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.社会  投稿日:2022/10/26

医師不足解消の決め手「オンライン診療」


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

 

【まとめ】

・福島県の医師不足の解決には、オンライン診療の活用を提案したい。

・米国におけるオンライン診療の普及により、中絶禁止の州に住んでいる人が中絶を認める州で開業している医師の診察を受け、薬を処方してもらうことができるようになった。

・オンライン診療の普及で僻地や離島の住民も名医の診察を受けることが可能になる。

10月18日、医療ガバナンス研究所が福島県の医師不足・偏在についてのレポートを公表した。福島の深刻な医師不足の状況、および打開策について、ご紹介したい。

まずは、医師数だ。厚労省の令和2年の「医師・歯科医師・薬剤師統計」によれば、福島県の人口10万人あたりの医師数は205.7人で、全国平均(256.6人)より50.9人(19.8%)少ない。埼玉県、茨城県、千葉県についでワースト4位だ。

では、どのような診療科が少ないのか。表1に各診療科の全国平均との差を示す。内科(4.5人)、皮膚科(3.5人)、小児科(2.9人)、麻酔科(2.6人)と続く。内科は、一般診療の中核だ。内科医不足は、地域医療の根幹に関わる。

▲表1:「全国と福島県における医師の偏在」・医療ガバナンス研究所

では、県内のどの地域で内科医が不足しているのだろうか。図1に福島県内の内科医の偏在状況を示す。少ない順に県南(38.2人)、いわき(39.6人)、県中(41.4人)と続く。県南は白河市を中心とした人口約14万人の地域、いわきはいわき市を中核とした人口約33万人の地域、県中は郡山市を中核とした人口約53万人の地域だ。3医療圏の特徴は、中核市を中心に広範な地域にまたがることだ。山間地も多い。例えば、県中医療圏の郡山市から平田村までの距離は約30キロ。その間の多くは阿武隈山地で、車で約1時間を要する。冬場は積雪するから、医療機関の受診は容易ではない。

▲図1「全国と福島県における医師の偏在」・医療ガバナンス研究所

医師不足対策の基本は医師数を増やすことだ。日本政府は医学部定員を増員しており、近年、我が国の医師数は増加を続けている。ところが、福島県の医師数は減少している。2018年から2年間の減少率は0.4%だ。このような県は、ほかに和歌山県(1.9%減)、高知県(1.6%減)、山形県(1.4%減)しかない。福島県内でも、特に悲惨なのはいわき市で、この2年間で18.1%も減少している。これでは、いわきの医療が崩壊するのは時間の問題だ。

どうすればいいのか。私はオンライン診療の活用を提案したい。コロナパンデミックの3年間で、オンライン診療は発展し、急拡大した。オンライン診療の普及は、世界の医療のあり方を変えつつある。その一例が中絶禁止を巡る米国社会の対応だ。6月24日、米連邦最高裁判所は、妊娠中絶の権利を認めた1973年のロー対ウェイド判決を覆した。

ところが、米国で「中絶難民」は問題とはなっていない。その理由は二つだ。一つは中絶の手段が手術から薬物に変わっていることだ。米国では2000年にミフェプリストンとミソプロストールという内服薬を用いた中絶が認可された。2019年現在、54%の中絶は内服薬によるものだ。

もう一つは、コロナ禍でのオンライン診療の普及だ。医師との対面診察の要件が緩和され、オンラインでの診察後に中絶薬を郵送することが認められた。この結果、中絶が禁止されている州に住んでいる人も、遠隔医療でマサチューセッツ州など中絶を認める州で開業している医師の診察を受け、薬を処方してもらうことができるようになった。

米国在住の大西睦子医師は「私が住んでいるマサチューセッツ州では、7月29日、州外に住む患者に中絶サービスを提供する医療従事者を強力に保護する、抜本的な新しい生殖に関する権利法を可決しました」という。

米国社会が、このような対応が可能だったのは、コロナによりオンライン診療が発展したからだ。この技術を用いることで、イデオロギー対立を深めることなく、患者は勿論、医師の自己決定権を保障している。私は、米国の医療は、コロナを契機に新たなステージに入ったと感じている。

コロナ禍で一変したのは中絶だけではない。製薬企業の治験のあり方も一変した。昨年11月、米ジョンソン・エンド・ジョンソンは、糖尿病治療薬カナグリフロジンの第3相臨床試験を、被験者が医療機関に通院することなく、全てバーチャルでやり遂げたのは、その象徴だ。

オンライン診療の普及は地域医療のあり方も変える。手術は兎も角、プライマリケアなら、僻地や離島の住民も名医の診察を受けることが可能になる。米国では、ユナイテッドヘルスケア社などが、遠隔診療に限定したプライマリケアを提供する保険の販売を開始した。同社の調査によると、利用者の4人に1人は主治医と直接会うより、オンライン診療の方が良いと回答している。

米アマゾンが米ワンメディカル社を約39億ドルで買収したことも、このような流れに沿ったものだ。ワンメディカル社は、利用者が年間199ドル支払えば、プライマリケアをバーチャルケアと対面ケアを提供するサブスクリプションモデルで提供する会社だ。3月時点で約77万人と契約し、188の診療所と提携している。

内科医の仕事のメインはプライマリケアだ。米国の経験から明らかなように、多くをオンライン診療で代替できる。世界から遅れること2年、日本も漸く、オンライン診療の規制緩和の議論が盛り上がってきた。内科医不足が深刻な福島県が、オンライン診療を活用しない手はない。改革は常に辺境から起こる。福島から日本の医療を変える好機である。

トップ写真:国立遠隔医療センターは、中国河南省鄭州で5G情報技術を使用して、診療を行う(2020.10.26 )

出典:Photo by TPG/Getty Images




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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