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.国際  投稿日:2022/10/26

「独裁政治」に戻った中国共産党


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#42」

2022年10月24-30日

【まとめ】

・中国共産党大会李克強から汪洋、胡春華まで「団派(共産主義青年団系政治家)」が最高指導部からほぼ一掃された。

・今回のハイライトは、党大会閉幕式の終了前に胡錦濤前総書記が途中退席した(させられた?)こと。

・中国共産党が短期間の集団指導制を経て、本来の「独裁政治」に戻っただけだろう。

 

今週は国際ニュースが目白押しだ。まずは中国共産党大会と言いたいところだが、結果はほぼ予想通りだったので、最初は英首相の交代を取り上げたい。次期首相はインド系エリート政治家のスナク元財務相に決まった。両親はインド系移民で「多様性」を尊重する一方、労働者階級と一線を画すエリート臭さが批判されている。

報道によれば、「ゴールドマン・サックスを経て、7年前に保守党下院議員当選。 5年後に内閣ナンバー2の財務相となり、コロナ禍休業者への給与補塡など大胆な経済政策で世論の支持を得たが、私生活ではインド系富豪の娘と結婚し最も裕福な下院議員の一人」とされるなど、新しい形の「英国の夢」的な政治家のようだ。

米国ほどではないが、英国の「多様性」も一貫して進んでいる。あれだけの大帝国だったのだから当然かもしれない。それでも、短期に終わったが三人目の「女性」首相に続いて「インド系英国人」の首相を選ぶのだから、イギリスの保守主義も大したものだ、という評価は可能だろうと思う。

他方、同時に筆者が懸念するのは「英保守主義の劣化」だ。24日付けNew York Times一面は「Brexit(英国のEU離脱)が如何に保守党を分断し、英保守政治に必要なcoherence(一貫性)が失われたか」を報じていた。スナク次期首相の強みはディベート力らしいが、それだけでは英保守政治の危機を回避できないのではないか。

一方、同じNew York Timesの紙面には中国共産党大会の結果が大きく報じられた。一部専門家の希望的観測的予想に反し、李克強から汪洋、胡春華まで「団派(共産主義青年団系政治家)」が最高指導部からほぼ一掃された。考えてみれば、「集団指導制」が終わった以上、こうした結果は当然の帰結なのかもしれない。

今回のハイライトは、党大会閉幕式の終了前に胡錦濤前総書記が途中退席した(させられた?)ことだろう。「体調不良」などと報じられたが、当時の模様、特に胡錦涛氏の憮然とした表情をビデオで見る限り、それを信じる者はいないだろう。この「事件」については早速様々な推測が流れている。例えば、

①熱がありそうだったので、コロナ恐怖症の習近平が連れ出させた

②党大会中に胡錦涛が習近平への権力集中を批判したため

に加えて、マコトシヤカな説として

③習三選と李克強・汪洋の留任で妥協が成立していたが、名簿最終草案には李克強・汪洋の名がなく、ひな壇で初めて知らされた胡錦涛が再考を求めようとしたため、というものまである。

敢えて、勝手にコメントさせてもらえれば、①は中国発の噴飯物でにわかには信じ難い、②は可能性を否定しないが、それなら最初から胡錦涛を出席させなければ良いだけの話、③はいかにも尤もらしいが、直前の名簿修正を誰にも知らせず、式典を進行できただろうか。胡錦涛が最終人事を事前に知らなかったとは思えない。

筆者の無責任な直観としては、胡錦涛も最後は諦めて閉会式に臨んだが、新執行部の誰かが「胡錦涛を敢えて閉会式直前に退場させて面子を潰し、習近平の権力の強さを示そうとした」のではないかと勘繰ってしまう。まあ、いかなる理由にせよ、中国共産党が短期間の集団指導制を経て、本来の「独裁政治」に戻っただけの話だろう。

胡錦涛「途中退場」関連の投稿は中国ではオンラインから完全に削除されたらしい。微博でも胡前主席の名を含む投稿やコメントは検索できないという。最後に一言。ウクライナ戦争の最大の教訓は「独裁者は往々にして判断ミスをする」「絶対的独裁者の判断ミスは容易には矯正できない」ことだった。ところで中国は大丈夫か?

〇アジア 

中国党大会終了後、北朝鮮船舶が国連軍設定の海上境界線を越えたため警告射撃を行ったと韓国軍が発表した。北朝鮮は海上に10発の砲撃を行ったが、韓国領海には届いていないという。同海域ではこの種の事件が絶えないが、これは決して北朝鮮の「挑発」ではなく、いつもの「かまってちゃん」的威嚇行動なのだと思う。

〇欧州・ロシア

露国防相が英仏、トルコの国防トップと電話会談し、「ウクライナが汚い爆弾を使うことを懸念している」と伝えたそうだ。これをきっかけに、逆にロシアがdirty bombを使う可能性が懸念されている。それにしても、最近のロシアは「実戦」で勝てないせいか、西側に「舌戦」ばかり挑んでいるようだ。でも、これでは戦争には勝てないのに。

〇中東

日本では中東関連ニュースが少ない。先週、中国がカタルに貸し出したパンダがドーハに到着した。サッカーワールドカップに合わせ一般公開されるという。カタルの最高気温は50度だから、パンダも大変という報道もあるが、カタルの湿度は故郷四川省とほぼ同じなので、冷房さえあれば大丈夫ではないか。どうでも良いけど・・・。

〇南北アメリカ 

ニューヨークを中心に、現在主流の「BA.5」から派生した「BQ.1」という新変異ウイルスが急速に拡大しつつあるそうだ。毒性が低いことを祈るしかないが、それにしても、海外出張から日本に帰ると、ほぼ全員がマスクをしていることに違和感を禁じ得ない。いつまで日本ではマスクが事実上「義務」であり続けるのだろうか。

〇インド亜大陸 

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:中国の李克強首相、胡錦濤前国家主席、習近平国家主席。胡錦涛前国家主席が退場する瞬間(2022年10月23日) 出典:Photo by Lintao Zhang/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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