[渋谷真紀子]<演劇界最高峰・トニー賞に演劇教育部門が設立>演劇教育の教育者を商業演劇はどう評価するか?
渋谷真紀子(ボストン大学院・演劇教育専攻)
第68回トニー賞授賞式は、演劇教育関係者にとって、新しい歴史の幕開けでした。アメリカ最古の演劇学部を持つカーネギーメロン大学が、トニー賞と初の高等教育機関パートナーシップを結び、2015年より演劇教育者のトニー賞名誉賞設立を発表したのです。この賞は全米の幼稚園から高校までの演劇教育者が選考対象となります。
カーネギーメロン大学学長のSubra Suresh氏は、設立にあたりこう期待を述べました。「1人1人のトニー賞受賞者に、幼い時からその才能を育てて鼓舞し、大きな夢を成し遂げるまで導いた先生がいます。そのようなヒーローにトニー賞の光を当てることを、心から楽しみにしています。」
また、14年トニー賞演劇演出賞受賞者ケニー・リオンは受賞スピーチの中で、「アメリカの子供達1人1人が、日常生活でひとかけらでも演劇に関われる日が来るのを待ち望んでいます。」と話し、拍手喝采が沸き起こりました。
アメリカの商業演劇を代表する方々が、「演劇教育」の重要性に光を当てたのはとても素晴らしいことですが、初の演劇教育者名誉賞がどのような評価基準でどのような活動をしてきた人に与えられるかは非常に気になるところです。
選定者は the American Theatre Wing, The Broadway Leagueをはじめとする演劇業界を代表する人達とカーネギーメロン大学で、評議会が設定した基準に基づいて選定されます。評価内容の中には、生徒達の人生にポジティブなインパクトを与えた、演劇のプロとしてのクオリティを高めた、卓越した成果に向けてのコミットメント等があります。
そこで気になるのが成果の考え方です。演劇教育者の間では、「演劇教育」に善し悪しの評価の目が入ることに対して、大きな抵抗を感じている人達もいます。演劇教育といっても、演劇のプロを育てる技術的視点と、どんな生徒にも居場所を創り個性とチームワークを育てる目的とでは、大きく変わります。もちろん、個人のモチベーションとチームワーク向上によって技術向上に繋がるという相乗効果はあると思います。
ただ、高校の演劇大会でプロ並みの公演まで仕上げることを目的に選抜チームを指導する先生と、演劇とは一生関わることがないかもしれない多くの生徒達1人1人の個性を演劇という形で表現する場を与える先生とでは、大きく違います。
筆者の指導教授は、どんな学生にも必ず同じ量の台詞を与えることをモットーに、貧富の差が激しい地域の子供達の声を元にしたドキュメンタリー創作劇を制作してきた活動が評価され、代表的な演劇教育機関から表彰されました。他にも、イギリス・ルネサンス劇を代表するシェイクスピアの作品を、Hip-hopのリズムを活用することで、英語が母国語でない移民の生徒達でも表現できる手法を開発した先生も、演劇教育の分野では有名です。
推薦式なので、人望を集める先生方が候補者に揃うことでしょう。未来のブロードウェイスターを沢山生み出したヒーロー先生が選ばれるのか。私の教授のように個性が光る創作劇で子供達の声を発信してきた先生が選ばれるのか。より多くの生徒達が演劇に関われる方法を創り出してきた先生が選ばれるのか。
ビッグネームのトニー賞だからこそ、人間教育×芸術性と、定量評価のしにくい演劇教育の教育者を、商業演劇を牽引する人達がどう評価するのか、とても注目しています。
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