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.政治  投稿日:2022/9/6

争点なき沖縄県知事選の“怪”


目黒博(ジャーナリスト)

「目黒博のいちゃり場」

【まとめ】

・争点なく、当落への関心も薄れる沖縄知事選。報道は、違いが目立つ基地問題をクローズアップするしかない。

・3候補のバラマキ型公約が並ぶが誰も財源を明示せず、実現を危ぶむ声。

・下地氏の出馬は、保守系の結束を生むという意外な効果があったものの、玉城候補が左団扇になっただけと、もっぱらの評判。

 

9月11日投票の沖縄県知事選では、争点らしい争点がない。有力候補の公約が陳腐であるためだ。しかも、劣勢とされた保守系の分裂によって、オール沖縄」系がますます優勢になり、当落への関心も薄れている。

それでも、知事選が沖縄政治の天王山であることに変わりはない。

まず、候補者の顔ぶれを見よう。玉城デニー現職知事(「オール沖縄」)、前回の知事選で玉城氏に敗れた佐喜真淳前宜野湾市長(自公推薦)、自民党や国民新党、維新などを渡り歩いた下地幹郎前衆議院議員(無所属)の3人だ。

▲写真 左から下地幹郎氏、佐喜真淳氏、玉城デニー氏(届け出順)。各候補選対の許可を得て掲載。

<非現実的な3候補の普天間・辺野古公約>

報道の多くは、「普天間・辺野古問題」こそ「最大の争点」とする。他の政策分野では大きな差がないので、違いが目立つ基地問題をクローズアップするしかない。

問題は、3候補の主張がそろって現実的でないことだ。

例えば、玉城知事は普天間の辺野古移設阻止をうたう。工事予定海域に深さ約90mに達する軟弱地盤が見つかり、計画を進めるには設計変更が必要になった。知事は、この変更申請を承認せず、辺野古移設の頓挫を狙う。だが、裁判などを経て、設計変更が認められ、県の抵抗は単に移設を遅らせるだけ、と見る人が多い。

辺野古反対一本槍では、「辺野古移設が遅れれば、普天間返還も遅れる」という政府の論理を崩せない。だが、支持基盤である「オール沖縄」がその方針を堅持する以上、変えようがない。

▲画像 辺野古地盤改良実施予定区域 出典:防衛省・自衛隊ホームページ

佐喜真氏は、地元の普天間飛行場の早期返還にこだわる。同飛行場の辺野古移設を容認し、同時に、2030年までの普天間返還を主張する。最低12年とされる辺野古工事期間を大幅に短縮できるとするが、その根拠は示さない。

全く違った主張を展開するのが下地氏だ。埋め立てが進んだ辺野古崎の南岸沿いにオスプレイ24機の格納庫を建設し、軟弱地盤のある北東側は埋め立てを中止すれば、辺野古問題は解決できると強調する。だが、オスプレイ以外のヘリ30機の移駐先があいまいだし、何より政府は名うての裏ワザ師を信頼しない。

下地氏は、さらに普天間の国際空港化と軍民共用を提案する。経済成長第一主義の彼らしいアイディアだが、返還を夢見る宜野湾市民は、受け入れまい。

<バラマキ政策の羅列と長期ビジョンの欠落>

その他、3候補のバラマキ型公約が並ぶ。しかし、誰も財源を明示しないので、実現を危ぶむ声がある。

深刻なのは、沖縄の長期ビジョンをめぐる議論が乏しいことだ。コロナ禍で露わになった「観光立県」のもろさや、非正規雇用を大量に生み出す土建・観光中心の産業構造をどう変革するのか。その道筋を提示する候補者はいない。

コロナ対応の不手際や観光業への支援不足など、玉城県政への不満がくすぶる。しかし、誰が知事になっても同じだ、と考える有権者も多い。

<玉城氏と佐喜真氏、両陣営の内部事情>

各候補の公約に潜む各陣営の事情は興味深い。

2018年、翁長前知事の急逝以降、「オール沖縄」から経済人、保守派が多数脱落して、陣営内で共産党など革新系の比重が増した。

この勢力をバックに再出馬した玉城氏は、第一声で、「基地のない島」を目ざすと語った。中国の強硬な外交姿勢を考えると、「現実離れ」の感覚に驚かされる。同時に、保守中道を自認してきた同氏が、今では革新勢力に依存する構図も透けて見えた。

玉城氏は、前回の選挙で翁長氏急逝への同情票を集めた。今回は、同情票はない。個人的人気の高さで、佐喜真氏と下地氏の合計票に大差をつけて勝利するかどうか。

一方、自民党本部や沖縄県連は、当初、佐喜真氏の参議院選出馬を想定していた。同氏は玉城氏には勝てないが、参議院選では当選できる、との見立てがあったからだ。ところが、佐喜真氏は知事選に固執し、陣営の目算が狂う。

保守県政奪還への熱気が冷めたところに、下地氏出馬の追い討ちがあり、佐喜真候補の当選は一層難しくなった。焦った同候補は、「普天間返還の前倒し」を懸命に訴えるが、いかんせん、無理筋の公約だ。

<下地氏出馬の背景とインパクト>

下地幹郎氏は、カジノ利権がらみのスキャンダルで、維新の会を除籍され、政治生命の危機に瀕した。そこで、その剛腕に期待する一部経済界の支持を得て、自民党への復党を目ざす。しかし、同党と長らく対立してきたうえ、公明党との関係が悪く、自公連携を重視する自民党県連は復党を拒否する。

下地氏の知事選出馬表明は、当初、自民党復党をもくろむ条件闘争にすぎず、土壇場で選挙から降りるとの推測もあった。だが、頼りの国場組の国場幸一会長や、大米建設会長の実兄下地米蔵氏まで、佐喜真氏支援の方針を打ち出し、同氏は孤立する。条件闘争の思惑は空振りとなり、引っ込みがつかなくなったとの見方がある。

保守系の同氏が、第一声を上げたのは、何と、基地反対派が集まる辺野古ゲート前だった。普天間の軍民共用も含めて、起死回生の花火を連発するが、反応は鈍い。

皮肉なことに、下地氏の賭けは、保守系の結束を生むという意外な効果をもたらしたようだ。これまでまとまりを欠いた保守陣営だが、今は、自公体制を維持する方向に向かう。

ただし、保守系の求心力を持続させるには、佐喜真氏が前回の8万票差を縮めることが条件だろう。しかし、状況は厳しい。公約の平凡さに、「下地の乱」と旧統一教会の問題も重なり、票を減らす可能性がある。陣営内にため息が漏れる。

下地氏の出馬は、今回の知事選の波乱要因ではあったが、結局、玉城候補が左団扇になっただけと、もっぱらの評判だ。さて、各候補の得票数はどうであろうか。

トップ写真:沖縄の魔除け「シーサー」(イメージ) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト

1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。

目黒博

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