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.国際  投稿日:2025/3/18

トランプ政権の決断 冷戦期から続く米国の知恵袋を閉鎖


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#11 

 2025年3月17-23日

 

【まとめ】

・3月13日、トランプ政権が米国防総省のネットアセスメント室(ONA)を廃止。

・ONAは、より総合的な視点から正確な分析・評価を提供してきた。

・日本にとっても大国間の衝突を生き延びる上で極めて有用であった。

 

今週は米国時間の火曜日に米露首脳電話会談があるそうだ。これで全てが決まるとは到底思えないが、停戦までの方向性は見えてくるだろう。というわけで、今週はウクライナ関係には触れずに、別の話を書くことにする。それにしても、国際情勢は急変しているというのに、日本では「10万円商品券」の話で持ち切りとは、嘆かわしい。

 

10万円は高額だが、ドルにすれば600ドルちょっとか。昔なら1000ドルだからインパクトもあったのだが・・・。古今東西、政治にはカネがかかるが、その点は米国も例外ではない。600ドルどころか、巨額の政治資金の詳細の多くは殆ど公表されていない。しかも、今のワシントンの関心事は「連邦公務員」の「大量解雇」である。

 

どっちもどっち、という状況。やはりAll politics is localということなのかなあ。そんなワシントンから驚くべきニュースが舞い込んできた。トランプ政権が、米国防総省のネットアセスメント室(ONA)を「廃止」したというのだ。ONAについては10年前、産経新聞のコラム【World Watch】(2015年6月11日)に書いたことがある。

 

当時まで室長は94歳だった米国随一の戦略思考家、アンディ・マーシャル。彼は1973年以来四十数年、ソ連や中国との競争の趨勢につき、軍事に限らず、より総合的な視点から正確な分析・評価を国防長官に提供してきた。ONAを世に知らしめたのは冷戦時代のソ連経済に関する評価だった。

 

そのONAが3月13日、イーロン・マスク率いるDOGEの大攻勢の中、静かに「廃止」されたらしい。このニュースはワシントン在住の友人からのメールで知った。今週の辰巳由紀主任研究員の「デュポンサークル便り」でも紹介されているが、今のところ日本では大きなニュースにはなっていない。残念だがこれが日本の現実である。

 

ワシントンの友人からのメールに筆者は以下の返事を送った。

 

 遂に来るものが来ましたね

 最近ONA関係者からの連絡が途絶えていました

 まさか、でも、もしかしたら、とは覚悟していましたので、決して驚いてはいませんが

 3月13日は米国長期戦略コミュニティにとって告別式の日となるでしょう

 これで直ちに「現在」の対中戦略関係に大きな影響が出るとは思いませんが

 恐らく10年後、20年後の「将来」の米国の戦略は、今よりずっと長期的視野を欠いたものになるでしょう

 彼らは常に20年、30年先を考えていましたので、4年後にONAが再設置されなければ、米国は徐々にSuper Powerではなくなり、ただのmediocre Powerになっていくと思います・・・・

 

件の産経新聞コラムに話を戻そう。10年前、筆者はこう書いていた。

冷戦終了後マーシャルの関心は中国に移った。90年代末までにONAは「中国が中長期的に強大化し、米国にとって脅威となり得る」と評価した。マーシャルは人民解放軍の軍事評価だけでなく、孫子の兵法から中国経済、社会、人口動向にまで調査対象を広げた。ソ連の例と同様、彼の中国に関する分析は極めて正確だ・・・。

 

ONAはマーシャル室長退任後も二代目室長の下で続いたが、今回の「トランプ旋風」で縮小・廃止の対象となってしまった。だが、考えてみれば、そもそも、今までが「例外」だったのかもしれない。ネットアセスメントとは人間の最も贅沢な知的活動の一つだから、トランプ政権がこれを理解せず、逆に潰そうとするのも当然なのだろう。

 

こうしたネットアセスメントの手法は今後数十年間日本が直面する大国間の戦略的対立・競争の趨勢を事前に把握し、大国間の衝突を生き延びる知恵を出す上で極めて有用だと信じており、これからは日本でもネットアセスメントを・・と真剣に考えていた。ONAの廃止は世界中の「安保屋」にとっても、大きなショックだろう。

 

日本にも、そのことを理解する人々が、少人数だが存在する。個人的には、過去35年あまり、アンディ・マーシャルとその弟子たちの知的活動の一端をほんのちょっとでも、知ることが出来ただけでも、実に幸せだったと感じている。しかし、これからはアンディ・マーシャルだったらどう考えるかを想像しながら細々とやっていくしかない。

 

今週は長くなってしまったので、このくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

 


トップ写真)ペンタゴンでアンディ・マーシャル氏の退役送別式の様子。2015年1月5日 ワシントンDC

出典)米国政府 Photo By: Master Sgt. Adrian Cadiz

 

 




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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