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.国際  投稿日:2022/12/23

【ファクトチェック】カタールW杯のために6500人超が死んだ→根拠不明


Japan In-depth編集部(秋山彩葉・西潟瑞葵)

【まとめ】

・「カタールW杯のスタジアム建設に携わったことで命を落とした外国人労働者6500人超」という言説が拡散。

・6500人とは、過去10年間にカタールで亡くなったさまざまな国籍のさまざまな職業の非カタール人を指している可能性がある。

・「カタールW杯のために6500人超が死んだ」という記事は根拠不明と判定する。

 

カタールW杯のスタジアム建設に携わったことで命を落とした外国人労働者6500人超という言説が拡散されている。以下の日本のメディアにも引用されている。

「カタールW杯のために6500人超が死んだ」英国『BBC』は開会式放送を“拒否”…日本人が知らないカタール人権問題 FIFA会長は怒り「説教するな」(2/2) – 海外サッカー – Number Web

実際にスタジアム建設に携わった外国人労働者6500人超が死亡したのか、その言説をファクトチェックする。

■ 6500人超死亡の元ネタ

上記記事の元となったのは、英紙「ガーディアン」の記事と、国際人権NGO「ムネスティ・インターナショナル」の報告書だと思われる。

ガーディアン

ガーディアン」の記事は、2021年2月23日付の「6,500 migrant workers have died in Qatar since World Cup awarded」だ。

この記事によると、インドパキスタン、ネパール、バングラデシュ、スリランカからの6500人以上の移民労働者がカタールで死亡しているとされている。

しかしこれは、2010年に同国がW杯の開催権を獲得してからの移民労働者全体の死亡者数を表す数値であり、W杯に関連するスタジアムを建設していた労働者と特定しているわけではない

実際、同記事に掲載されているグラフにも、「There have been 6,750 deaths of south Asian migrants」とだけ書かれており、死亡した人数は、W杯に関連するスタジアムを建設していた労働者に限定されていない。

▲グラフ カタールがワールドカップ開催国の権利を獲得してからの、南アジア移民の死亡者数 出典:ガーディアン「Revealed: 6,500 migrant workers have died in Watar since World Cup awarded」

加えて、ワールドカップスタジアムの建設に直接関係する労働によって死亡した者は37人であると述べている。この記事からは、スタジアム建設で6500人超が死亡したとは言えない。

②アムネスティ・インターナショナ

一方、アムネスティ・インターナショナルの報告書は、「Qatar: “In the prime of their lives”: Qatar’s failure to investigate, remedy and prevent migrant workers’ deaths カタール:「彼らの人生の最盛期」:カタールは移民労働者の死を調査、是正、防止できなかったカタールの失敗)」である。

この報告書によると、過去10年間で何千人もの若い移民労働者が突然亡くなったが、その根本的な原因を特定することはできていないという。

そのため、彼らの死が労働に関連したものであると断定することが難しく、労働者の遺族は雇用主やカタール当局への補償を請求することが出来ないのが現状であるという。

さらに不可解なことに、移民労働者はカタールへ渡航する前に、健康診断の受診を義務付けられており、身体に異常がないことが確認されてから入国しているにも関わらず、「突然死」しているのである。つまり、死亡診断書では死亡を証明するうえでほとんど意味のない死因で報告されており、労働条件との関連性が指摘されていない。

本報告書では多数の移民労働者が突然原因不明の死を遂げている現状を調査していないカタール当局を批判しており、カタールが長年にわたって移民労働者の死亡を予防、是正していないことを「生命に対する権利と健全な労働・環境条件に対する権利の侵害である」と評価している。

したがってアムネスティも、多数の移民労働者の死亡原因を特定できておらず、またそれに関してカタール当局が適切な調査を行っていない現状を報告しているにすぎない。

 他メディアのファクトチェック

本件についてはドイツの国際放送DW(Deutsche Welle:ドイチェ ヴェレ)が、本件についてファクトチェックを行っている。

その記事が、2022年11月25日付の「Fact check: How many people died for the Qatar World Cup?(ファクトチェック:カタールW杯で何人の人が死んだ?)」だ。

それによると、6500人という数値にはワールドカップ関連のプロジェクトで雇用されているかどうか分からない、無資格の建設労働者、警備員などだけではなく、外国人教師、医師、エンジニアやその他のビジネスマンも含まれているとしたうえで、結論として、移民労働者がどこから来たのか、どこでいつ死亡したのか、彼らの死が仕事関連として説明できるかどうかなど、定義によって異なるとしている。

