チェイニー大敗が米政治に与える影響
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#33」
2022年8月22-28日
【まとめ】
・チェイニー敗北は、短期的には、「アメリカ第一主義」の優勢と「ネオコン」の衰退を象徴。
・中長期的には、トランプ氏の政治的影響力の陰りを暗示、チェイニー氏の出馬の目的は「トランプ氏との差し違え」だが、その前にトランプ氏失脚の可能性も。
・チェイニー氏が大統領選に出馬できれば、民主党若手議員当選の可能性も。
今週は先週書けなかった米国内政の話を書こう。8月16日、ワイオミング州で中間選挙に向けた共和党予備選挙が行われ、現職のリズ・チェイニー下院議員が、大方の予想通り、対立候補に大差で敗れた。今週はトランプ前大統領批判の急先鋒であるリズ・チェイニー議員の大敗が米国政治に及ぼし得る影響について考えたい。
日本メディアの扱いは必ずしも大きくなかった。8月19日付日経は「米中間選挙に向けた共和党の西部ワイオミング州予備選でトランプ前大統領の支援する候補に敗れたリズ・チェイニー下院議員は、2024年の大統領選出馬を検討する意向を表明した」とする、実に簡にして要を得た記事を掲載している。これはこれで正しいが・・。
彼女の敗北の政治的意味を深く考えると、一冊の本が書けそうなほど様々な論点が浮かび上がってくる。その議論を始めるにあたり、まずは事実関係のおさらいから始めよう。これらは結構細かいことばかりだが、それぞれが無視することのできない重要な論点を暗示していると思うからだ。
●リズ・チェイニー下院議員は1966年生まれ、ブッシュ(第43代)政権で副大統領を務めたディック・チェイニーの長女
●弁護士から国務省勤務を経て、2016年ワイオミング州選出の連邦下院議員となり、2019年に下院共和党会議議長Republican Conference Chairman of the United States House of Representativesに就任
●「ネオコン(新保守主義)」の主導的政治家の一人であり、他国への介入を避けるトランプ政権のモンロー主義的外交政策には批判的
●トランプ前大統領弾劾裁判で弾劾を支持する一票を投じた数少ない共和党議員であり、暴徒による議会襲撃事件を調査する米下院の「1月6日委員会」に参加した共和党議員の一人
●予備選敗北後、「予備選は終わったが、本当の仕事はこれからだ」「私の政治家としての仕事は、ドナルド・トランプが二度と大統領執務室に近寄れないようにすること」 などの発言を繰り返す
●予備選の翌日には新たに資金集めのため自身の政治行動委員会(Political Action Committee)の設立を届け出るなど、全米規模の政治活動を展開する準備を始めている
スペースの関係もあるので結論を急ごう。以上から導き出される筆者の独断と偏見に基づく「仮説」は:
●短期的にはトランプの勝利、チェイニーの敗北を意味する
●同時に、現在の「アメリカ第一主義」の優勢と「ネオコン」の衰退をも象徴する
●一方、中長期的にはトランプ前大統領の政治的影響力の翳りを暗示する
●チェイニーの大統領選出馬は彼女が大統領になりたいからではない
●彼女の目的はトランプとの「差し違え」だが、その前にトランプ失脚の可能性もある
●彼女が出馬できれば、民主党の若手新人に当選の可能性が出てくる
というものだ。さて如何だろうか?
今週は夏バテ気味なので、このくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ワイオミング州ジャクソンで開催されたイベントで演説するリズ・チェイニー氏(2022年8月16日、アメリカ・ワイオミング州)
出典:Photo by Alex Wong/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。