NATO首脳会議、トルコ外交の評価
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#27」
2022年7月4日-10日
【まとめ】
・スペインで開かれたNATO首脳会議でトルコが強硬姿勢から一転、フィンランドとスウェーデンの加盟を支持した。
・今回のトルコ外交は短期的な成果を上げることができたが、中期的に「見事な成果」を出したかどうかは、疑問である。
・外交で誰が最終的に如何なる利益を得たかは、現代のマスコミではなく後世の歴史家が判断すべきである。
今週は久しぶりにトルコ外交を取り上げる。先週スペインで開かれたNATO首脳会議ではトルコが事前の強硬姿勢を一転し、フィンランドとスウェーデンの加盟を急転直下支持した。ある日本のネット・メディアは、「トルコ外交の見事な駆け引き、歴史ある国家の外交とはこういうものか」と題する論評を掲載していた。おいおい、何だって?
同記事は、両国が「トルコからのテロ容疑者引き渡しの仕組みを強化、国内法の整備も確約した。これまでは禁止してきたトルコへの武器禁輸措置までも解除する。・・・両国の足元を見ながらのトルコ外交の駆け引きは見事としか言いようがない。」などとトルコを礼賛する。でも、本当に「見事な外交」か否かは歴史が決めることじゃないの?
外交を「国家間で何らかの結果を出すための交渉」と定義すれば、今回のトルコ外交は、米国からF16戦闘機売却も勝ち取るなど一定の成果を上げている。しかし、この種の外交的成果には「短期的」と「中長期的」なものがある。個人的には、今回トルコが中長期的に「見事な成果」を出したかどうかは、疑問なしとしない。
誤解を恐れずに申し上げる。外交の世界では「短期的成果」を出すこと自体、さほど難しいことではない。もしある国が外交上の切り札を持ち、かつ、一切の妥協を排してでも、その切り札を切ると凄めば、交渉相手は譲歩せざるを得なくなるからだ。その意味で今回のトルコの切り札はフィンランドとスウェーデンの「NATO加盟反対」だった。
確かに対露関係では、万一首脳会議の場でトルコが反対でもすれば、NATOにとって致命傷にもなりかねない。この点については「“ごね得”エルドアンの損得勘定」などと報じた記事もあったが、決して的外れな指摘ではない。こうした「エゲツナイ」外交を「見事な駆け引き」と呼ぶかは個々の記者の「美意識」の問題だろう。
それでは今回トルコは完勝したのか。報道では「トルコとフィンランド、スウェーデンの2カ国が合意した覚書では、2カ国がPKKなどへの支援の停止や、一部クルド人の送還に『対処』すること」が約束されたとあるが、当のスウェーデン首相は同国が「テロリスト73人」送還を約束したとするトルコ側主張につき明言を避けている。
更に、フィンランド政府も「トルコに対し大きく譲歩した訳ではなく、『トルコのテロとの闘いを支持する』とした今回の合意内容は従来の主張と大きく違わない」と述べている。やっぱりね、なるほど。一方、トルコはウクライナの要請に応じ、黒海でウクライナの穀物を運ぶロシア船を拿捕したとも報じられた。一体どうなっているのだろう。
筆者の見立ては、今回のトルコ外交をめぐる関係国間の駆け引きが報じられるほど単純ではない、ということだ。この種の複合的外交交渉では、短期的に戦術的利益を最大化しても、中長期的な戦略的利益を最大化できるとは限らない。誰が最終的に如何なる利益を得たかは、現代のマスコミではなく後世の歴史家が判断すべきだろう。
〇アジア
米世論調査機関によれば、最近の各国対中認識調査で「中国は嫌い」とした第一位は日本の87%、オーストラリアは86%、第三位スウェーデンが83%、米国が82%で、第五位が韓国80%、だったそうだ。韓国は2002年に31%だったので、時代は明らかに変わったのだろう。中国人は意外にこうした評判を気にする人たちなのだが・・・。
〇欧州・ロシア
ロシア軍が東部ルガンスク州全域を制圧し、ウクライナ戦争は新たな段階に入りつつある。ウクライナ側は「(この結果は)致命的ではない」としているが、軍事専門家はこれが戦争全体の転換点となり、今後の決定的戦闘はウクライナが領土奪還に向け反撃を開始した南部で行われる」と予測する。問題は時間との闘いであることだ。
〇中東
6月下旬、UAE、エジプト、モロッコ、バーレーン、米国、イスラエルが会合を開くなどバイデン米大統領の中東初訪問の前に中東で外交が活発化している。ヨルダン国王は中東でのNATO型同盟構想をぶち上げ、米大統領はイスラエル、西岸地区、サウジアラビアを7月13日から16日にかけて訪問する。この動きは極めて要注意である。
〇南北アメリカ
7月4日は米独立記念日だが、その日にシカゴ北郊ハイランドパークで銃乱射事件が起き6人が死亡したという。ちなみに、当局は参考人(man of interest)の22歳の男を拘束した。彼はまだ容疑者(suspect)ではないということか。それにしても、このお目出度い日にすら乱射事件は起きるのか。これではロシアンルーレットではないか。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:スペインのマドリードで開催されたNATO首脳会議でトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領(右)と握手を交わすボリス・ジョンソン英首相。2022年6月29日 マドリード・スペイン
出典:Photo by Stefan Rousseau – WPA Pool/Getty Images)
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。