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.政治  投稿日:2022/10/1

安倍国葬、菅氏弔辞が首相の救世主に


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・賛否渦巻く安倍元首相の国葬、つつがなく終了し、岸田首相は安堵しているだろう。

・友情に満ちた菅前首相の弔辞が聞く者の心をとらえ、国葬評価に好影響も。

・内閣支持率が上向かなければ、今後、好材料が期待できないだけに、岸田政権はいよいよ窮地に立つかもしれない。

 

■炎天下3時間待ちも、整然と

 9月27日、国葬当日、一般献花最寄りの地下鉄半蔵門線駅付近は手に花をもった人たちで、文字通り長蛇の列だった。受付が終わる午後4時ごろでさえ、3時間待ち、3キロ近く離れていると思われる四谷駅付近まで人垣は続いていた。最高気温29度の暑さもいとわず、だれもが辛抱強く、静かに自分の順番を待ち続けていた。

 

 献花台をはさんだ反対側、会場の日本武道館に近い地下鉄九段下駅付近では「国葬反対」のデモがあったが、半蔵門付近は厳粛な雰囲気。「国葬反対」を叫ぶ人たちも、慎ましやかな人の列をみれば、「反対」を騒々しく叫ぶことははばかられるだろう。 今回の国葬をめぐる一連の動きでみえてきたことを、筆者の「独断と偏見」の総括、記してみる。

 

 まず、国論は二分ーといわれ、世界も注目するほど賛否両論が強かったにもかかわらず、デモによるけが人、逮捕者がほとんどなく、あっけないほどスムーズに終了したことはあげるべきだろう。もちろん警備当局の周到な準備、警戒に負うところが大きいが、強い原動力となったのは、 粛々として献花を待つ市民に象徴されるように、賛否は措いても、 静かに弔意を表したいという国民の願望が混乱を許さなかったということだろう。反対のデモは、都内はじめ全国でみられたが、黙とうの時間に合わせて、鳴り物を打ち鳴らすような行動には、反対、賛成をとわず眉をひそめた人が少なくなかったろう。

 

■常軌逸していた一部メディアの反対論陣

 国葬に反対の論陣を張るするメディアの論調は尋常ではなかった。 朝日新聞は、国葬決定以来、社説で数回にわたって反対論を展開、解説記事その他でも岸田首相の判断を批判し続けた。国葬翌日、9月28日の紙面。一面主見出しは「賛否の中安倍氏国 葬」、さすが2面では「安倍氏への弔意粛々と」との記事をトップに 据えたが、同じ面では「もくろみはずれ政権痛手」という首相批判の記事を大々的に掲載した。極めつきは翌々日29日付の紙面だろう。「『弔問外交』みえぬ成果」という見出しで、首相と国葬出席の各国首脳らの会談がいずれも短時間に終わったことを指摘、 外交的な得点を挙げるのは至らなかったと論難した。

 しかし、考えるまでもなく、何十カ国の首脳と会談するのだから時間が限られるのは当然だろう。 過去日本で行われた国際会議、たとえば2008年5月、横浜で開かれたアフリカ開発会議をとってみると、福田康夫首相(当時)は、原則15分間で40カ国の首脳との会談をこなした。

 朝日は生前から安倍氏への批判を繰り返していたが、こうなれば、ためにする記事というほかはない。国葬への執拗な批判記事に辟易させられた読者も少なくなかったろう。

 

■政治的な賛否では割り切れず

 第2は、各党間で激しい論戦が交わされる中で、賛成の自民党から欠席者、反対する野党から出席者がでたこと。

 このことはいみじくも、弔意を表すという内心の問題が、政治的な立場に立脚した賛否論で割り切ることなど到底できないことを明確に示したというべきだろう。

 

 野党第一党の立憲民主党が強く反対する理由が、国葬決定の過程での国会軽視など手続きに瑕疵があるということなのか、旧統一教会と関わりのあった故元首相が国 葬にふさわしくないということなのか、いまひとつ判然としなかった。

 衆議院議院運営委員会などでの泉健太代表らの発言を聞くと、両方が理由らしいが、それなら、国会議員の出席を個々の自由意思に委ねるというのは、スジが通らない。「人の死を政治的に利用すべきではない」(日本維新の会、馬場伸幸代表)という批判を甘んじて受けるべきだろう。

 

