ロシアでクーデターが起きる?気になるプーチン政権の「余命」その1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ウクライナ軍情報部や英国国防省、NATO事務総長がウクライナの勝利に肯定的な発信を行った。
・フィンランド、スウェーデンの両国がNATO加盟を申請し、日本のメディアは「プーチンのオウンゴール」と揶揄。
・NATOは、ロシア弱体化を目指す戦略に自信を持ちはじめているのでは。
「8月までにはロシアで政変が起き、ウクライナの戦況も的に変化する」
突如としてこのような話を聞かされたら、読者諸賢はどう思われるだろうか。
これが、よくあるネット情報の類いであったならば、私などまず絶対に信用しない。
しかし、ウクライナ軍情報部のコメントとして、欧米のマスメディアが大きく取り上げたとなると、話は別だ。
言うまでもないが、マスメディアの情報を鵜呑みにするのはよろしくない。ただ、火のない所に煙は立たない、という言葉もあるので、やはりここは、なぜそうした見方が出てきたのか、というところまで遡って検証する必要があるだろう。
※ ※ ※
ロシアによるウクライナ侵攻は、開始から(宣戦布告がなされていないので〈開戦〉は適当でない)間もなく2ヶ月になろうとしている。
この連載では、新年特別号、そして3月にもシリーズとして取り上げたが、先行きはまだ不透明だ。たとえばペンタゴン(米国防総省)筋が、
「ロシアはさらなる長期戦を覚悟している」
との見方を開陳していたのに対し、英国のベン・ウォレス国防大臣は、
「ロシアが勝利する可能性について、未だに否定はできない」
などとコメントした(TIMES電子版などによる)。
ただしこれは4月中旬の段階でのコメントであって、その後4週間、ロシア軍がほとんど占領地を拡大できないばかりか、一部地域では押し戻されるという苦戦ぶりで、現地時間の16日未明には、ウクライナ軍が東部ハリコフ州からロシア軍を駆逐し、国境地帯にまで到達したとされる。
これに先駆けて英国国防省は、
「ロシア軍は緒戦に投入した兵力3分の1をすでに喪失した可能性が高い」
との戦況分析を発表した。日本でも報じられたので、ご存じの読者もおられよう。
さらにはNATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルク事務総長が、
「ウクライナはこの戦争に勝利できる」
とコメントし、加盟国などに対して、一層の軍事支援を行うよう呼びかけた。
そればかりではない。
写真)スウェーデンの首相マグダレナ・アンデションがNATOの加盟申請を公式に発表
出典)Photo by Nils Petter Nilsson/Getty Images
16日までにフィンランド、スウェーデンの両国が、NATO加盟を申請したのである。
フィンランドは第二次世界大戦中、隣国ソ連邦(当時)の脅威に対抗すべく、枢軸側(日独伊)について戦ったが、ナチス・ドイツが降伏する前に休戦を実現したため、東欧諸国のように衛星国化されることは免れ、俗に「東側」と呼ばれるワルシャワ条約機構にも加盟しなかった。巨額の賠償金は課せられたが、1952年に支払いを終え、同年ヘルシンキ五輪を開催するまでになったことは有名である。
つまり、ソ連の影響下にありながらも中立の立場は守るという「ノルディック・バランス」の象徴とも言える立場をとったわけだが、ソ連邦崩壊後は新西欧路線に大きく舵を切った。1995年にはスウェーデンとともにEU(欧州連合)に加盟し、現在の通貨はユーロだ。
その一方で、依然として「強大な隣国」であったロシア連邦に対する配慮は続け、中立政策は放棄せず、軍事面においても旧ソ連製兵器をかなり沢山輸入し、後生大事に使い続けてきていた。
余談ながら、フィンランドとは英語の呼称で、現地ではスオミもしくはスオーミと称している。語源は「湖沼」だとのことで、いかにもと思われるが、実は諸説あるようだ。
