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.政治  投稿日:2022/8/12

10式戦車は生き残れない(下)


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

増加する装甲車両の電力を賄うためにはハイブリッド駆動が有利であり、重量と内部容積の低減にも有用だ。

・国は予算増額の前に、軍隊としてまともな予算の使い方を身につけさせるべきだ。

・全周的な装甲の強化、ASP、RWS、ドローンの装備などの近代化が必要だが10式には想定されていない。

 

このような増加する装甲車両の電力を賄うためにはハイブリッド駆動が有利だ。ハイブリッド駆動は電気で走行する場合は静粛性、赤外線シグニチャーの低減も可能となる。実際に仏国防省は次期戦車ではハイブリッド駆動を検討しており、研究も進めている。また重量と内部容積の低減にも有用だ。5月30日のJane’s Defence Weekly誌のハイブリッド駆動の記事では、英陸軍のチャレンジャー2の現行のエンジンは7.4トンで5.7㎥だが、ハイブリッド駆動ならば5.5トン、4.8㎥まで減らせると紹介している。

防衛省は10式を開発するよりもハイブリッド駆動を実用化して90式を近代化することに予算を使った方が良かったのではないか。事実防衛省でも装輪及び装軌車輌用のハイブリッドシステムの実証開発が行われているが、いつものように「開発のための開発」で終わり、それらが実用化する気配は全くない。

▲写真 ゴム製履帯の試作品 出典:筆者提供

今後必要なこれらの装備を導入すると、かなりコストはもちろん重量がかさむことになる。だが重量軽減の手段が無いわけではない。一つ手段はゴム製履帯の導入だ。ゴム製履帯を導入すれば1トンほど軽量化可能だ。既にカナダのSoucy社は55トンクラスの車体用のゴム製履帯を開発、実用化している。実は防衛省もゴム製履帯の研究は行ったが、これを実用化する気はまったくないと装備庁は筆者の取材について答えている。一体何のための開発だったのか。

実は三菱重工は防衛省のゴム製履帯開発の主契約者だったが、現在防衛省の予算で開発中の水陸両用装甲車用に、ゴムメーカーと共同でゴム製履帯を開発している。だがそれを装備庁の担当者は知らなかった。

10式は基本重量40トンを超えれば、40トントレーラーで運搬できるという導入理由が瓦解する。現実には10式を輸送する40トンクラスのトレーラーも殆どなく、同様に他の装軌車両を輸送するトレーラーも同様だ。また民間の40トントレーラーを使用することも可能だと陸幕は説明していたが、民間トレーラーを徴用する法的な根拠は存在しない。40トンだから北海道以外で運用できるというのは「画餅」、フィクションでしか無い。換言すればトレーラーを買うカネを10式の調達につぎ込んだとも言える。しかもトレーラーが調達できたにしてもそれを運転、整備する要員も必要だが、充足率が6割程度の部隊がゴロゴロある陸自でそれも難しい。

さて将来の戦車はどうなるだろうか。新世代の戦車が登場したときに、10式は戦えるのだろうか。6月に開催されたユーロサトリでラインメタルとMW+ネクスター・システムズが次世代戦車のコンセプトモデルを発表した。これらは130ミリ及び140ミリ砲の搭載を検討されている。

筆者はこのような大口径砲の導入は難しいと考える。装弾数が現用の120ミリ砲の戦車の半分あるいはそれ以下となり、徹甲弾、榴弾などの複数の弾種を搭載した場合の運用の柔軟性が失われるからだ。弾数の多さも戦車の重要な要素です。特に都市戦で歩兵相手では尚更だ。幾ら砲の威力があっても弾がなければ戦車はただの鉄の棺桶だ。

かと言って、装弾数を増やせば戦闘重量が相当重たくなる。現在の3.5世代の戦車は概ね60~70トンと重く、運用上の限界と言われている。将来の冗長性を考えれば60トン以下には納めるのが現実的だ。

