尹大統領弾劾判決の深刻な問題点
コリア国際研究所所長 朴斗鎮
【まとめ】
・4月4日、韓国憲法裁判所は尹錫悦大統領に対して「罷免」の判決。
・尹大統領弾劾裁判は弾劾ありきの公平性に欠けた政治裁判となった。
・国民は憲法裁判所への信頼度を大きく低下させた。
4月4日午前11時過ぎ、韓国憲法裁判所は、尹錫悦大統領に対して「罷免」の判決を言い渡した。しかしこの判決は政治的汚染の色が濃く、法的にも多くの問題点を抱えているために、著名な憲法学者から厳しい指摘を受けている。その主な問題点は次のようなものである。
1)大統領のみが持つ統治権の発動(戒厳令)を司法判断の対象としたこと
憲法裁判所の8名の裁判官は、「大統領の政治決断も憲法・戒厳法違反かどうか審査で
きる」としたが、憲法裁判所の創設者で憲法学の権威である許ヨン慶熙大学教授は、自著「韓国憲法論」の20回目の改訂版序文で「国の命運がかかった事件を理念偏向的な一部の判事が決定する異常な現象は、私たちの憲法精神に全くそぐわない」と憲法裁判所を厳しく批判した。そして「憲法裁判所が憲法の上に君臨しようとしている」と嘆いた。許教授は、大統領の判断を司法(憲法裁判所)が審査することはできないとして、憲法裁判所に意見書提出を行ったとされる。
また、憲法学会元会長で中央大学の李インホ教授も、統治権の発動は司法判断による処罰の対象とならないと主張。次のように述べている。
「大統領の戒厳発動が要件を備えていない違憲的な行為だとしても、大統領を処罰しなければならないという論理は成立しない。戒厳の要件と行使に対する1次的判断は、権限を持つ大統領に属する。その判断が間違っている可能性がある場合、憲法裁判所が、誤り(違憲性)を事後的に確認して権限行使を無効にする権限があるだけだ。
しかし違憲無効だとしても、その権限行為者を処罰はしない。多くの法律が、憲法裁判所によって違憲無効と宣言されたとしても、法律制定行為者を処罰しない。違憲確認効力は、その権限行使の効力を排除するだけだ。万一戒厳発動で大統領を処罰しなければならないのなら、違憲法律を制定した国会議員たちも処罰されなければならないだろう。大統領であれ、国会議員であれ、違憲的権限行使を行いうるということを認めなければならず、その是正は、効力の排除であって、処罰ではない」。
2)一事不再理に違反したこと
法律では一度不採択となった議案を同じ国会の会期には再提出できないことになって
いる。ところが憲法裁判所側は、会期が違うので「一事不再理」ではないと主張する。しかし異なる会期というのは、通常国会での一度目の否決直後に民主党単独で急遽仕立てた「臨時国会」なるもので、上程された訴追案も一部文言は削除されたものの同じ訴追案だった。
3)内乱罪で訴追した訴追案を弾劾審判請求後に変更したこと
内乱罪で訴追した訴追案を、弾劾審判請求後に戒厳令訴追に内容を変更した。これに
対して憲法裁判所は「基本的事実関係は同一で、法条文のみ撤回・変更するのは問題ない」としたが、こうした変更を通常の民主主義国家では認めていない。許ヨン教授は、この訴追案を「詐欺的訴追案」と指摘している。
4)証拠採用で刑事訴訟法の遵用を無視したこと
憲法裁判所は、禁じられている検察調書の送付を行わせ、それを被請求人(尹大統領
側)の同意も得ないで証拠採用した。これは2020年に改正された刑事訴訟法に違反している。しかし憲法裁判所は「弾劾審判は、刑事訴訟法と異なり、刑事訴訟法より緩めて証拠として使える」とした。
5)民主党の弾劾権乱用を容認したこと
民主党の行政麻痺を狙う弾劾権乱用を容認し「政治的目的があっても弾劾権の乱用ではない」と結論し、弾劾権の乱用を容認した。決定は、今後の政治安定に大きな禍根を残すことになる。
6)民主党の誘導で「捏造された証言」を大統領側の同意もなく証拠採択したこと
特殊部隊の司令官郭ジョングンが、民主党義委員に強要・誘導された「国家議員を引きずり出せ」との偽証言や元国家情報院第1次長洪ジャンオンの「政治家などを逮捕しようとした」との偽証を、厳密な検証もせずに証拠として採用した。これについて憲法裁判所はその根拠を示していない。
7)被請求人の防御権を無視したこと
憲法裁判所は、弁論時間を制限しただけでなく、尹大統領の証人質問も禁止。尹大統領の追加発言を拒否した。韓国の国家人権委員会は、これを不当な人権侵害として申し入れたが無視した。
8)一方的に国務会議の手続きがなかったと断定したこと
しかし、国務会議開催に不備はあったものの国務会議は開かれていた。戒厳令発布は議決ではないので、国務委員の同意は必要ない。
9)戒厳令を誘発させた民主党の政府機能麻痺行為を不問に付したこと
憲法裁判所は、戒厳令を誘発させた共に民主党の責任は一切問わなかった。しかし、
国民の40%以上が、共に民主党が国政を麻痺させていたとして弾劾に反対した。責任の多くは共に民主党の政権麻痺行為にあると判断している。
今回の尹大統領弾劾裁判は、最初から弾劾ありきの公平性に欠けた政治裁判となった。真実を求める証拠調べを綿密にせず、具体的事実の認定にも欠け、法解釈も一方的で、観念的・政治的文章が多かった。内容の偏向をごまかすために、取ってつけたように補充意見を加えていた。
こうしたことから国民は憲法裁判所への信頼度を大きく低下させた。世論調査では、憲法裁判所を「信頼する」と「信頼しない」が46%対46%の同数となった。
トップ写真)弾劾された韓国の尹錫烈大統領の支持者たち-2025年4月4日、韓国・ソウル
あわせて読みたい
この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

