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.社会  投稿日:2024/12/17

震災復興と医療:いわき市の小児科医不足が突きつける課題


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・東日本大震災後、福島県浜通りの復興は進んでいるが、次世代育成には課題がある。

・福島県いわき市では、異様な小児科不足により子育て世帯の流出が深刻だ。

・背景には日本全体の医師不足や医師の偏在があり、医師養成制度の改善が急務だ。

 

 東日本大震災から14回目の年末を迎えようとしている。昨年4月には福島国際研究教育機構(F-REI)が発足し、福島イノベーション・コースト構想も進んでいる。福島県浜通りの被災地の復興は順調に見える。

 ただ、これだけでは不十分だ。この地域の復興には次世代の育成を最優先すべきだが、うまくいっていない。

 今年4月現在の福島県の人口は約171万人で、このうち約19万人(10.9%)が15才未満だ。東日本大震災前の2010年4月現在の県の人口は約202万人で、15才未満は約26万人(12.9%)だった。この間に福島県の15才未満人口は27%減少し、県の人口に占める割合は2%低下した。

 浜通りの状況はさらに酷い。東日本大震災後、避難を余儀なくされた原発周囲自治体の住民の多くがいわき市に移住した。ところが、この間に15才未満人口は約4.7万人から約3.9万人に17%減少し、いわき市の人口に占める割合は14.6%から12.3%に2.3%も減少した。これは福島県の平均を上回る減少幅だ。子育て世代がいわき市から離れている。

 いわきは人口約31.7万人で、仙台市、郡山市に次ぐ東北地方第3位の人口規模を誇る。自動車関連、電子部品、医薬品などの製造業、小名浜漁港を中心とした水産業、さらに映画『フラガール』で有名なスパリゾートハワイアンズなどが存在し、観光業も盛んだ。ところが、この地域から急速に子どもがいなくなっている。なぜだろうか。

 それは、いわき市が子育てに適した環境ではないからだ。子育て世代が重視するのは教育と医療だ。

 いわき市の教育のレベルは高い。名門の磐城高校があり、毎年10名程度が東北大学に進学する。東京大学に進む生徒もいる。私どもが経営するナビタスクリニックの小児科部長を務める高橋謙造医師は、磐城高校から東大理科3類に進んだ「磐高」OBだ。

 東日本大震災後、政府も浜通りの教育支援に力を入れた。近隣の広野町に、2015年に中高一貫の福島県立ふたば未来学園を開設した。「福島県教育委員会は、優秀な教員を異動させ(関係者)」、東京大学や福島大学をはじめとする複数の教育機関、企業、地域団体との連携による支援を受けながら、独自の教育プログラムを展開した。2017年に卒業した一期生からは東北大学や福島県立医科大学に合格者を出している。

 小児科の医療体制は対照的だ。厚労省の「令和2年医師・歯科医師・薬剤師調査」によれば、いわき市の人口10万人あたりの小児科医数は5.7人。全国平均(11.4人)の50%だ。福島県の二次医療圏でも、最も少ない(図1,2)。

 

図1

出典)医療ガバナンス研究所

図2

出典)医療ガバナンス研究所

 いわき市が東北地方の中心都市であることは前述した。福島県内では福島市、郡山市と並ぶ三大都市だ。福島県立医科大学が存在する福島市を中心とした県北地域(18.5人)、郡山市を中心とした県中地域(12.7人)とは比べものにならず、過疎地域も含めた他地域よりも小児科医が少ないのは異様だ。

 いわき市内で小児科の入院を受け入れているのは、いわき市医療センター(旧称:いわき市立総合磐城共立病院)だけだ。4人の常勤医と5人の非常勤医で診療している。医師を派遣している東北大学によれば、年間の延べ3,181人の入院患者、1万8,278人の外来患者を診ている。これ以上の受け入れは難しい。