重量を考えれば、現在主流の2名搭乗する砲塔は難しい。重量を軽減するためには無人砲塔が選択されることになるのではないでしょうか。これで数トンは低減できるし、乗員の生存性も向上する。ロシアのアルマータはこの方式を採用している。

ただ乗員は増えるかもしれない。RWSやドローン、UGVその他システムを操作することを考えれば4名は必要だろう。現在はレオパルト2のように装填手がいる戦車は装填手が担当しているが、自動装填装置を備えた10式など3名が定員の戦車だとこれらの運用が難しい。このため自動装填装置を採用しても4名定員になる可能性がある。その乗員すべてが車体に収容されることになるだろう。

筆者は主砲の大口径化よりも現用の主砲の強化と、対戦車ミサイルや徘徊型ドローンなどの装備を組み合わせる方が現実的だと考える。

重量軽減を第一に考えれば無人戦車という選択もある。事実ユーロサトリで展示された戦車にもそのような構想がある。例えば戦車あるいは装甲車から複数の無人戦車を操作することも考えられるだろう。加えてウクライナでの戦訓が反映されるだろから、将来の戦車の姿は現状どうなるか分からない。恐らくは今の戦車と全く違ったものになるだろう。一番割を食うのは「遅れてきた3.5世代戦車」である10式だろう。

いずれにしても戦車には自爆ドローン含めたドローン、UGV対策、トップアタック対策は必要だ。そうなれば全周的な装甲の強化、ASP、RWS、ドローンの装備などが必要だ。だがご案内のように10式にはそのような近代化は想定されていない。しかも、車内容積に余裕がない。極端な軽量化、コンパクト化のために、乗員のスペースも少なく、砲手などは体を曲げて「お姉さん座り」をせざるを得ない。

更に申せば軽量化によって機動力も損なわれている。三菱重工は転輪を90式と同じ片面に6個を提案したが、陸幕は軽量化と車体の小型、コスト削減のために5個を要求した。結果、履帯の接地圧が減少し機動力が下がった上に、履帯離脱が起こりやすくなった。十全の準備を行ってたはずの富士総合火力演習において履帯離脱が起きたのは、関係者に衝撃を与えた。当然、重量が増加した際の機動力のさらなる低下は深刻な問題となるだろう。

10式戦車は調達自体が目的だったと言わざるをえない。新型戦車を導入しても随伴する89式戦闘装甲車、73式装甲車、87式自走高射機関砲、96式自走120ミリ迫撃砲、更には指揮通信車など諸兵科の装甲車両は近代化も更新もされていない。唯一の機甲師団である第7師団は事実上「第7戦車博物館」である。

陸自はドローン、精密誘導砲弾などの導入が途上国より遅れた「昭和の軍隊」であることに疑問を持ってこなかった。現代戦において大好きな10式戦車ははるか遠くから敵のドローンに探知されて、徘徊型ドローン、榴弾砲や迫撃砲の精密誘導砲弾、あるいは長射程の対戦車ミサイル、それを搭載したUGV等によってアウトレンジで攻撃されて、敵の戦車の戦う前に虐殺される運命にある。このような無責任な装備調達や運用をしているのは、国防上問題があるだけでなく戦時に命を掛けて戦う現場の隊員を侮辱しているとも言えるだろう。

まるで女子高生が戦車だけで戦うアニメ、「ガールズパンツァー」と同じで、軍事的な常識が欠如している。新型戦車だけ調達できれば戦争に勝てるならどこの軍隊も苦労はしていない。こういう素人以下の集団が多額の税金を浪費して国防が全うできるはずもない。

このような杜撰な装備調達、運用をしている防衛省、自衛隊に対してGDP比2倍の予算、しかも借金による軍拡を行うための予算をつけるべきではない。

予算増額の前に、軍隊としてまともな予算の使い方を身につけさせるべきだ。

(上のつづき。全2回)

トップ写真:菱重工が開発中の水陸両用装甲車 出典:筆者提供




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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