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.国際  投稿日:2024/11/13

トランプ氏への警戒心は「過剰」か? 「再トラ」ついに現実に その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・トランプ氏再選で世界の右傾化や支持者の暴走が懸念されている。

・トランプ氏は発言が過激でも、実行に移さないことが多い。

・トランプ政権下でメディアの監視機能低下が懸念される。

 

今次の大統領選挙の結果について、日本のメディアやネットの一部には、「反トランプ感情に凝り固まったリベラル派が大恥をかいた」といった論調が見受けられた。

そもそも論から言えば、トランプ氏の当選により、世界がより右傾化するのではないか、具体的には、移民排斥などを主張する極右勢力がヨーロッパで影響力を強めているような傾向に拍車がかかるのではないか、と心配する向きは決して少なくない。ただ、私個人としては、ドナルド・トランプという政治家の資質や思想的傾向より、むしろ一部支持者の暴走こそ懸念される、と考えていた。

4年前のことを思い出していただきたい。再選を目指したていたが、僅差で民主党のバイデン候補に敗れたトランプ陣営は、選挙に不正があったと声高に叫び、ついには支持者から成るデモ隊が暴徒化して連邦議会になだれ込む、という事態まで引き起こされたのである。

実は今次の選挙に際しても、トランプ氏は最終段階で、

「私が敗れるとすれば、それは選挙に不正があった場合だけだ」などと公言していた。彼らは今でも、4年前の選挙結果は「盗まれた」ものであると信じているらしい。

そもそも熱狂的なトランプ支持者、以下「信者」と呼ばせていただくが、その信者の人たちに言わせれば、今の世界は「ダークサイド=闇の勢力」によって支配されており、トランプ氏こそはその勢力に敢然と立ち向かう戦士なのだと考えている。

ほとんどカルトと化した、こうした信者たちの暴走を懸念していたのが、私一人ではなかったことは、投開票日の首都ワシントンDCは厳戒態勢下に置かれていたという事実によって証明されよう。

とは言うものの、そうした信者の問題だけがトランプ警戒論の全てではない。一例を挙げれば、ウクライナの問題がある。トランプ氏は未だ就任前で、オフィシャルには「次期大統領」なのだが、当選を決めた直後の7日には、早くもロシアのプーチン大統領と電話会談し、ウクライナ相手の戦役をこれ以上拡大させないよう警告した、とされる。10日付ワシントン・ポスト紙が報じた。

ところが翌11日、クレムリン(ロシア大統領府)のベスコフ報道官は、そうした電話会談の事実はないとし、「完全な誤報である」

と一蹴した。一方、トランプ陣営の広報担当者は、「各国の指導者が早々とトランプ氏への接触を試みている」とだけ述べて、プーチン氏との会談について否定も肯定もしていない。真偽のほどは、少なくとも当面の間は藪の中であろうが、就任前からこうした騒ぎが持ち上がった原因は、もっぱら過去のトランプ氏の言動にある。

わが国でも大きく報じられたので、ご記憶の読者もおられると思うが、トランプ氏はかねてから、「自分が大統領になったら、ロシアとウクライナとの戦争は24時間以内に終わらせる」などと大風呂敷を広げていた。ただし、具体的な方法については明らかにしていない。

結果、様々な憶測が飛び交うこととなったわけだが、トランプ陣営に近い消息筋からまことしやかに喧伝されたのは、「まずロシアが実効支配しているウクライナの領土については、現状を固定化し(つまり占領状態を追認し)、一方、ウクライナのNATO加盟は認めない。その見返りに、ウクライナへは武器援助や不寄港資金の援助を継続する」という解決案で、ウクライナがこれを呑まなければ、武器援助を直ちに停止する、というものだった。

血みどろの戦争は一日も早く収束させるべきだ、と言われれば反論は難しいので、微妙な問題は残るけれども、武力で現状を変えようとしたプーチン政権を重く罰するのではなく、むしろ「やった者勝ち」の和平をウクライナに強いたりすれば、必ずや将来に禍根を残すであろう。なにしろ、領土の20%以上をロシアに割譲せよ、というに等しい話なのだ。

ただ、目下のところトランプ氏自身は、上記のような解決案については「承認していない」と明言している。私も個人的に、こうした「和平」は現実のものとはならないであろうし、そもそも「トランプ政権によって、世界秩序はメチャクチャにされる」という見方は、いささか過剰反応ではないかと考えている

理由は簡単で、ドナルド・トランプという政治家は「言うだけ番長」だと思えるからだ。若い読者層は、今ここで「?」というリアクションを示したかと思われるので、蛇足の説明を加えさせていただくと、昭和の時代、具体的には1960年代の終わり頃に『夕焼け番長』(梶原一騎・原作 庄司としお・作画 秋田書店)という劇画がヒットした。そのタイトルをもじって、大口を叩くが実行が伴わない人のことを、そう呼んで揶揄したのである。

2014年に大統領に初当選した際、トランプ氏は、「メキシコとの国境に壁を築き、その建設費用はメキシコに支払わせる」などと宣言していたが、結局、そのようなことは実現していない。ヨーロッパ諸国が相応の軍事費を負担していないとして、NATOからの脱退もちらつかせていたが、これももちろん実現していない。むしろロシアによるウクライナ侵攻の結果、加盟国は軍事費を大幅に増額し、とりわけ地上戦力は急ピッチで強化されている。

オランダなど、維持管理コストが高すぎるという理由で一度は廃止した戦車連隊を、ドイツからレオパルド2戦車の供与を受ける形で復活させたし、ポーランドなど、邦貨にして2兆円以上もの予算を投じて、韓国から多数の戦車や自走砲を調達したほどだ。

ただ、ウクライナのNATO加盟については、もともと全加盟国の主応仁がなければ実現し得ない規定なので、これは米国の主張が通るだろう。いずれにせよ、新政権の発足は年明けのことなので、蓋を開けてみなければ分からない要素がまだまだ多いが、現状では上院も連邦最高裁判事も共和党が多数を占めているので、トランプ大統領は独裁的な権力を振るうことができる、と心配する向きは依然として多い

なにより憂慮されるのは、どこかの国でもあった、強大な権力を手にした人に対して、本来は権力を監視する役割を負うはずのマスメディアまでが萎縮してしまい、結果「忖度」がまかり通る事態を招くことだ。実はその兆候が、すでに見られる。具体的にどういうことかは、次回。

トップ写真:G20大阪サミットの際に、会談を行うロシアのプーチン大統領とアメリカのトランプ大統領(当時)2019年6月28日、 日本・大阪 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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