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.政治  投稿日:2024/5/27

新聞各紙 残念な防衛関連の未検証記事


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・新聞の防衛関連記事は関係者の世論操作を目的としたリークをそのまま記事にしているケースが少なくない。

・一部の新聞は、防衛省自衛隊、国内産業など関係者のリークを疑わずして記事にしている。

・記者クラブは国民の知る権利を阻害している。

 

新聞の防衛関連の記事は明らかに関係者の世論操作を目的としたリークをそのまま記事にしているケースが少なくない。それは記者クラブメディアの記者は防衛担当でも軍事の知識が少なく、防衛省、自衛隊、国内産業など関係者に取材してもリークの内容の真偽が判断できずに、彼らの言動を疑わすにそのまま記事にしてしまうからだ。このため意図する、しないは別として単に世論操作に利用されている。これは記者だけではなく、記事を取捨選択するデスクレベルの問題でもある。以下の毎日新聞と日経の記事はその好例だ。

「存続危機なぜ?日本が誇る救難飛行艇 荒波着水の水陸両用US2」https://mainichi.jp/articles/20240503/k00/00m/010/238000c

海上自衛隊が運用している水陸両用の救難飛行艇「USー2」の存続が危ぶまれている。高さ3メートルの荒波でも海面に着水できる世界で唯一の飛行艇。前身となるUSー1が1976年に初出動して以来、前身となるUSー1から数えると1000人以上の人命を救ってきた。しかし、コスト面などの問題に直面している。

ヘリコプターでは飛行距離が足りず、船では時間がかかりすぎる。そんな場所での捜索救助活動に力を発揮してきた。四方を海に囲まれた日本には欠かせない存在だ。

 記者はなぜ「世界唯一」なのかを疑っていない。軍事の知識があれば大型の救難飛行艇が必要不可欠であるという誤った結論ありきで記事は書かない。飛行艇は第二次大戦まで多用されていたが、現代の海軍では殆ど使用されていない。海洋国家は日本だけではない。必要不可欠であるならばアメリカや英国、オーストラリアといった国々でも飛行艇の開発や調達、運用を行っている。しかもアメリカや英国は戦後も多くの実戦を経験し、海上自衛隊よりはるかに隊員の人命救助に力をいれている。その知識があれば「世界唯一」を疑うべきである。

ここまで書いて現実をチラと書いている。

一方で、高額な取得費がUSー2の未来に重くのしかかる。最新のUSー2の1機あたりの取得費は約231億円。海自が唯一のユーザーで、現行の7機態勢での運用を増やすことは難しい。退役するUSー2が出なければ、新たに生産することも、購入することも難しい。

つまり詰んでいる話だ。だがそれがどのような工業的な問題か記者は理解できていない。

そもそも5年に1機しか製造できないならば工業ではないし、事業として成立していない。世界中で飛行艇が必要であれば「技術的に圧倒的に高い」民間型も含めて新明和は開発を行い、世界に輸出してくればよかった。それをしていない。また安倍政権時代、政府はUS-2を世界の軍民市場で売り込みを図ったが、一度も成功していない。つまり市場でいらない、と言われたに等しい。US-2事業が新明和の業績の足を引っ張っているといえよう。

新明和工業といえば飛行艇のイメージが大きいが、その売上は2,570億円の中で航空機部門は319億円に過ぎない。売上で最も大きいのは国内市場でトップシェアの特装車部門だ。これはトラックメーカーが製造した車体に取り付ける機能部位を開発・生産である。町中でよくみかける、トラック後部の荷物の昇降をするテールゲートリフターなどで売上の39パーセント、1,005億円を稼いでいる。ついで17パーセントの産業環境システム、の16パーセントのパーキングシステム、航空機部門は次いで、12パーセントで319億円に過ぎない。

US-2以外にもボーイング777や787など海外民間航空機向けの機体コンポーネントも分担製造しており、US-2の売上は小さい。近年では無人機にも手を出している。飛行艇は同社の看板事業だが将来性はない。これに人員や投資のリソースを割くのはメーカーのわがままであり株主の利益もならないだろう。US-2の事業継続は同社のわがまま、あるいは「お気持ち」でしかない。むしろ航空部門を川崎重工なり、三菱重工にでも売却して「本業」に身を入れるべきだろう。(参考:「新明和の主要事業」https://www.shinmaywa.co.jp/ir/investors/main-business.html

 そしてその「お気持ち」は海上自衛隊のリソースも食いつぶしている。飛行艇は海水に頻繁に浸かるし、着水の衝撃が大きいので期待寿命も短く、維持整備費が極めて高い。そして稼働率も低い。更に事故も多い。費用対効果は極めて悪い。実は海上自衛隊内部でもUS-2部隊廃止を唱える声は小さくない。

防衛省幹部は「US-2は、島国の日本にとって命綱のような存在。生産ラインを民間だけで維持できない場合は、防衛生産基盤強化法に基づいて生産ラインを国有化する選択もあるのではないか」と語る。

ここが記事の肝だろう。ソースは、US-2事業を生かしておきたい内局官僚だろう。その「防衛省幹部」の主張は正しいのか、他の「防衛省幹部」や海幕や財務省はどう考えているか、取材をすれば異論も聞けたはずである。

