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.国際  投稿日:2022/10/5

日韓接近に影落とす元徴用工問題 日本は歴史を直視し、韓国は歴史ストーカーを止めよ


高橋浩祐(国際ジャーナリスト)

「高橋浩祐の激動のアジア、揺らぐ世界」

【まとめ】

・岸田政権、尹政権ともに支持率急落の中、日韓関係改善の兆しに歴史問題が影を落としている。

・日韓の歴史問題は、少なくとも3世代90年が過ぎるまでなかなか解決ができないのではないかと悲観している。

・その間、日本は過去を真摯に反省し続け、一方、韓国は「歴史ストーカー」をやめ、未来志向の関係を目指すべきだ。

 

北朝鮮が異例のペースでミサイル発射を続ける中、日韓関係が改善の兆しを見せている。

岸田文雄首相と韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は9月21日、米国ニューヨークで会い、2年10か月ぶりに対面の日韓首脳会談を実施した。両首脳は両国が互いに協力すべき重要な隣国であり、増大する北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対処するために協力を推進していくことで一致した。

さらに、その一週間後の29日には岸田首相と韓国の韓徳秀(ハン・ドクス)首相が東京での安倍元首相の国葬後に会談し、両国を「健全な関係」に戻すことを再び確認。日韓関係改善の最大の障壁である元徴用工問題については、早期解決に向けて議論を続けることで一致した。

今回のニューヨークと東京での日韓両首脳らの会談は時間が限られていたため、徴用工問題に関する突っ込んだやり取りはなかったとみられている。しかし、悪魔は細部に宿る。合意に達するまでには前途多難が予想される。

日韓関係は、尹大統領の前任者である文在寅(ムン・ジェイン)政権の下で1965年の国交正常化以来、最悪の状態に陥った。きっかけは、韓国大法院(最高裁)が2018年に元徴用工訴訟で新日鉄住金(現・日本製鉄)と三菱重工業に賠償を命じ、文前大統領がこの確定判決を尊重したことだ。

しかし、日本政府は韓国大法院の判決に従うことを拒否し、1965年の日韓請求権協定で、1910-1945年の植民地統治時代に生じた被害の補償問題は完全かつ最終的に解決済みとの立場だ。日本は外貨準備高がわずか18億ドルの時代に、当時の韓国の国家予算の1.6倍に相当する有償・無償の資金計5億ドルを10年がかりで拠出した。

韓国メディアによると、日韓関係改善に意欲を示す尹政権は現在、韓国政府が2014年に設立した公益法人「日帝強制動員被害者支援財団」を通じて、最大300人の韓国人被害者に一人当たり1億ウォン (1000万円) を補償する案を検討中だ。

日韓の企業が自発的にこの財団に資金を提供することが期待されているが、日本政府と日本企業がこの案を受け入れるかどうかは不明だ。

韓国国会の300議席(小選挙区253議席、比例代表47議席)で過半数を占める革新系最大野党「共に民主党」 は、歴史問題で日本に対して強硬な姿勢をとっている。同党は文前政権時の与党だった。尹政権は、こうした最大野党の強い反対の中で新たな補償特例法を成立させる必要がないよう、同財団を含めた既存の法的枠組みを活用しようとしている。

旧徴用工問題の解決が難しい主な理由として、韓国の革新派を中心に多くの韓国人が1965 年の基本条約とそれに付随する請求権協定を、米国からの強い圧力の下で締結された「不平等条約」と見なしていることだ。米国は当時、中ソの共産主義に対峙する日米韓の統一戦線の構築を急いでいた。また、当時の日韓両国には圧倒的な国力の格差があったため、韓国が日本との交渉を不利な立場で開始させられたと多くの韓国人は考えている。

過去57年間、国力を高めてきた韓国には、元徴用工の個人請求権問題を含め、1965年の不平等条約を「改正」していないことへの不満感がある。世界銀行の統計によると、1965年の韓国の1人当たりのGDPは109米ドルで、日本の約8分の1以下。世界最貧国の一つだった。だが、その韓国は1980年代に高度経済成長を成し遂げる。2021年の世界銀行のデータによると、購買力平価での韓国の1人当たり名目GDPは4万6918ドル、日本は4万2940ドルで日韓が逆転した。

一方、保守層を中心に多くの日本人は、元徴用工といった犠牲者に対する個人補償の欠如は日本ではなく、当時の韓国の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が責められるべきだと考えている。軍事独裁政権の朴大統領が個人の権利を軽視した結果とみている。

さらに、多くの日本人は、すでに何度も謝罪と反省を表明していると感じている。また、日本政府には強制動員や慰安婦を含む植民地被害者への法的補償義務はないが、実際には日本人の中には何らかの形で彼らに補償しようと努力してきた人も少なくない。2015年に当時の岸田外相と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が合意した慰安婦合意もそうだった。日本政府は、韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」に10億円を提供した。

▲写真 ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦を象徴する少女像(2015年 韓国・ソウル) 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

日本の外務省によると、同財団は、合意の時点で生存していた元慰安婦47人のうち35人、また、当時既に亡くなっていた元慰安婦199人のうち64人の遺族に資金を提供した。しかし、文政権は2018年、この合意は被害者の希望を適切に反映しておらず、問題の真の解決にはつながらなかったとして、同財団の解散を一方的に発表した。

韓国の朴振(パク・チン)外相は7月、文前政権が事実上白紙化した2015年の慰安婦合意を「公式合意として尊重する」と述べた。しかし、慰安婦被害者支援団体から強い反発を浴び、同財団の復旧には至っていない。

国内の相次ぐスキャンダルで、岸田首相と尹大統領の両政権の支持率はともに急落している。そして、岸田首相は韓国との安易な妥協を認めない保守層に配慮せざるを得ない一方で、尹大統領は歴史問題で対日強硬姿勢を取る最大野党と対峙している。歴史問題が日韓の接近に影を落とし続けている。

筆者は日韓の歴史問題は畢竟(ひっきょう)、少なくとも3世代90年が過ぎるまでなかなか解決ができないのではないかと悲観している。その間、日本は、朝鮮半島植民地支配の過去に対して真摯に反省し続ける。その一方、韓国はいつまでも「歴史ストーカー」ではなく、過去よりも未来志向の関係を目指すべきだ。

トップ写真:日韓首脳会談(2022年9月21日 米・ニューヨーク) 出典:韓国大統領府ホームページ




この記事を書いた人
高橋浩祐国際ジャーナリスト

英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。

高橋浩祐

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