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.国際  投稿日:2022/11/8

読めない米大統領中間選挙


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#44」

2022年11月7-13日

【まとめ】

・米大統領中間選挙に関する情報が無数に流れている。

・2016年以降、従来の「予測の手法」に、「世論調査は間違える」との経験則が追加された。

・アメリカに「定評のある世論調査機関」などある筈がなく、2024年大統領選は「誰もよくわからない」状態。

 

今週は悩んだ末、予定通り火曜日に掲載することにした。火曜日といえばアメリカでは中間選挙の日だが、向こうは日本から半日遅れなので、結果が分かるのは早くても日本時間で水曜日の朝となる。しかも、激戦区が多いので、最終結果は当分出ないのではないか。下手をしたら、結果で揉めて、数週間かかるかもしれない。

それだったら、今書いてしまおうか。という訳で、今回は昨日からつけっぱなしにしているCNN.USを聞きながら書いている。今はペローシ下院議長のインタビューだ。それにしても、このCNNの騒ぎようは一体何だろう。政治がスポーツ・ショーになり、報道番組がShowbizに成り下がって、これでもか、これでもか、と情報を垂れ流す。

困ったことに情報技術の進歩で、確度の高い情報からガセネタまで、なんでも流れてくる。これを咀嚼するだけでも大変な作業だろう。という訳で、選挙結果の予測は、米国の選挙の専門家(ちなみに、なぜか日本にも存在する)にお任せしたい。今回筆者は、米中間選挙の「予測」ではなく、その「予測の手法」について書くことにした。

筆者のアメリカ選挙初体験は今から46年前の1976年、米国留学中だ。授業の課題が選挙ボランティアだったので、地元下院議員候補の選挙キャンペーンを手伝ったのが始まりだ。当時は見も知らぬ外国人でもスタッフが結構色々なことを教えてくれたし、最後は候補者自身にインタビューもさせてもらった。実に大らかな時代である。

もう一つ、日米が異なるのは内政情報の質と量だ。米国には「政治で食べている人々」が無数におり、それぞれ違う視点と信条を持っている。彼らの分析レベルは高いが、当然、その全てが公表されている訳ではない。米国では2年ごとに「選挙予測の神様」が変わるが、だからといって彼らが2年後に生き残っている保証などない。

それに比べると、日本での中間選挙解説には噴飯物が少なくない。アメリカ内政が専門の現場経験豊かな学者ならともかく、タレントが片手間でアメリカの選挙にコメントするのは止めた方が良い。英語ができるだけの素人日本人が、アメリカのTVで、日本の新聞記事を頼りに、日本の総選挙の「珍」解説をしている姿を想像してほしい。

おっと、それではお前はどうなのか、と問われそうだ。ここからは中間選挙直前の筆者の「予測」ではなく、筆者の「予測の手法」について書くのだが、その前にまずは1976年以来筆者が独断と偏見と経験則に基づいて考えてきた「予測の手法」をご披露しよう。但し、これは2016年までの経験則で、今はかなり修正が必要である。

経験則① 原理主義者は勝てない

 2016年まではトランプやサンダースのような妥協を排す純粋主義puristは選挙に勝てなかった。平均的有権者は付いて来ないので、出馬を検討した多くの原理主義者は途中で挫折してきた。ところが、2016年トランプの勝利はこれがもはや妥当しないことを示した。アメリカ社会が大きく変化していることを暗示しているのだろう。

経験則② 割れた政党は負ける

 原理主義者が一定の支持を得続ければ第三党を作って出馬する。そうなれば、政党は内部分裂し、本選挙では敗北する。典型例は筆者が経験した1992年のロス・ペロー候補の出馬とビル・クリントン候補の当選だった。2016年は民主共和両党とも「割れた」が、トランプは共和党を乗っ取る形で、党の分裂を強引に回避したのだろう。

経験則③ 正副大統領候補のバランス

 米国は広い。一部で人気のある大統領候補だけで選挙は勝てない。全国的支持を獲得するには正副大統領候補の出身地や支持母体などの均衡を図ることが重要である。その点では2016年にトランプがペンス副大統領候補を選んだのは正しかったと思う。この経験則は今後も妥当し続けるだろう。

経験則④ 米国民の平衡感覚

 「最後にモノを言うのは米国民の健全なバランス感覚だ。ウォーターゲート事件後のカーター候補、イラン革命後のレーガン候補、冷戦終了後のクリントン候補、アフガン・イラク戦争後のオバマ候補の当選はそれぞれ大統領選挙の中で政治を変えようとする米国民主主義の真骨頂だ・・・・。」

 恥ずかしながら、2016年の大統領選挙前、筆者はこう書いていた。2016年のトランプ勝利でこの経験則は揺らいでしまった。2020年のバイデン勝利でかろうじて復活はしたが、この経験則が今後も妥当し続けるとは思えなくなった。それでは最後に、2016年以降、筆者が学びつつある経験則⑤をご披露しよう。

経験則⑤ 世論調査は間違える

 最も重要なことは、世論調査会社も人の子で、結構予測を間違える、ということだ。日本ではあまり起きないが、アメリカでは選挙予測の外れた会社は「退場」するか「調査手法変更」を強いられるし、予測が当たった会社は「大胆」になるか、「傲慢」になり、次回は予測が外れる可能性が高まる、のである。これを言っちゃあ終わりだが・・・。

 筆者はアメリカに「定評のある世論調査機関」などある筈がないと思っている。予測が「当たる」世論調査会社は毎回変わるし、調査を主導した専門家も2年ごとに変わる。当然だろう、そもそも、アメリカの政治状況が刻一刻と変わっているのだから・・・。最後に現時点で筆者が漠然と考えていることを書こう。

中間選挙の結果は、①共和党の地滑り的大勝利、②共和党両院優勢の勝利、③五分五分、すなわち共和党が下院で勝ち、上院で負けるシナリオ、④民主党の生き残り、すなわち、上院は勿論、下院でも予想以上に善戦するシナリオ、⑤民主党の地滑り的勝利、の5つが考えらえるが、まず⑤の可能性は比較的低いだろう。

①、②の場合でも、トランプ・ファクターがどの程度功を奏したかを各選挙区で吟味する必要がある。トランプの貢献が小さければ、共和党の2024年大統領選立候補希望者たちは「トランプ外し」に動く可能性がある。逆に、トランプの貢献が大きければ、トランプの政治生命は再活性化され、2024年再出馬・当選の可能性が高まるだろう。それがアメリカ全体にとって良いかどうかは別であるが・・・。

③、④の場合、民主党は「一息つける」状態となり、特に、④の場合はバイデン再出馬も視野に入るかもしれないが、いずれにせよ、クリントンやオバマのように、中間選挙で大敗北した民主党現職候補が再選された例はあるので、現時点でも2024年大統領選は星雲状態、要するに「誰も良くは分からない」のである。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:民主党のメリーランド州知事候補の応援演説を行うバイデン米国大統領(2022年11月7日 アメリカ・メリーランド州) 出典:Photo by Nathan Howard/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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