果たして他国で全く必要としないUS-2生産を国有化してまで継続するメリットはあるのか。電車が全盛でリニア新幹線とつくろうかという現代で、世界に誇るSLです、維持は必要ですと蒸気機関車製造基盤を維持するようなものだ。国有化して更に採算性を悪化させてまでゾンビ化させるのが国益なのか。テクノナショナリズムの維持のため不要な税金を投入すべきか。

現在はかつての約2倍にもなる5年で43兆円の防衛費が確保されているが、それはこういう不要有害なことに浪費していいのか。防衛産業も産業であるという当たり前の事が理解できていない。

もうひとつの問題記事は日経の次期装輪装甲車に選定されたAMV XP(以下AMV)の記事だ。

日本製鋼所、自衛隊の装甲車初受注 国内に防衛品供給網」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2544P0V20C23A7000000/

日本製鋼所は自衛隊向けに装甲車の製造を始める。防衛省から初めて受注した。100億円規模の売り上げとなる見通しだ。

防衛装備の供給網がないと有事に必要量を確保できず、継戦能力にも不安が生じかねない。国内の防衛産業の利益率は低く、これまでは撤退する企業も相次いでいた。日本企業の新たな装備への参入は防衛力の向上につながる。

▲写真 次期装輪装甲車(AMV)提供:防衛省陸上自衛隊陸上幕僚監部広報室

この記事を読むとあたかも今年日本製鋼所がライセンス生産行うかのように読者は理解するだろう。事実筆者のところには三菱重工関係から問い合わせがきた。だが「生産」がライセンス生産を意味するならばそれは誤報である。

そもそも防衛省がAMVを採用したことは2023年度予算発表時に公表されている。日本製鋼所が国内生産の契約を締結したことは、昨年8月にパトリア社が発表している。更に3月に成立した2024年度予算ではライセンス生産のための初度費が計上されている。

つまりこの記事は、既出の情報に基づき書かれている。日経は知らなかったのだろうか?実際に筆者は関連記事を何度も書いているし、他の記事も多くでている。ネットで次期装輪装甲車、AMV で検索すればそのような記事が多くでてくる。

この記事は「会員限定」のバリューある記事で、【イブニングスクープ】、つまりスクープだと謳っている。しかも記者の署名記事ですらない。

 財務省は本年度予算で初度費は認めたものの、日本製鋼所によるライセンス生産に難色を示している。このため日本製鋼所が「ライセンス生産」を行う可能性は現時点ではありえない。

以下は私が今年4月に書いた記事だ。

(2024年度予算)今回、国産化のため初度費158億円が上記とは別に計上されているが、今年度は国産化は見送られる可能性が大きい。これは財務省が難色を示しているからだ。それは生産を担当する日本製鋼所がコマツの社員やベンダーを利用するつもりだが、装甲車両の製造経験がなく、三菱重工などの既存の装甲車メーカーに比べて初期費用が莫大になる可能性があることや、コマツが撤退して三菱重工、日立の2社体制の装甲車メーカーが再び3社になって調達性が低下し、高コスト化することを心配しているからだ。

財務省は日本製鋼所以外の装甲車メーカーによる国内生産、あるいは輸入を求めており、それが決まらない場合、本年度の初度費は輸入調達に振り向けていいとしている。現段階では結論が出ておらず、財務省、防衛省のより高いレベルでの調整が行われている。

(参考:「陸自装甲車両調達の最新情報 24年度防衛予算」

手前味噌ながら、こういう記事こそスクープという。日本製鋼所が行うのは昨年度同様に輸入された装甲車AMV XPに自衛隊仕様の無線機やウィンカーを取り付ける程度の話だ。

再び、日経の記事に戻る。

今後10年ほどは毎年度、同程度の規模の受注が見込めるとみている。開発元のフィンランド企業の協力を得て室蘭製作所(北海道室蘭市)で生産する。

無線機取り付け程度を「生産」というのであれば、今後10年は輸入品が調達され、ライセンス生産は行われないことになる。またこの記事では「開発元のフィンランド企業」と述べてパトリアという社名すら述べていない。この点で既に経済紙以前に新聞記事としては失格レベルだ。

上記のことは防衛装備庁、陸幕、日本製鋼所、パトリア及びその代理店に取材すれば教えてくれるはずだ。記者は一体誰に何を取材して記事を書いたのか。

仮に取材先に特定の思惑があり意図的な世論誘導を目指して記事を書かせようとしても、基礎知識があり、複数のソースから裏とりすればこういう記事にはならない。

いずれしても既出の内容をスクープと称し、匿名で書くというのは、日本を代表する経済紙のやることではないだろう。記者の基本はまず信じることではなく、疑うことである。

このような取材元の主張の真偽を確かめることもしない、あるいはできない、専門知識もない記者クラブメディアが取材先の思惑に乗って世論誘導の記事を書くのは害悪でしかなかない。

しかも防衛省の取材機会は防衛記者クラブ会員である新聞、テレビ、通信者が囲い込んでおり、その他の媒体やフリーランスはアクセスを大きく制限されている。これは国民の知る権利を阻害している。先日も我が国の報道の自由ランキングで、G7最下位、70位との報道があったがその原因の一つは記者クラブ制度にある。(参考:「日本の報道の自由度が低いのは記者クラブのせい」

トップ写真:救難機「US-2」出典:海上自衛隊ホームページ




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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清谷信一

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