 いわき市内で子どもが入院が必要な病気になった場合、郡山の病院までいかねばならない。約80キロの距離で、高速道路を利用して約1時間を要する。これでは、子育て世代がいわき市を敬遠するのも仕方ない。

 福島県内に医師を供給するのは、福島県立医科大学の役目だ。同大学の小児科医局は、いわき市内に医師を派遣すべきだ。ただ、現実にはそれも難しい。

 それは福島県内の小児科医が少ないからだ。医療ガバナンス研究所の山下えりかは、厚労省の「令和4年医師・歯科医師・薬剤師調査」を用いて、15歳未満人口10万人あたりの小児科医数を推計した。全国平均は126人だ。最も多いのは鳥取県で188人。京都府166人、東京都165人、徳島県150人、香川県150人と続く。

 最も少ないのは山口県の94人で、千葉県94人、埼玉県102人、鹿児島県106人、愛知県106人と続く。福島県(117人)は下から14位だ。福島県の問題は、関東地方で小児科が不足していることだ。図2をご覧いただきたい。関東地方の小児科医不足が深刻なことがご理解いただけるだろう。福島県に小児科医を招聘するには、関東地方の都市と競争して勝たねばならない。

 本稿では詳述しないが、わが国の医師は西高東低の形で偏在している。これは明治維新に勝利した西国雄藩が地元に官立の医学部を優先的に設立し、東日本が後回しにされたためだ。わが国の近代史が影響しており、問題は容易に解決しない。

 どうすべきか。小児科医が多い関西以西から、小児科医を招聘すればいいとお考えの方もおられるだろう。ところが、これも現実的ではない。それは、西日本でも小児科医は不足しているからだ。私は、「うちは小児科が余っている」という西日本の医療関係者と会ったことがない。

 「少子化が進むわが国で、小児科医を増やしても意味がない」とお考えの方もおられるだろう。果たして、本当にそうなのだろうか。図3をご覧いただきたい。2021年の経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国の人口10万人あたりの医学部定員数を示している。日本は7.3人。OECD加盟国中、イスラエル(6.8人)、韓国(7.3人)に次いで少ない。トップのラトビア(27.6人)の4分の1だ。

図3

出典)医療ガバナンス研究所

 最近、韓国は政府が主導する形で医学部定員を大幅に増員することを決めたため、早晩、日本は二番目に少ない国となる。これが日本の小児科医不足の背景だ。日本は世界でもっとも高齢化が進み、医療需要が大きな国だ。ところが、医師養成数が世界最低レベルだ。これで医療体制が維持できる訳がない。これまでは、医師の過剰残業で辻褄を合わせてきたが、働き方改革が施行され、このやり方を続けることは難しくなった。

 これは厚労省による「人災」と言っていい。長年にわたり、厚労省は「将来的に医師は余る」と主張し続けてきた。2006年に発表した「医師需給に関する検討会」の報告書では、2022年には臨床に従事する医師数は必要とされる数を超え、その後、過剰になると報告していた。当時から、日本の医師の養成数は国際的に極めて少ないのだから、常識的にこんな事はありえない。

 ところが、このことを批判するメディアや有識者は少ない。最近は、医師偏在の理由を「若手医師が都市での勤務を希望するから」「美容医療に進む若手医師が増えたから」と責任を転嫁している。これでは、いつまで経っても問題は解決しない。

 いわき市の小児科医不足は、日本の医療政策の宿痾の象徴だ。厚労省、日本医師会など医療提供者が「密室」で議論し、彼らの都合が優先されてきた。その結果、いわき市は「放置」された。

 日本の医師は絶対数が不足し、偏在している。この問題を改善するには、東日本に医学部を新設するのが妥当だろう。地域の医師が充足して、はじめていわきの小児科医も増やすことができる。この問題は、患者・住民視点にたち、もっと合理的に議論すべきである。

トップ写真:赤ちゃんを診察する小児科医(イメージ)

出典:iStock / Getty Images Plus




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