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.国際  投稿日:2022/10/27

なぜ党大会で胡前主席は途中退席したのか


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国共産党第20会全国代表大会の閉会直前、胡錦濤前主席が、会場内のスタッフに連れ去られるが如く途中退席した。

・これは「反習派」“総大将”の胡前主席が海外メディアの前で“晒し者”にされたと見るべき。

・中国経済は悪化しており、今は経済を第1に考える必要があるはず。

 

今年(2022年)10月22日、中国共産党第20回全国代表大会が閉会した。その閉会直前、奇妙な事が起きている。何と胡錦濤前主席が、突然、会場内のスタッフに連れ去られるが如く、途中退席した(a)のである。

胡錦濤前主席がスタッフに説得され、渋々退席するという尋常ではない光景を世界のメディアが捉えた(AFP通信は胡錦濤の名前が、早速、中国のインターネット上で検閲されたようだと報じている)。

まず、スタッフが、突然、演壇上の胡前主席に近づき、前主席の文書を取り上げた。その後、胡前主席を会場から追い出そうとしている。しかし、前主席は席から離れようとしなかった。

次に、スタッフが胡前主席を後ろから持ち上げようとしたが、これも前主席は拒否している。

胡前主席の机の上にあった会議資料は、左隣に座っていた栗戦書の机の上に移動していた。そこで、栗戦書は資料を職員に渡した。

そして、またスタッフは前主席が席を立つよう説得したのである。前主席は立ち上がり、職員と口論になった。

一度は栗戦書が立ち上がったが、横にいた王滬寧が後ろから、栗に邪魔をするなという合図を送っている。

スタッフが胡前主席を更に説得しようとしたが、前主席は再び座ろうとした。だが、結局、前主席は、スタッフに腕をつかまれて退場させられている。

胡前主席が、習近平主席とすれ違ったとき、前主席は習主席に向かって言葉をかけた。それに対して、習主席は2度うなずいている。

その後、胡前主席は手を伸ばして李克強首相の肩をポンとたたき、会場を後にした。前主席退場までの全プロセスは1分余りだった。

このシーンは、党大会の閉会式を取材するために記者達が北京の人民大会堂に入場して来た直後だった。2300人以上の党代表が党規約に習近平の「核心的役割」を盛り込むことを全会一致で決議する前に発生している。

さて、なぜこのような事態が生じたのだろうか。翌23日の新人事、特に、政治局常務委員(最高指導部)の顔ぶれを見ればわかる通り、習主席の大勝だった。

主席自らが形成した「之江新軍」4名―李強(上海市トップで次期首相候補)・蔡奇(北京市トップ)・丁薛祥丁(党中央弁公庁主任)・李希(広東省トップで中央規律検査委員会主任)―を新常務委員として迎え入れている。

第19期常務委員の中で残留したのは、習主席に忠誠を誓ったと言われる趙楽際(来年、全人代委員長か)王滬寧(同、政治協商会議主席か)だけだった。

胡前主席の「共青団」の有力者、汪洋・胡春華は“蚊帳の外”となっている。他方、李首相は次期中央委員にも入らなかった。そのため、来年3月で完全引退となる。

これらを総合的に考えれば、おそらく「反習派」の“総大将”は胡前主席だった公算が大きい。他方、そのバックには、江沢民元主席が存在した事はほぼ間違いないだろう。そして、胡前主席や江元主席ら元老らに支持されていたのが、李首相だった。

けれども、「反習派」は水面下での“死闘”に敗れた結果、“総大将”の胡前主席は、 海外メディアの前で、“晒し者”にされたと見るべきではないか。そのため、前主席は、党大会から退出させられるという前代未聞の辱めを受けた。

周知の通り、中国人は何よりも「面子」を重んじる。場合によっては、命より「面子」が大切である。

今回の一件は、胡前主席にとって、人生最大の屈辱だったのではないだろうか。そればかりではなく、今後、前主席は、「6・4天安門事件」で失脚した趙紫陽総書記のように、軟禁生活を送らざるを得なくなるかもしれない。ひょっとすると、李首相も前主席と同じような運命を辿る可能性も排除できない。

クーデターを起こそうとした「反習派」に対し、習主席による凄まじいまでの報復である。しかし、過剰な報復措置を取れば、党内からの反発がますます強くなるのではないか。それが、結局、習主席に跳ね返る恐れもあるだろう。

そうでなくても、中国経済は悪化の一途を辿っている。本来ならば、今は経済を第1に考える必要がある。

北京は、党大会中、突如、今年第3四半期GDPの公表を延期した。だが、党大会が終わるとまもなく、何の前触れも、発表会もなく、数字を発表(b)している。前年同期比で3.9%、前期比で同じく3.9%である。

もし、これが修正していない元の数字だとしたら、決して悪くはない。そのまま公表すれば良かったと考えるのは我々だけだろうか。いったん、数字の公表を延期したのは、数字がかなり悪かったからだ、と疑われても仕方がない。

経済破綻が中国共産党政権を崩壊させないとも限らないだろう。やはり、習主席は中国共産党「死の道」への“加速師”なのかもしれない。

 

〔注〕

(a)『中国瞭望』「マルチカメラが暴露!AFP、胡錦濤が連れ去られたことを詳報」(2022年10月22日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/10/22/2538742.html)

(b)『国家統計局』「2022年第3四半期GDP速報値」(2022年10月24日付)

http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202210/t20221024_1889502.html

 

トップ写真:退席する胡前主席 出典:Photo by Lintao Zhang/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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