ウクライナ危機の日本への教訓
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・ロシアのウクライナ侵攻の日本に対する影響の第一は国際情勢の危険な現実への目覚めのような認識。
・第2に、日本の安全保障への自己否定にも近い反省の教訓。
・ウクライナ紛争は日本国民の多くに正常な国家意識を呼び覚ませてくれた。
ロシアのウクライナへの軍事侵略は日本にどのような影響を及ぼしたのか。
結論を先に述べれば、国際情勢への衝撃的な覚醒、そして日本の安全保障への自己否定にも近い反省の教訓だといえよう。
第一には国際情勢の危険な現実への目覚めのような認識である。核兵器を保有する軍事大国のロシアが武力の微少な隣の小国を正面から侵略する。そして殺戮と破壊をためらわない。
こんな事態は日本のこれまでの多数派の国際認識の否定だといえよう。日本の憲法が前文でうたうように「平和を愛する諸国民の公正と信義」に頼れば自国の安全も世界の安定も得られるという認識がいかに現実離れしているかのいやというほどの証明だろう。
この世界には相手が平和や友好を求めれば求めるほど軍事力で自国の野望を押しつけるという国家が存在するのだ。ロシアの蛮行は日本国民にもいまの世界の現実を冷徹にみせつけたといえよう。
日本ではロシアのウクライナ侵略は文字通り、連日連夜、衝撃的なニュースとして報じられ続けた。その衝撃はこれまでの日本の多数派の「世界はアメリカ、中国、ロシアの力の均衡でそれなりに安定し、日本はとくに日米同盟で守られている」という安逸な国際認識を打ち砕いたといえよう。
第二には、自国の独立や安全を守るためには軍事力での抵抗が不可欠という場合があるという教訓である。ウクライナはロシア軍の侵略に対し決然と戦った。その闘争が自国の独立を保ち、国際的な支援をも獲得した。
日本でもこのウクライナ国民の闘争への賞賛が高まった。その賞賛は日本の一部で根深かった「いかなる戦争も拒否」という無抵抗敗北志向を後退させた。朝日新聞が喧伝するような「自国を守るための自衛戦争でも人殺しだ」とする降伏主義がウクライナ国民の勇気ある戦いにくらべると、いかに堕落し、非人道的かの実証だった。自衛のための戦争までも否定すれば、残るのは侵略の相手への隷属である。
日本ではこれまで「八月の平和主義」が目立っていた。毎年、原爆投下や敗戦の月の八月になると、「平和こそが最も大切」という標語の下、「いかなる戦争も否定」として事実上の降伏主義が唱えられてきた。自国を保つための防衛や抑止、反撃という概念も排されてきた。
だがいまの日本では国防の強化、防衛費の増額、反撃能力の保持という正常な国家なら当然の安全保障策を唱える声が驚くほど広まってきた。これもまた明らかにウクライナの教訓だろう。
総括すればウクライナ紛争は日本国民の多くに正常な国家意識を呼び覚ませてくれたようなのだ。
**この記事は月刊雑誌『日本の息吹』2022年7月号に掲載された巻頭の「今月の言葉」の古森義久氏の論文「ウクライナ危機が教えてくれたこと」の転載です。
トップ写真:ロシア軍の攻撃を受けたドンパス地方の町の様子(2022年6月21日、ウクライナ・ドルジュキーウカ) 出典:Photo by Scott Olson/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。