ねじれた米国「トランプ劇場」続く
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2018 #46」
2018年11月12-18日
【まとめ】
・米中間選挙、トランプの突飛な言動・共和党の右傾化で世論のバランス感覚働く。
・国内はロシアゲートをめぐり混乱深刻化、外交では強硬な姿勢続く。
・ロシアゲートから注意そらすため、非常識な外交政策行う可能性。
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先週の米中間選挙、あまりサプライズがなかったことがサプライズだった。米国民主主義の健全なバランス感覚が働いたのか、勝敗は痛み分けだった。こうこなければ困る。別に予想屋になった訳ではないが、2年前はトランプ氏の当選を断言できなかった。その時のショックに比べれば、今回の結果はほぼ想定内で一安心だ。
想定内の結果に終わった理由を幾つか考えてみた。第一は、いわゆる「隠れトランプ」票が今回あまりなかったらしいことだ。勿論、「隠れ」だから、統計などある筈はない。だが、2年前に比べれば、米国の政治産業もトランプ現象に慣れてきたのだろう。より正確な予測が可能になったらしいことは一歩前進である。
第二の理由は、トランプ氏の言動があまりに突飛であり、さすがの米国白人中間層のトランプ支持に陰りが見えてくるだろうことが十分予測できたからだ。実際に、出口調査を見ていると、郊外に住む中間層、中でも女性票の伸びが大きかったらしい。今回女性議員が多数当選したのも、「逆トランプ」効果だったのだろう。
▲写真 今年1月20日に行われたウィメンズ・マーチでトランプ大統領を批判する女性 出典:flickr Marc Nozell
第三に指摘できるのは、共和党の「トランプ党」化現象である。これまで米共和党は、ティーパーティ運動など様々な保守的動きはあったものの、基本的には多くの「中道保守」「センターライト」系の分別と良識のある議員が主導してきた。だが今回は、「センターライト」はほぼ消滅してしまった。その象徴がマケイン上院議員の死である。
トランプ氏は共和党内で圧倒的な影響力を持つに至ったが、その分、党全体は右傾化し、結果的に上下両院では議席を大幅に減らしている。上院では過半数を維持したというが、合衆国憲法で各州の上院議員数が2人とされている以上、現時点での上院での共和党の優位は変わらない。されば、共和党にとって今回は大勝利ではない。
Those that worked with me in this incredible Midterm Election, embracing certain policies and principles, did very well. Those that did not, say goodbye! Yesterday was such a very Big Win, and all under the pressure of a Nasty and Hostile Media!
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 2018年11月7日
訳:確固たる政策や理念を掲げて、私とともに素晴らしい中間選挙を戦ってくれた人々、よくやってくれた!そうでない人々よ、グッバイ!昨日は大勝利だった!卑劣で敵対的なメディアにも負けず!
今回最も驚いたのは、50%近い投票率の高さだ。普通日本のマスコミは中間選挙などに関心を示さないが、今回は関心の度合いが違った。先週は金曜日朝からラジオが一本、午後は大阪で録画が二本、東京に戻って深夜に「朝まで生テレビ」、更に土曜日は朝のニュース番組と生出演が続いた。中間選挙でこれほど忙しくなるとは。
最後に、これから米国の内政外交で何が起きるかにつき筆者の見立てを書く。
内政的には混乱が一層深まるだろう。中間選挙後にはロシアゲート特別検察官による容疑者の立件と起訴、年内の最終報告書作成などが予想されていた。トランプ氏から見れば、ここでモラー特別検察官を解任したいのだろうが、そのために司法長官を解任したのであれば、共和党内の数少ない良識派をも敵に回すことになるだろう。
司法省内で捜査活動を制止できても、民主党が多数派となった下院での動きは止められない。これからは下院のあらゆる委員会で、公聴会、召喚状、宣誓証言といった言葉が乱れ飛び、トランプ氏の身内や側近が多数、公開火炙りの刑に服するだろう。当然法律は成立しなくなり、議会は普通のねじれ以上にねじれるはずだ。
▲写真 7日、司法長官に任命されたマシュー・ウィテカー氏 出典:アメリカ司法省ウェブサイト
問題は外交だが、トランプ氏にこれまでの強硬姿勢を変える理由はない。というか、彼はこれしかできないのだから。当然、貿易では日欧に対し引き続き大幅譲歩を迫るだろう。しかし、トランプ外交の優先順位はイランと中国だ。中国とは仮に手打ちがあっても、直ちにその次のラウンドが始まる。米中の死闘はまだ始まったばかりだ。
筆者が最も懸念するのは混乱した内政が突拍子もない外交政策を生む恐れだ。このままではロシアゲートでワシントンは大混乱となりかねない。追い詰められたトランプ氏が、これまであまり真面目に取り組んでこなかった分野で、お得意の「目くらまし」戦術を繰り返す可能性は否定できない。
その典型例が、第二回米朝首脳会談開催と朝鮮戦争「終結宣言」という誘惑である。トランプ氏にはその誤りの大きさが理解できないかもしれない。今のところ、トランプ氏以外の閣僚・補佐官は常識的な動きを示しているが、大統領が決断すればすべては一瞬にして変わるだろう。その時が来ないことを神に祈るしかないかもしれない。
申し訳ないが、現在名古屋に出張中で、原稿執筆時間が足りなくなった。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ画像:中間選挙についての記者会見(11月7日、ホワイトハウス)出典:Flickr Photo by The White House
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。