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.社会  投稿日:2022/10/16

玉川発言で問われるワイドショーの役割


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

「羽鳥慎一モーニングショー」コメンテーター玉川徹氏の謹慎後の去就が注目されている。

・一部識者は今回の騒動を「令和の椿事件」と評しており、BPOの審理入りも取り沙汰されている。

・ワイドショーや報道番組は、今回の騒動を他山の石として、放送内容の見直しをすべき。

 

テレビ朝日の局コメンテーター玉川徹氏が、同局系列の人気ワイドショー「羽鳥慎一モーニングショー」(以下、モーニングショー)を降板するかしないかでネット上がかまびすしい。

事の経緯はすでに既報であり、多くの人が知っているだろうが、ようは、玉川氏が9月28日の放送の同番組内で、安倍晋三元首相の国葬における菅義偉前首相が行った弔辞について「これ当然、電通が入っていますよ」などと発言、広告代理店の演出があったことを示唆した。しかし、翌日の放送で「この発言は事実ではありませんでした。電通は全く関わってないことが分かりました」と謝罪した。

▲写真 安倍晋三元首相の国葬で弔辞を読む菅義偉前首相(2022年9月27日、東京・武道館) 出典:Photo by Eugene Hoshiko/Pool/Getty Images

テレビ朝日は玉川氏を出勤停止10日間の謹慎処分とした。10月19日が謹慎明けの初日となることから、玉川氏が身の処し方にどのような決断を下すのか注目が集まっているのだ。

玉川氏は歯に衣着せぬ物言いで、同番組の看板でもあった。氏とスポーツキャスター長島一茂氏や政治評論家田崎史郎氏など他のコメンテーターとの論争も、ある意味この番組の看板となっていた。玉川氏が降板するのではとの一部報道を受け、ツイッター上には #玉川ロス なるハッシュタグも登場したほどだ。

 玉川発言の問題点

今回の玉川氏の発言で、菅氏の弔辞に電通が関わっていたと取れる部分は、菅氏にとってみれば、名誉棄損に相当すると思われても仕方ないだろう。それはそれで問題だが、さらに重大な部分は、「僕は演出側の人間ですから、テレビのディレクターをやってきましたから、それはそういう風につくりますよ。当然ながら。政治的意図がにおわないように制作者としては考えますよ」という発言だ。

語るに落ちたとはこのことだろう。

自分たちは政治的な意図を持って番組を作っており、しかもそうとは分からないようにしている、と自ら認めているのだ。これは放送界において深刻な問題だ。既に一部識者が指摘している。

■ 椿事件とは

麗澤大学の八木秀次教授は、今回の騒動を「令和の椿事件」と称した。某通信社の中堅記者と話していたら、事件そのものを知らなかったのでびっくりしたが、確かに椿事件が起きたのは1993年、今から29年も前の事だ。若手記者が知らないのも無理はない。

1993年というと、同年7月の衆院選で、自民党は過半数を割り、非自民の細川護熙連立政権が誕生した年だ。椿事件とは、産経新聞が同年10月13日朝刊で報じたことに端を発したものだ。同記事は「非自民政権誕生を意図し報道」との見出しで、テレビ朝日の取締役報道局長である椿貞良氏が、同年9月の日本民間放送連盟の会合で、「自民党守旧派は許せないと考え」、「非自民党政権が生まれるよう報道するよう指示した」、「五五年体制の崩壊させる役割を我々は果たした」などと発言した、と報じた。

波紋は一気に広がり、当時の郵政省放送行政局長が緊急記者会見し、放送法違反があれば停波もあり得ることを示唆、同年10月25日には、椿氏が衆議院に証人喚問されるという前代未聞の事態に発展した。

椿氏は「五五年体制を突き崩すためにテレビ朝日はやったとか、反自民党政権をつくるために選挙報道を行ったとかという、そういうような言い方は、先ほども申し上げましたように、現実が、そういう現実が起こりまして、それを見て、結果的に、まるで自分の手柄であるかのごとく発言をしました、明らかなフライングな発言でございます。テレビ朝日が一部の政党それから一部のグループを当選させるような目的で、今回の選挙に際して報道を行ったことは断じてございません」などと陳謝し、偏向報道は否定した。

