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.政治  投稿日:2019/3/11

海自ミサイル艇を廃止のわけ


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・海自はミサイル艇を廃止する

・ミサイル艇は80年代には時代遅れとなっていた

・むしろ90年代以降の整備が誤りであった

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44625でお読みください。】

 

防衛に関する長期計画が決定された。昨年末に公表された中期防と防衛大綱がそれである。前者は5年間、後者は10年規模の予算支出を示す。まずは政権党による買い物リストとみてよい。

 

それによりミサイル艇の廃止は決まった。買い物リストには現用の「はやぶさ」型ミサイル艇の更新計画はない。高速魚雷艇を起源とし1号型から「はやぶさ」型に発展してきた高速ミサイル艇の廃止が決まったのだ。

 

ミサイル艇はなぜ廃止されるのか?

 

保有価値は既に失われているためだ。80年代以降の環境変化によりミサイル艇は過去の遺物となった。まず主兵器の対艦ミサイルはその神通力を失っている。また軍艦に対して勝ち目はない。そのうえ専用装備としての高速艇の必要性もなくなった。その点で海自の廃止は妥当でありむしろ遅すぎる判断である。

 

 

 神通力の喪失

 

ミサイル艇の価値は失われた。

 

その原因の第一は技術的奇襲効果の消滅だ。かつて対艦ミサイルは絶大な威力を誇っていた。だが、その優位は80年代に失われた。結果、攻撃力をミサイルに依存するミサイル艇も威力を失ったのである。

 

70年代までミサイル艇は強力な戦力であった。搭載する対艦ミサイルは神通力を宿していた。当時はまずは探知・迎撃ともに不能である。一度発射されれば確実に命中する。必殺の武器であった。

 

例えば1971年、第三次印パ戦争での戦果だ。インド海軍によるカラチ襲撃ではたった1隻のオーサ級ミサイル艇が大戦果を上げた。1晩に3隻の艦船を撃沈破したのだ。

 

しかし、神通力は80年代以降には消失する。探知・迎撃技術が普及した結果である。対策レーダや逆探知技術の進歩により対艦ミサイルの早期探知が可能となり、迎撃ミサイルや機関砲も対艦ミサイル迎撃機能を与えられた。操作機構もシステム化により短期間対応が可能となった。結果、対艦ミサイルは以前のような必殺兵器ではなくなったのだ。

 

  

写真)オーサ級ミサイル艇〈冷戦期ソ連で300隻近く建造された。印パ戦争で無双したインド艇はそのソ連供与艇である。〉

出典)Wikimedia Commons:Trinhvan21

 

 軍艦との交戦不利

 

第2の原因は軍艦との交戦不利である。

 

これも80年以降に生じた変化だ。まずは第1で述べた対艦ミサイル防御技術が軍艦に普及した。その上、普及型ミサイルの登場により軍艦自身も対艦ミサイルを搭載した。その結果である。

 

その影響は軍艦とミサイル艇の戦いをイメージすればわかりやすい。軍艦は対艦ミサイル防御を備え、攻撃用に対艦ミサイルを搭載している。ミサイル艇は対艦ミサイルだけを搭載している。その両者が戦う状況である。

 

先に攻撃する側はどちらか?軍艦である。レーダ能力は高くヘリも搭載している。軍艦は距離200㎞でミサイル艇を探知できる。対してミサイル艇は距離100㎞でなければ探知できない。互いに射程150㎞のミサイルを搭載してもミサイル艇は後手に回ってしまう。

 

ミサイル迎撃のチャンスがあるのはどちらか?これも軍艦である。対空ミサイルや大砲、機関砲による迎撃、電波妨害やアルミ箔条散布で対艦ミサイルを無効化できる。ミサイル艇はアルミ箔条散布程度しか実施できない。圧倒的不利である。

 

命中しても沈まないのはどちらか?やはり軍艦である。対艦ミサイル1~2発ではまずは沈まない。また命中後に反撃もできるかもしれない。対してミサイル艇は1発命中で爆散する。反撃の可能性はない。

 

たいていの状況で軍艦はミサイル艇を圧倒するのだ。実際に1986年のシドラ湾事件では米巡洋艦はリビアのミサイル艇を先制攻撃し圧倒した。最近なら2016年のイエメンでの事例もそれを示唆している。地対艦ミサイルとの交戦だが、米駆逐艦は即座に迎撃し陸上に反撃を加えている。

 

ミサイル艇では敵軍艦には対抗できない。そのような時代となったのだ。

 

写真)米巡洋艦ノルマンディ〈米軍艦はミサイル艇を返り討ちにしている。写真はUSSノルマンディ。86年のシドラ湾事件で先制攻撃したUSSヨークタウンの同型艦である。〉

出典)AMERICA’S NAVY FORGED BY THE SEA: Photographer’s Mate Airman Mathew Keane

 

 専用装備の需要喪失

 

第3の原因は専用装備の不要化だ。かつて対艦ミサイルはミサイル艇や大型爆撃機でしか運用できなかった。それが小型軽量化により各種の装備から発射可能となった。専従装備のミサイル艇を整備する必要はなくなったのだ。

 

70年代中期までは専用艇が必要とされた。ミサイルは大型である。普及型のスティックスでも全長6m、幅3m、重量2トンある。既存艦艇には簡単に搭載できない。また実用射程も40㎞未満と短い。攻撃時には接近せねばならず、そのために敵を翻弄できる時速70㎞以上の高速性能が期待された。手っ取り早い解決法は専用艇の建造であった

 

だが、ミサイルの小型化により状況は変化した。70年代後半に登場したミサイル、エグゾゼやハープーンは収納状態で直径50㎝以下となり重量も600キロ程度まで減少した。既存軍艦の空所に設置可能であり、あるいは既存のランチャーでも発射可能だ。射程も100㎞を超えている。無理に攻撃位置につく必要もなくなった

 

なによりも戦闘機やヘリ、トラックに搭載できるようにもなった。それによりミサイル艇の必要性は大きく減じた。ミサイル射程の延伸もあり「沿岸部や海峡防衛ならそれで充分」と判断されたのだ。

 

写真)ペンギン〈対艦ミサイルは多手段で発射できるようになった。たとえば米海軍はペンギン・ミサイルをヘリ運用している。ミサイル艇よりも高速であり攻撃の自由度は高い。〉

出典)AMERICA’S NAVY FORGED BY THE SEA: Photographer’s Mate 2nd Class Lisa Aman

 

 時代遅れのミサイル艇整備

 

ミサイル艇の価値喪失したのだ。しかもそれは80年代には明らかであった

 

実際にミサイル艇の整備中止も始まっている。例えば米海軍はペガサス級水中翼ミサイル艇の建造は80年で取りやめた。完成した既存艇も90年代初頭に退役させた。伊海軍も同様である。小型の水中翼ミサイル艇の建造を取りやめ、やはり90年代に既存艇を廃止した。

 

だが、90年代以降にミサイル艇の建造を始めた。冷戦終結以降のことだ。それも各国でいまなお残る多用途型ではない。高速性能をもった攻撃専従艇、一番使いにくいタイプを建造したのだ。

 

それからすれば中期防・大綱での整理は当然の話である。本来は建造すべきではない戦力であった。

 

トップ写真)ミサイル艇「くまたか」〈ステルス性を重視し時速80kmを超える高速艇である。だが後継はなく艦種ごと廃止される見込みである。〉

出典)海上自衛隊HP:写真ギャラリー


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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