話を戻して隣国スウェーデンだが、19世紀以前には幾多の戦争を経験したものの、1914年に勃発した第一次世界大戦には参戦せず、1932年にあらためて中立政策を採用した。第二次世界大戦中も数少ない中立国として、大日本帝国の終戦工作にも寄与している。
両国が今次NATO加盟を実現しようとしていることに対して、日本のマスメディアでは
「プーチンのオウンゴール」
という評価が飛び交っている。
写真:NATO加盟申請後、ワシントンD.Cにてナンシー・ペロシ米下院議長と会談するフィンランド大統領とスウェーデン首相
出典:Photo by Drew Angerer/Getty Images
いつからサッカー用語を使いこなすようになったのか……という話ではなくて、議論としては非常に分かりやすいものだ。
もともと今次の「軍事行動」は、ウクライナがNATO加盟に動いたことが、ロシアに強い危機感を抱かせたことも一因で、
「(ロシア政府の論理によれば)反ユーラシア的な軍事同盟であるNATOの勢力範囲が、東方に拡大することは看過できない」
という大義名分のもとに始まった。また、3月のシリーズでも最初に述べたが、プーチン大統領は当初、ウクライナなど4日もあれば屈服させられると考えていたようだ。
それが、今次フィンランドとスウェーデン(以下、煩雑を避けるため〈北欧2カ国〉と呼ぶ)がNATOを実現したならば、ロシアの西側と国境を接する国々は、現在紛争中のウクライナと事実上ロシアの傘下にあるベラルーシを除いて、すべて「反ユーラシア的な軍事同盟」の旗の下に集まることになってしまう。
ちなみにNATOの規定によれば、新規加盟には加盟国すべての同意が必要とされており、トルコが難色を示しているとも伝えられるが、この説得はさほど難しくはないだろう。
実はここに、かなり大きな問題が孕まれているのだが、これについては項を改めさせていただく。
もうひとつ、やはりNATOの規定により、紛争当事国は加盟できないことになっていることから、ロシアがフィンランドに対して小規模な国境紛争を仕掛けるのではないか、と危惧するような声も、16日までは聞かれていた。
しかし、プーチン大統領の発言を注意深くフォローしていくと、彼が「報復も辞さない」案件とは、NATOの「軍事インフラが国境付近まで拡大すること」に限定されている。
これは、北欧2カ国の加盟それ自体は阻止できない、という判断ではないだろうか。
と言うのは、もともとNATO軍には、潜水艦から発射できる上に、核弾頭搭載可能な巡航ミサイルや弾道ミサイルを多数実戦配備しているので、北欧2カ国の領域にミサイル基地が設けられるか否かが、双方の軍事バランスにとって決定的な要素にはなり得ない。
カリブ海にミサイル基地を設置する動きをめぐって、米ソが核戦争の一歩手前までいったとされるキューバ危機は半世紀も前の話なのだ。
逆に言えば、プーチン大統領としては、ミサイル基地など「軍事インフラ」が北欧2カ国の領域に配備されなければ「オウンゴール」の愚を犯したわけではないと主張する余地もある。
以上を要するに、NATOとしては、プーチン大統領が核のボタンに手をかける可能性はかなり低くなったと見て、真綿で首を絞めるようにロシア弱体化を目指す戦略に自信を持ちはじめているのではないだろうか。
こうした流れの中で、冒頭のコメントが発せられたわけだが、この評価は難しい。
ひとつには、味方の士気を鼓舞するための「大本営発表」的なものではないのか、という疑いを捨てられない。しかしながら、米国がプーチン政権の内情について、私など思いも及ばないレベルの情報を収集できていることは間違いないようなので、決して無視はできない話である。
ひとつだけはっきりしているのは、プーチン大統領によるウクライナ侵攻が戦略的に頓挫したのは、情報戦で後れをとった、ということだ。
しかし、そこにすべての原因があると決めつけるのも、やはり誤った判断を招きかねない。
次回は、ロシア自慢の機甲戦力が機能しなかった原因について考える。
トップ写真)ブリュッセルにあるNATO本部
出典)Photo by Thierry Monasse/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。