李首相主宰国務院常務会議増えたわけ
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・4月以降、「経済優先派」の李首相主宰の国務院常務会議の回数が増加。「反習派」による習総書記の3期目阻止の動きか。
・習主席の側近が多数失脚。習主席が人民解放軍を完全に掌握しているかも疑問。
・今秋の第20回党大会で、習総書記の3期目再選は、決して容易ではない。
今年(2022年)8月1日、『北京時事』が、次のように伝えた。
「中国軍は軍創設から95年となる8月1日に合わせた形で、習近平国家主席(中央軍事委員会主席)を支える方針を明確にしている。・・・今秋の共産党大会で、習氏が総書記として3期目入りする流れが一層鮮明となっている」(a)と決めつけた。
これでは、「習派」の優勢な宣伝部門(『人民日報』が典型)のプロパガンダを垂れ流しているに等しいだろう。我が国の中国特派員は、共産党による情報統制のため、同国内の情報が得られにくい。したがって、その傾向は仕方ない面もある(日本にいれば、世界中から中国情報を取得する事が可能)。
けれども、記事は、最近、中国で起きた出来事をことごとく無視した一方的な報道ではないか。我々はこのような「習派」によるプロパガンダを鵜呑みにできない。
さて、李克強首相は国務院のトップであり、国務院常務会議(閣議に相当)を主宰する。だが、これまで党トップの習主席が国務院トップの李首相を差し置いて、別に政治を行ってきたフシがある(党が国家よりも上位にあるため)。そこで、李首相は、「史上最弱の首相」と汚名を着せられた。
ところが、今年4月頃から、急に李首相の存在感が増している。それは、首相の主宰する国務院の常務会議招集回数の増大からも明らかだろう〔図表参照〕。ここでは、なぜ常務会議開催回数が増えたのかを考えてみよう。
図表)李克強首相が主宰した毎月の「国務院常務会議」回数
出所)『人民日報』より作成(ただし、全体会議等を含む)
実は、今年1月と2月、国務院常務会議がそれぞれ2回(前年比マイナス1回)と1回(同マイナス1回)と減った。特に、2月、北京冬季オリンピックが開催されたとはいえ、常務会議が1回しか招集されなかったのには違和感を覚える。李首相が軽んじられ、習主席中心の政治が運ばれていた証しだろう。
翌3月、李首相は全国人民代表大会閉会後の記者会見で、来年、首相を辞任する意向を明らかにした。
しかし、4月になると、突然、風向きが変わり、国務院常務会議が4度も招集された。前年比プラス2回(昨年の倍)となっている。これは明らかに、首相の存在の重要性が増した証左ではないか。
そして、その月末から、中国共産党の対外政策が急変したのである。同党は した。
更に、5月と6月、国務院常務会議が、両月ともに前年よりも1回多く開かれた。李首相中心の政治が行われていると考えられよう。
その頃、北京市で戦車が目撃されたり、浙江省や福建省で夜間、空が真っ赤に染まったりした(内戦が勃発した可能性も否定できない)。
一方、習主席の側近が多数失脚し、「習派」の退潮が目立っている。とりわけ、「3大極左」(日本語では“極右”)と称された「習派」の忠臣が揃って、左遷の憂き目に遭った。
まず、「戦狼外交」を展開した楽玉成・外務次官(外交部で王毅外相に次ぐナンバー2)、次に、新疆で“再教育キャンプ”を創設・運営していた陳全国・新疆ウイグル自治区トップ、そして、香港の「一国二制度」を早期に終了させた張暁明・香港マカオ弁公室副主任らは、すべて閑職へ追いやられた。
写真)習近平氏の側近だった楽玉成氏(左)。写真は外務次官として河野太郎外相(当時)を表敬訪問した際のもの(2019年8月9日 外務省)
出典)外務省ホームページ
これらの人事を見れば、習主席の前途に暗雲が漂い始めたと言っても過言ではないだろう。
結局、「反習派」(主に「老人幇」=引退した共産党最高幹部らが中心)は、習主席の固執する厳格な「ゼロコロナ政策」では中国経済(不動産危機・銀行危機・地方財政危機の「3大危機」に直面)は破綻し、共産党政権がもたないと考えたのだろう。
そのため、「反習派」が結束して「経済優先派」の李首相を盛り立て、中国経済の立て直しを図ろうとした。これが習総書記の3期目を阻止する動向(「宮廷クーデター」)となっている。
だからこそ、李首相主宰の国務院常務会議招集が突如、増えたのではないだろうか。そうでなければ、4月・5月・6月の常務会議の回数急増を説明できない。
実際、冒頭のように「習政権は盤石で第3期目再選は間違いない」という“神話”を信じている人が今も少なくない。それは、今年4月末以降に起きた様々な小事件を軽視しているためではないだろうか。
他方、以前から我々がたびたび主張しているように、彼らには、習主席が軍権を掌握しているという“思い込み”があるのかもしれない。確かに、習主席によって「将校クラス」は「江沢民派」から「習派」にほとんど入れ替えられた。しかし、佐官クラス・尉官クラスは未だ「江派」が占めていると考えられよう。
そのため、人民解放軍(元来、“国軍”ではなく“党軍”。ただし、依然、“私軍”の様相も帯びている)が、果たして、習主席に味方しているのか大きな疑問符が付く。おそらく、習主席が軍を完全掌握しているというのも、単なる“神話”に過ぎないのではないか。
だとすれば、今秋、第20回党大会で、習総書記の3期目再選は、決して容易ではないだろう。
〔注〕
(a)軍が習氏支持明確化 党大会へ「歴史的成果」強調 中国(時事通信) – Yahoo!ニュース
トップ写真:習近平国家主席(左)と李克強首相(右)(2022年3月8日 中国・北京)
出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。