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.国際  投稿日:2022/10/18

豪州、日本を潜在的「同盟国」に


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#41」

2022年10月17-23日

【まとめ】

・習近平氏の三選は既定路線であり一部の批判のもつ影響力はほぼない。

・最近になって、豪州内で反中感情が高まり、対中政策が変化している。

・豪州の安全保障安泰時代が終わったことで、日本を潜在的な同盟国として認識し、関係が深化している。

 

今週は中国共産党大会が開かれている。といっても、習近平国家主席の「三選」は既定路線であり、殆どサプライズはない。直前に習近平批判スローガンを認めた横断幕が北京市内高架橋に掲げられたそうだが、あっという間に撤去されて続報もなかった。残念ながら、これも「線香花火」的批判活動でしかなかったということか。

確かに批判の内容は勇ましい。報道によれば、「PCR検査は要らない、ご飯が欲しい」「ロックダウンは要らない、自由が欲しい」「嘘は要らない尊厳が欲しい」「文革は要らない改革が欲しい」「習近平指導部は要らない選挙が欲しい」「奴隷になりたくない国民になりたい」「独裁者習近平を辞めさせろ」などと書いてあったそうだ。

だが、この程度で習近平氏の政治的権威が揺らいだとか、傷付いたなどと考えるのは早とちりだろう。確かに習近平氏の三選については、同氏による長期独裁体制の「始まり」と見る多数説か、習近平体制の「終わりの始まり」と見る少数説かで、専門家の見方は割れている。でも、これって、そんな単純な話なのだろうか。

やはり、筆者も他の多くの専門家と同様、党内主要人事の結果を見るまでは判断を控える。それよりも印象深かったのは先週のオーストラリア出張だった。従来筆者は豪州の対中「強硬」政策についてあまり「確信」を持てなかった。1972年以来、同国の対中政策は経済的利益と戦略的利益の間で大きく揺れ動いてきたからだ。

ところが、今回初めてキャンベラを訪問し、政府関係者を含む識者たちと意見交換する機会を得て、豪州の対中政策が変わりつつあること日本と豪州の関係が深化していることを改めて実感することができた。同時に、今回の訪問は、筆者にとって日本と豪州の関係が持つ戦略的意味を熟考する得難い機会ともなった。

日本と豪州に多くの歴史的、文化的、経済的、言語的相違点があることは疑いない。日本は資源のない小さな島国で加工貿易により生きていく運命にあるのに対し、巨大な大陸を擁する豪州は豊富な天然資源にも恵まれている。両国が経済的に相互依存関係にあるとしても、自動的に両国の戦略的利益が同一化する訳ではない。

1972年、労働党政権が対中国交回復を断行して以降、豪州では超党派親中外交路線が確立した。1996年の保守連合政権以降も豪州外交は対米同盟関係と対中資源輸出の狭間で是々非々の立場を維持してきた 。だが、最近は豪州内で反中感情が高まり、従来の対中「配慮」政策は変わりつつある 。この点も日本に良く似ている。

今回ある程度確信を持てたのは、2017年頃からの豪州の対中政策変更がどうやら「不可逆的」なものらしい、と感じたからだ。従来のように脅威が欧州ないし中東にあり、豪州の安全保障が安泰だった時代は終わった。欧州諸国や米国に必ずしも頼れないと悟った時、豪州は日本を潜在的「同盟国」と認識するようになったのだろう。

この点については先週末のJapanTimesと今週の産経新聞ににコラムを寄稿したのでご一読願いたい。

〇アジア

党大会で習近平氏が台湾統一をめぐり「武力行使の放棄を約束しない」と演説したのに対し、台湾総統府は「台湾は主権について譲歩せず、民主主義・自由について妥協しない」と述べたそうだ。だが、これだけでは、本来模索されるべき、「言葉の喧嘩」を「物理的力による喧嘩」にしない新たな「政治的枠組み」は生まれない。

〇欧州・ロシア

ウクライナ国境に近いロシア軍の演習場で乱射事件が起き、30人が死亡したそうだ。国防省が「旧ソ連構成国出身の2人」と発表した容疑者はタジキスタン人3人で、信仰をめぐる上官とのトラブルが原因だという。おいおい、なぜタジク人がウクライナ近辺で軍事演習に参加するのか。こんな軍隊がまともに戦えるとは到底思えない。

〇中東

15日夜、テヘランのエビン刑務所で火災が発生、4人死亡、61人が負傷したという。刑務所の作業場で囚人同士の喧嘩が起きた後に火が付けられたと公式発表されたが、本当かね。誰かの計画であれば凄いと思うし、自然発生的事件であれば刑務所の管理に問題がある。イランのイスラム共和制に賞味期限が来たのだろうか。

〇南北アメリカ

イーロン・マスクが「無期限には続けられない」としていた「スターリンク」が一転、ウクライナへの無償提供を続けるという。当然だろう、彼も戦争がかくも長引くとは思わなかったのではないか。所詮マスク氏は商売人であり、慈善事業家ではない。誰かが資金援助に動いたに違いないが、それを詮索するのは野暮な話だろう。

 

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:日米豪印(クワッド)首脳会談に出席するため訪日したアルバニージー豪首相と会談する岸田文雄首相(2022年5月24日)日本・東京 出典:Photo by Issei Kato – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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