤退を求める決議案の投票で棄権した。ロシアの侵略を非難することと、同国に経済戦争を仕掛けることは別の話との認識であり、西側とロシアとの間で”綱渡り外交”を展開している格好だ。

ロシアの立ち位置

 西側では今年、選挙が目白押しだ。フランスとスロベニアでの選挙に続いて7月には日本で参院選、10月には米国で中間選挙が予定されている。そして一連の選挙ではロシアのウクライナ侵攻への対応が主要な争点になるのは必至だ。

 そうした中で、ロシアの国際社会での立ち位置がどうなるかについても目配りが必要だ。

トップ写真)大統領選で再選を果たしたマクロン仏大統領(2022年4月24日 パリ)

出典)Photo by Jean Catuffe/Getty Images

(了)




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