最終的にテレビ朝日は郵政省による厳重注意の行政処分を受けるにとどまったが、その後郵政省の私的懇談会「多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会(1995年9月~1996年12月)での議論を経て、日本民間放送連盟とNHKは、BRO(放送と人権等権利に関する委員会機構)を設置することになった。同機構が、現在のBPO(放送倫理・番組向上機構)である。放送史において極めてエポックメーキングな事件なのだ。

今回、期せずして同じテレビ朝日の局員である玉川氏の発言を受け、BPO自ら「審理入り」するか、外部からの申し立てを受け、「審議入り」する可能性も否定できない。なんとも皮肉な事態となっている。

 局コメンテーター

元テレビ局のコメンテーターだった筆者からしてみれば、ウラを取っていないコメントをすることはちょっと考えられない。

局のコメンテーターだろうが、社外のコメンテーターだろうが、視聴者からしてみれば、同じに見えるだろうが、その立場は大きく異なる。

局コメンテーターはテレビ局の社員であり、そのテレビ局は放送法の順守を求められている。当然、発言は、不偏不党、政治的公平性を担保しなくてなならない。つまり、何を発言してもいいわけではないのだ。

たとえ30秒のコメントでも通常報道番組であれば、局コメンテーターの発言は放送前に、番組送り出しの責任者で編集長的な役割を果たすプログラムディレクターや、その上の立場のプロデューサーがチェックすべきだろう。少なくとも筆者がコメンテーターを勤めていたニュース番組ではそうしていた。つまり複数の人間がチェックするシステムになっている。

今回の件に関して言えば、

・電通の関与は間違いないのか

・情報源は信頼に足るのか

を事前に確認するのが普通だろう。一局コメンテーターが自分の裁量で何でも発言できていたとしたら異常な事態だ。

それだけ局コメンテーターは責任が重いとも言える。1つ間違えば政治の放送介入を招きかねないからだ。そうならないために慎重に発言しなければならないし、他の出演者の発言に対しても、バランスを取らなくてはいけない。難しい立場なのだ。

■ ワイドショーの役割

「モーニングショー」は年間平均視聴率、個人全体、世帯ともに5年連続民放トップを保っている人気番組だ。

冒頭でも述べたとおり、玉川氏の舌鋒鋭いコメントを楽しみにしている視聴者も多いと思われるが、一方で、今回、コメントの信憑性が揺らいだことは間違いない。

繰り返しになるが局コメンテーターの役割は、ヒールになりきることではなく、自らの取材経験に基づき、物事の本質を丁寧に解説し、多様な意見を紹介することで、視聴者が判断する複数の根拠を提示することだと筆者は思っている。

例えば「モーニングショー」のお家芸だった「コロナ問題」。同番組は、コロナ禍が始まって依頼、PCR全数検査を主張していた。多くの視聴者がその時はその主張に賛同していたのではなかったか。

しかし、これには感染症の専門家から、そもそも検査の精度が30%~70%程度と低いこと、全数検査自体が膨大なコストがかかると同時に医療機関への過剰な負担を招くこと、人権的見地から全国民に検査を強要できるのか、などの反対意見が多く出されていた。しかし、そうした意見はほとんど番組で紹介されていなかった。

不安を煽り、視聴率を稼ごうという狙いがあったとは思いたくないが、全てのワイドショー、そして報道番組は、今回の騒動を一過性のものだと矮小化せず、自らの放送姿勢を見直すきっかけにすべきだ。

いまや視聴者は、SNSを通じてより専門的で多様な意見に触れることが出来るようになった。特に若年層にとって、テレビはもはや情報の入手源ではなくなっている。番組の作り方を進化させないと、若年層のテレビ離れは加速していくだろう。

トップ写真:テレビ朝日系列「羽鳥慎一のモーニングショー」 出典:テレビ朝日




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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