不要な「核の傘」信頼性論議
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」は核抑止力について全く触れなかった。
・独自核抑止力の保有と米国との核共有、「核の傘」重視は相互に排除し合うものではない。
・核抑止力を分担するのは同盟国の責務ともいえるだろう。
「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(座長・佐々江賢一郎元外務次官)は岸田文雄首相の意向を反映して、核抑止力の問題に全く触れなかった。「総合的」という名に反したと言わざるを得ない。
政府が2022年12月16日に閣議決定した「国家安全保障戦略」も「非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない」と従来の殻に閉じこもったままである。
日本核武装というと、直ちに「アメリカが許さない」と敗北主義的姿勢を取る人々がいる。
日本政府の「対米従属」姿勢を批判する左翼勢力の中にもそうした主張があるのは奇異な光景である。それこそ「対米従属」であり植民地根性ではないか。
私の経験に照らせば、日本核武装に関してアメリカで最も多い反応は、「日本側の考えや方針はどうなのか、まずそれを聞かせて欲しい」というものである。頭ごなしに「必要ない」と否定したり露骨に妨害したりする向きは、かつてはいざ知らず、今ではさほど多くない。
北朝鮮や中国、さらにはロシアの核の脅威に直面する同盟国日本が本気で核抑止力保有を追求するに至ったと感じ取れば、賛成に傾く米国人は増えるだろう。
独自核抑止力の保有と米国との核共有、「核の傘」重視は相互に排除し合うものではない。すなわち二者択一、三者択一で考える必要はない。重層的に捉え、すべてを備えるのが最善との姿勢で、出来る部分から手を付けていけばよいだろう。現にイギリスはそうしている。日本でおかしいのは、独自核だけを頑なに排除する態度である。
確かにアメリカにも、日本核武装を公然と疑問視する向きはある。
例えば、日本でよく一級の戦略家として扱われるエドワード・ルトワックは次のように述べる。
《中国の脅威をにらんで日本が核保有することの根本的な疑問は、米国が信頼に足る拡大抑止(核の傘)を保障しているのに、日本が自前の核を持つ価値があるかということだ》
米国はウクライナ戦争を通じ、たとえウクライナのように条約同盟国でなく、米国に防衛義務がなくとも、巨額の資金を投じ、多大なリスクを負って支援に回ることを示した。今回の戦争は米国への信頼度を大いに向上させたといえる》(ルトワック「世界を解く」、産経新聞2022年5月20日)
論理的にも、ファクトの面でも大いに疑問があろう。
まずバイデン政権は、NATO加盟国でないウクライナには「核の傘」を提供していない。ロシアがウクライナに核を用いれば、アメリカがロシアに核で反撃する可能性もあると匂わせる「曖昧戦略」すら取っていない。むしろその可能性を否定することで、戦争のNATOへの波及を防ごうとしてきた。
確かに資金や武器の供与においては、アメリカは他国をしのぐ貢献を見せている。しかしそれは核抑止とは全く別次元の話で、ロシア・ウクライナ戦争と米国の「核の傘」の信頼性とは論理的に結びつかない。
ついでに言えば、ルトワックは長打も打つが打率は低い人で(アメリカではそうした評価)、あまり持ち上げるのは問題だろう。
アメリカの「核の傘」に完全に頼るというのは、米大統領に、アメリカを守るか日本を守るかの究極の選択を強いるという意味でもある。日本が独自核を持てば、そこまでの選択を他国のリーダーに迫らなくて済む。核抑止力を分担するのは同盟国の責務ともいえるだろう。
英国でも、サッチャー政権が潜水艦発射核抑止システムのレベルアップに乗り出した時、何も最新鋭の多弾頭ミサイルを持たなくてもよい、米国の「核の傘」を信頼しないのか云々の議論が起こった。
サッチャー政権は以下のような意思統一を行った。
アメリカの「核の傘」の信頼性については議論しない。英米関係を不必要に緊張させるだけであり、もし聞かれれば、「信頼する。しかし独自核抑止力のレベルアップもする。そのことで同盟全体としての抑止力が高まり、英米両国にとって望ましい」と答える―。
正しい発想であり、受け答えだろう。
大阪大名誉教授の坂元一哉氏が2023年1月16日付の産経新聞コラムで、日本の新安保戦略について次のように書いていた。
《「(反撃能力については)今後も米軍にまかせたままでいいではないか」という反論もでてきそうだが、これを保有し、日本自身も米国と一緒に反撃できるようにすることで、反撃の確実性が増すし、よりしっかりした反撃をすることができるようになる。それで日本有事に対する日米同盟の対処能力が増せば、その分、同盟の抑止力も増すだろう。そうなれば結果として、日本有事が発生する可能性を低下させることができる》
その通りである。そしてこれは、通常戦力のみならず核抑止力についても当てはまるだろう。
トップ写真:国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画の3つの文書を閣議決定を受けて記者会見する岸田文雄総理(2022年12月16日 首相官邸にて)出典:首相官邸
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。