無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/3/26

欧州で大戦後最大の難民危機


村上直久(時事総研客員研究員、長岡技術科学大学大学院非常勤講師)

「村上直久のEUフォーカス」

【まとめ】

・ロシアの軍事侵攻から逃れたウクライナ難民が急増、欧州は大戦後最大の難民危機に直面。

・EUは、ウクライナ難民を「一時保護」扱いとし、ひとまず最長3年間の滞在を認め、就職や子どもの教育などで便宜を図っている

・ポーランドでは、ウクライナ難民のスムーズな受け入れが進む一方、非白人難民に対する冷遇が散見される。

 

ロシアの軍事侵攻が続くウクライナからポーランドなど近隣諸国への難民の大量流入が急速に増えている。国連によれば、3月22日時点で362万人に達し、その大半はポーランドに逃れた。難民と国内避難民を合わせると、1000万人を超え、これはウクライナの総人口の4分の1に当たる。今後、ウクライナ難民は800万〜1000万人に増えるとの予想もある。

こうした中で難民を受け入れる周辺国のコストは膨らみ続けている。初期費用だけでなく、食事や住宅の提供コストに加えて職探しや子どもの教育などに関連する定住費用を勘案すると受け入れ国の負担は膨れ上がる。こうしたコストをどのように捻出すればよいのか。

一方、ウクライナから脱出する非白人の難民への差別的ともとられる待遇が報道されている。例えばインドやアフリカ諸国からウクライナに留学していた若者がポーランドなどで受けた辛い体験を欧米の新聞などに語っている。

◇ 難民の“武器化

21世紀に入ってから欧州を襲った史上最大規模の難民危機は2015年に起きた。シリアを中心に中東や北アフリカから約130万人の難民が欧州に押し寄せ、大半はドイツや北欧諸国を目指した。

ウクライナ難民がポーランドやハンガリー、ルーマニア、スロバキアなど北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)に二重に加盟する近隣諸国に大量に流入している背景には、ロシアがウクライナ主要都市を無差別に攻撃し、住民が逃げ出さざるを得ない状況を作り出し、近隣諸国へ圧力をかけているとの指摘もある(米紙ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、トマス・フリードマン氏)。

これは裏返せば、圧倒的な軍事力の優位を誇るとされるロシア軍がウクライナ軍を攻めあぐね、難民が押し寄せることでNATO/EU諸国の社会を混乱させようという意図があるのではないかと同氏はみている。難民の“武器化”だ。

難民の大量流入は欧州の社会で様々な軋轢を生んだが、ドイツのシリア難民はおおむね新天地に溶け込み、それぞれの仕事を通じて社会に貢献している人が多いとされる。 周辺国のウクライナ難民の当初受け入れ費用についてはさまざまな試算があるが、ニューヨーク・タイムズは初年度で300億ドルに達するとの試算を紹介している。

欧州経済はウクライナ危機が始まる前から、3年目を迎えた新型コロナウイルス禍や製造業の製品・部品のサプライチェーン(供給網)の混乱、インフレ高進への対応で巨額の資金支出を余儀なくされてきたが、これにウクライナ難民への手当て費用が加わる。

こうした中で、ウクライナ難民が受け入れ国に定住した場合、社会への貢献への期待もある。ウクライナでは学校教育の平均年数が11年超(国連調べ)と高く、職業を通じて受け入れ国の生産能力を高めることが期待されるともに、納税や消費を通じて受け入れる国の経済の拡大につながっているとの見方もある。

「欧州連合(EU)」はウクライナ難民に対し、これまで中東・アフリカ難民に対して行ってきた扱いとは様変わりの厚遇を打ち出している。ウクライナ難民は「一時保護」扱いとし、ひとまず最長3年間の滞在を認め、就職や子どもの教育などで便宜を図る。

EUは3月中旬、ウクライナ難民への人道的支援として5億ユ―ロの支出を約束。EU加盟国に対しても拠出拡大を促している。

◇ スムーズな受け入れ 

国外に流出したウクライナ難民の大半は女性と子ども、それに高齢者だ。これは、18―60歳の男性は国内にとどまり、ロシア軍と戦うことを求められているからだ。

米国のポーランド外交筋によると、同国にはすでに200万人以上のウクライナ難民が入っており、ポーランドの一般家庭に受け入れられている。これまでのところ難民キャンプはできていないという。難民受け入れが比較的スムーズに進んでいる背景として、ポーランドに150万人のウクライナ移民が居住している点を挙げている。

▲写真 ‎ウクライナでの戦争から逃れ、クラクフアリーナで住民登録に必要な電子システムに登録するために書類記入の列に並ぶ人々(2022年3月16日クラクフ) 出典:Photo by Omar Marques/Getty Images

その一方で、近隣諸国に逃れたウクライナからの難民のうち、アジア・アフリカ・中東出身者に対する冷遇が目立ち、列車への乗車を拒否されるなどのあからさまな差別も散見されるという。

国連によると、3月8日時点で、ウクライナから近隣諸国に逃れた難民のうち少なくとも10万9000人がガーナ、チュニジア、レバノンなど第三国出身者だったという。

 二重基準

現在、ウクライナ難民危機の“最前線”にあるポーランドとハンガリーは、2015年に中東・北アフリカから大量の難民が欧州に流入した際、EU諸国の中で最も受け入れに消極的な加盟国だったとされる。「歴史のアイロニー(皮肉)」としか言いようがないのかもしれない。

ただ、ポーランドやハンガリーの「二重基準」をあげつらうことでウクライナ難民危機は解決しない。国際社会は二国間ベースに加えて、国連など国際機関を通じた、ポーランドなど受け入れ国に対する様々な支援を強化する必要に迫られている。

(了)

トップ写真:戦争で荒廃したウクライナからポーランドに渡り、メディカ国境検問所でポーランド当局が提供するバスに乗るのを待っている‎人々(2022年3月11日メディカ) 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."