米が台中政策を微妙に変更か?
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#20」
2022年5月16-22日
【まとめ】
・米国務省が同省ウェブサイトの台湾関係ファクトシートを更新。定番の「台湾は中国の一部分」などの表現が消えた。
・米国は外交文書でも「acknowledge」と「recognize」を使い分けてきた。今回、台湾政策を大きく変更したとは言えない。
・米国は「台湾政策」の基本は変えず、その内容を微妙に変化させている兆候はある。
今週ご紹介する英語表現はacknowledgeだ。1979年以降の米中外交関係で、この語が果たした役割は計り知れないほど大きいと思う。acknowledgeとrecognizeは違うのだが、どう違うのか。どちらも「認める」という意味でしょ?などと言ってはいけない。今週は、この二つを使い分けることで外交が成り立つ、という話をしよう。
事の発端は5月5日に米国務省が同省ウェブサイトの台湾関係ファクトシートを更新したことだ。考えてみれば、結構大きな話だったのだが、最近内外メディアの関心はウクライナでの戦闘ばかりだったので、当初は恐らく誰も気が付かなかったのではないか。それにしても、このタイミング、絶妙ではある。
問題は、今回の更新で従来定番だった「台湾は中国の一部分 Taiwan is part of China」とか、「アメリカは台湾独立を支持しない The United States does not support Taiwan independence」といった表現が含まれなくなったことだ。米国は「台湾」の取り扱いを変えたのだろうか?一部の中国専門家が早速問題を提起した。
「米国は『一つの中国、一つの台湾』政策へと明確に変更しており、将来、『台湾独立』を支持する方向で動く公算が大きい」とか、米国が「場合によっては『中国=中華民国』として、『一つの中国』を認める可能性がある」という。結論から言えば、これは間違いである。
詳細は今週の毎日新聞政治プレミアをお読みいただきたいが、要するに米国は「台湾政策」の基本は変えず、その内容を微妙に変化させている兆候がある、ということだ。そこで注目されるのが冒頭ご紹介したacknowledgeなる表現である。どういう意味か?米中間の外交文書の中にそのヒントがある。
「1979年の米中共同コミュニケでは、米国は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認し、「中国は一つであり、台湾は中国の一部」とする中国の立場を認知(acknowledge)すると書かれている。(the United States recognized the Government of the People’s Republic of China as the sole legal government of China, acknowledging the Chinese position that there is but one China and Taiwan is part of China.)
▲写真 調印式に臨むジミー・カーター大統領と鄧小平国家主席。(1979年1月31日 米・ワシントンDC) 出典:Photo by Dirck Halstead/Liaison
では、米国は「台湾が中国の一部である」ことを「認めた」のかというと、そんなことはない。米国は中国側にそうした主張・立場があることを「認知(アクノレッジ)」、すなわち事実としては知っていると言ったに過ぎない。そもそも米国は「台湾は中国の一部」であることを承認(レコグナイズ)していないのだから・・・。
この違いがお分かりか。これが理解できれば、米国が1979年共同コミュニケの当該部分を「記載」しなくなったからといって、米国が台湾政策を大きく変更したとは言えないのだ。読者の皆様には、筆者のこうした主張をレコグナイズしなくても良いが、せめてアクノレッジして頂きたいのだが・・・。
〇アジア
NYTを読んでいたら、北京のゼロコロナ対策で北京大学の学生が抗議運動を始めたという。勿論、SNS上でそうした写真やビデオは直ちに消去されるだろうが、問題は学生が「北大生」であることだ。北京大学といえば伝統的にリベラルで、政府に反対する運動が起きてもおかしくない。もうゼロコロナなんて止めたら良いのに・・・。
〇欧州・ロシア
ウクライナ軍参謀本部が、マリウポリのアゾフスタリ製鉄所に籠城していたウクライナ兵士の退避が始まったと発表したそうだ。ロシア軍の捕虜と交換する予定らしい。されば今回の戦闘は漸く長い終わりの始まりが見えてきた。マリウポリは陥落、ロシアはドンバスを併合、事実上の新たな、しかし、最終的ではない国境線ができるのだ。
〇中東
バイデン政権がソマリアのイスラム過激派組織アルシャバーブ対策を支援するため、同国に米軍を再び駐留させることを求めた国防総省の要請を承認したという。仕方がないこととはいえ、米軍なしに過激派を掃討できない地元の政府は一体何をやっているのか。米軍を終わりのない戦争に使うほど無駄なことはないのに・・・。
〇南北アメリカ
米国で新型コロナウイルスによる死者が世界で初めて100万人を超えたそうだ。ワシントンから来た米国の友人によれば、現地でマスクをする人はほとんどいないという。一部地域では感染が徐々に増加傾向にあり、再び警戒が呼び掛けられている。いずれ米国出張するが、ワクチンを3回打っているから、大丈夫と信じるしかない。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:バイデン米大統領(右、当時、副大統領)と習近平国家主席(左、当時、副主席)2012年2月17日 米・カリフォルニア州サウスゲート 出典:Photo by Tim Rue/Corbis via Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。