■日本では無名に近い中国代表

 「弔問外交に成果なし」という 朝日新聞の記事に与する意図は毛頭ないが、海外から参列した出席者が期待に反して〝小規模"だったことにも触れておかねばなるまい。

 アメリカからは当初、バイデン大統領、フランスからはマクロン大統領の出席がそれぞれ予想されたが結局見送られた。G7(主要7カ国)の首脳のなかで唯一参列を表明していたカナダトルドー首相も、直前になってハリケーンの被害対策を理由に取りやめた。安倍氏の〝親友"ともいわれたトランプ米前大統領も姿を見せなかった。

 主だった参列者は、ハリス米副大統領、インドのモディ首相、豪州のアルバニージー首相メイ英国元首相らにとどまった。

 

 中国が派遣した万鋼・政治協商会議副主席について、日本のメディアはさまざまな解説を加えていたが、日本では、中国専門家をのぞいては無名に近い人物。英国のエリザベス女王の国葬に王岐山国家副主席が参列したことに比べると、格下は否定できない。

 

■反響大きかった菅前首相の弔辞

  今回の国葬そのものは厳粛に行われたが、観る人を感激させる見せ場は少なかった。

 そんななかで、友情のこもった菅前首相の弔辞が話題を呼び、岸田首相の追悼の辞が、ありきたりだと失望を買っているようだ。

 コミュニケ―ション戦略研究家が「残酷すぎる弔辞格差」という見出しで岸田首相の追悼の辞をこき下ろしていた(プレジデントオンライン)。しかし、首相の追悼の辞は葬儀委員長としてであって、菅氏のそれは友人代表としてだ。一般人の葬儀でも葬儀委員長のあいさつは、型通り、故人の人となり、エピソードなどに触れて聞く者をしんみりさせるのは、友人代表の弔辞というのが相場だろう。「残酷すぎる格差」と罵倒されることのほうが、よほど岸田氏にとって「残酷」だろう。  

 

■首相退陣に追い込んだ菅氏に救われる?

 以上、あれこれ脈絡なく触れたのは、こうした葬儀をめぐる一連の動き、評価がこの先の岸田首相 の政権運営にどんな影響を与えるのか強い関心をそそられるからだ。

 7月の安倍氏の殺害、唐突な国葬決定、旧統一教会問題などで、一 年前に発足、順風だった岸田政権が躓いた。

 以来、支持率は減少の一途、不支持率が上回っている。7月の参院選勝利の時点で、いったい誰がこんな展開を予想しえたろう。

  

 今回の国葬、さまざまな評価があろうが、岸田政権にとって、プラス、マイナスを含め、どんな効果をもたらすのだろう。安倍氏に献花するため暑さの中、長蛇の列ができたことを目の当たりにした人は、国葬賛成、反対の立場を超えて、ある種の驚きと感慨を抱いたのではあるまいか。

 抗議集会参加者の無作法な行動にネット上などで批判が出ていることは、反対の人たちも複雑な感情、もっといえば失望を抱いただろう。

 批判する政党が、出席、欠席を党の方針として決められず、議員の自由意思に任せ、実際、立憲民主党の野田佳彦元首相や玄葉光一郎元外相らが出席者したことも、 反対論の勢いを失わせた。

 

 国葬の見せ場は少なかったとはいえ、菅元首相の弔辞に心打たれる人が多かったとしたら、やはり、賛成、反対を超えて、国葬でよかったと世論が変化する可能性はないだろうか。そうなれば、岸田氏が昨年自民党総裁選で退陣に追い込んだ菅氏に数われるという皮肉な結果になるだろう。アメリカでは、重要なイベントがあれば、すぐにそれに関する世論調査が行われる。大統領が年頭の一般教書演説を行ったときは、 直後の緊急世論調査で出来栄えが採点される。大統領選候補者によるテレビ討論では、すぐに有権者 によって勝敗を判断される。

 

■支持率上向かなければ、退陣論も 浮上か

 こうした緊急の世論調査がない日本では、メディアによる次回の世論調査がどうなるかが焦点となるだろう。

 岸田内閣の支持率が回復せず低支持率が続くか、さらに厳しい結果がでたなら、早晩政局運営は行き詰まる(御厨貴東大名誉教授、 NHK番組など)という観測もある。来年の広島サミットが花道という具体的な退陣予測論(東洋経 済オンライン)すら取りざたされている。

 「政治は一寸先は闇」といったのは、戦前から戦後にかけて衆院議員として活躍した川島正次郎の言葉だが、いまこそ実感をもって 受け止められる時はない。岸田首相が窮地を乗り切ることができるか、当面10月3日からの臨時国会が試金石となる。

トップ写真:国葬の一般献花に並ぶ人々。2022年9月27日。

出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images

 




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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