沖縄知事選結果分析①「下地の乱」と自民党県連の混迷
目黒博(ジャーナリスト)
「目黒博のいちゃり場」
【まとめ】
・保守を分裂させた下地氏出馬は「自民党への自爆テロ」か。自民県連はパワー不足。
・10月23日投票の那覇市長選に向け、保守系の混乱は続く。
・自民県連の迷走と、政治と行政の「空洞化」に懸念の声。人材難と保守陣営の司令塔不在という構造問題の克服は容易でない。
9月11日(日)投開票の沖縄県知事選で、現職の玉城デニー氏が、自公推薦の佐喜真淳氏に6万5千票の大差をつけて再選された。ただし、玉城知事の信任投票と位置付けられた今回の選挙で、得票率は51%に過ぎず、「すれすれの信任」とも言える。実情は、保守分裂に助けられた「圧勝」だった。
無所属の下地幹郎氏出馬で、玉城氏が一気に優勢になり、知事選への有権者の興味は薄れた。統一地方選挙も重なったため、有権者の関心が地元の選挙に向かって、知事選は盛り上がらず、投票率は過去2番目の低さだった。
<なぜ下地幹郎氏は出馬したのか>
今回の知事選の最大の話題は、下地氏の出馬だった。当選の見込みがないにもかかわらず、保守を分裂させた彼の行動を奇異に感じた人は多い。
筆者自身は、「自民党への自爆テロ」だったと考える。
拙稿「争点なき沖縄県知事選の“怪”」(9月6日Japan In-depth掲載)で述べたように、この政治家は、カジノ・スキャンダルに関わり、維新の会を除名された。政党を渡り歩き、落選しては復活してきた、自称「ゾンビ政治家」下地氏も追い詰められる。
そこで、彼は自民党復党を目ざした。ところが、下地氏は、自民党と激しく対立してきたうえに、公明党とは犬猿の仲だ。自公体制を前提とする自民党にとって、彼の復党のハードルは高い。
それでも、経済界の重鎮、國場組会長の国場幸一氏らが下地氏を積極的に支援し、自民党に復党を働きかけた時期もあった。彼らが下地氏の行動力を評価しただけでなく、保守一本化を強く望む声があったからだ。
しかし、國場氏らも公明党の意向などを無視できず、次第に下地氏と距離を取り始める。
維新から追放された保守系の下地幹郎氏にとって、自民復党以外に政界で生き残る道はない。そこで、大博打を打ったのだろう。
知事選出馬を表明した際には、自民党への「脅し」と見る向きが多かった。彼自身も、仲介者が現れて同党と和解し、立候補を取り下げるシナリオを描いたのかもしれない。しかし、仲介者は現れなかった。
下地氏の支持者には、保守派主流から冷遇され、憤懣を抱える人が多い。彼らは少数だが、熱狂的だ。出馬表明で、そんな彼らを煽ってしまった下地氏は、引っ込みがつかなくなったのだろう。彼を受け入れない自民党への恨みもあった。自らの出馬によって佐喜真氏を惨敗させ、鬱憤を晴らしたかったのではないか。
ただ、辺野古反対、普天間の軍民共用化など、大風呂敷の公約を自画自賛するパフォーマンスに、眉をひそめる保守系市民が多かった。選挙後、本人は「マングースになる」と気炎をあげるが、今や彼の立場は弱い。
<自民党県連の迷走>
7月22日の拙稿「参院選から見えた沖縄政治の迷走」(Japan In-depthに掲載)で既に述べたことだが、自民党県連による重要選挙の候補者選考は迷走し続けた。
まず、知事選にこだわった佐喜真氏が、7月の参議院議員選への出馬を固辞し、参院選と知事選の候補者決定が大幅に遅れた。問題は、同氏の「決断」に押し切られただけでなく、下地氏も抑え込めなかった、自民県連のパワー不足にある。
さらに、知事選と同日選の県議会議員補選でも、2人が立候補を目ざして調整が難航し、決着は告示日(9月2日)の4日前にずれ込む。しかも、擁立したのは2人とは別人の下地ななえ氏だった。
同氏は、エステサロンの経営者で、テレビでの露出が多いタレントだ。自民県連の中心メンバー國場幸之助衆議院議員が強く推したという。だが、土壇場での派手な女性の登場に、唖然とした陣営関係者は多い。果たして、「オール沖縄」が分裂したにもかかわらず、下地ななえ候補は3位に沈んだ。國場氏の責任を追及する声が出ている。
<佐喜真氏の限界>
自民党県連に問題があったとは言え、玉城知事に負けたのは佐喜真氏だ。彼の政治家としての実力の乏しさこそ、最大の敗因だ。
演説に精彩がなく、政策立案能力にも疑問符がつく。政府が最短でも12年後とする普天間の返還を、2030年までに実施すると突如言明したのは、安易すぎた。
▲写真 投票日前日の打ち上げ式(那覇市)での佐喜眞淳候補。2022年9月10日。著者撮影。
佐喜真候補は、前回知事選に落選後の3年間、政治活動をほとんどしていない。知事職を志すなら、毎日県内を視察し、政策を練り上げるべきだったろう。
旧統一教会関連のイベント参加も発覚し、「先輩議員に誘われた」と釈明したが、先輩に追随する姿勢も問題だ。琉球新報などの出口調査によれば、公明党支持層の30%余りが玉城氏に流れたという。創価学会会員は旧統一教会を嫌悪するので当然だろう。
それだけではない。同じ出口調査で、自民党支持層の20%以上が玉城氏に票を投じたことが分かる。佐喜真候補の失速は誰の目にも明らかで、陣営には沈滞ムードが漂っていた。
<自民党・保守系の見えない展望>
保守系の混迷はまだまだ続く。10月23日投票の那覇市長選に向けて、県連は前副市長の推薦を決定した。だが、陣営内には、故翁長前知事の側近だった同氏に不信を抱く人もいる。
そして、混乱する保守系の隙を突くように、ボクシング元世界王者の平仲明信氏が出馬を表明した。玉城デニー氏のようなタレント型政治家が当選を重ねることで、下地ななえ氏や平仲氏のようなタレントたちが、続々と政治家をめざす時代になったのだろうか。
行政経験者や有識者などから、自民党県連の迷走と、政治と行政の「空洞化」を懸念する声がある。しかし、人材難と保守陣営の司令塔不在という、構造的な問題を克服するのは容易ではない。
(続く)
トップ写真:選挙前日の打ち上げ式(那覇市)に駆け付ける下地幹郎候補。2022年9月10日。著者撮影。
あわせて読みたい
この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト
1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。