FIFAとカタールの公式定義である「労働関連死」とは、カタールが過去10年間に建設した7つの新しいスタジアムの建設現場での死亡者を指す。この定義に則ると、ワールドカップ関連の労働で死亡した人数は3人であるという。

しかしこの定義を、建設工事に直接関係しない「非労働者関連の死亡」と拡大解釈すると、その死亡者は37人に上る。

カタールの公式データの矛盾と欠点を考慮すると、決定的な根拠がないため、具体的な結論を導き出すことは不可能だと結論づけている。

■ その他の海外メディアの報道ぶり

・CNN

米ケーブルニュース専門局CNNの「Qatar World Cup chief says between 400 and 500 migrant workers have died in projects connected to the tournament (カタールワールドカップの責任者は、W杯に関連したプロジェクトで400〜500人の移民労働者が死亡したと述べた)」という記事(2022年12月12日)では、今年10月、カタール政府関係者(前述のサワディ氏)がCNNに対して次のように発言している。

「6,500人という数字は、10年間に国内で死亡したすべての外国人労働者の数を持ち出して、ワールドカップのせいだとするものだ(実際はそうではない。)

「これは真実ではなく、病気や老齢、交通事故など、他のすべての死因を無視している。また、カタールの外国人労働者のうち、建設現場で働いているのはわずか20%であることも認識されていない。」

カタール当局者が外国人労働者の死亡者数とW杯を結びつける海外の論調に異を唱えることはある意味当然と言えるが、スタジアム建設現場で働いている人数が全外国人労働者の内、20%足らずだという発言は具体的だ。

この発言から、ワールドカップスタジアムの建設による労働者の正確な死亡者数を確定することは難しいが、6500人超だと決めつけることもできない。

・ガーディアン

6500人超の言説の元となった英ガーディアン紙であるが、2022年11月29日には、「Qatar official says ‘400-500’ migrant workers died on World Cup projects (カタール当局者によるとワールドカップのプロジェクトで死亡した出稼ぎ労働者は4、500人)」という記事を掲載している。

こちらでも、サッカー・ワールドカップW杯カタール大会組織委員会のサワディ事務局長は29日までに、W杯開催に向けた国内の全ての事業で死亡した外国人労働者らは、推定400~500人だと英テレビ局のインタビューで語っている。

同記事によると、サワディ氏は、競技場建設などW杯に直接関連する事業に携わってカタールに滞在していた外国人労働者の死者は計40人で、うち37人の死亡は仕事とは関係がないとも述べた。

ガーディアン紙は、以前報道した6500の数字について、すべての原因、すべての場所での死亡者数を示していると述べている。そして、カタール政府はガーディアンが提示した6500の数字に異議を唱えなかったが、「これらのコミュニティにおける死亡率は、人口の規模や人口統計学的に予想される範囲内である」と述べているとしている。

・ABCニュース

米ネットワークテレビABCニュースQatar says worker deaths for World Cup ‘between 400 and 500’という記事にも、サワディ事務局長のインタビューの詳細が記されている。

インタビューの中で、英国人ジャーナリストはサワディ事務局長に「ワールドカップのための仕事の結果、死亡した移民労働者の数は、正直、現実的にはどのくらいだと思いますか」と質問している。

この質問に対してサワディ事務局長はこちらでも「推定では400人前後、400から500人です。正確な数字はわかりません。それは議論されていることです」と返答している。

サワディ氏が組織委員会のスポークスパーソンとして、海外の多くのメディアの取材に応え、「6500人超死亡言説」の否定をおこなったことが分かる。しかし、いくらサワディ氏が6500人より少ない死亡者数を主張しても、氏自身が当事者であり、公平性が担保されない以上、その数字を信用することは難しい。

もしサワディ氏が自身の発言の信ぴょう性を証明したいなら、第三者機関による過去の同国における外国人労働者の死亡人数と死因との因果関係を国際的に明らかにするべきだろう。それが出来ないなら、こうした根拠不明な言説が拡散され続けるのはやむを得ないといえる。

■ 結論

以上のことから総合的に考え、カタールW杯のスタジアム建設に携わったことで命を落とした外国人労働者6500人超という言説は、根拠不明であると判定する。

【Japan In-depthファクトチェックポリシー】

Japan In-depthは、NPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、ファクトチェックを実施しています。FIJが定めたガイドラインに準拠して、言説の真実性・正確性の評価・判定を行います。政治家、有識者の発言、メディアの報道、ネット上で拡散されている情報など、社会的に影響の大きな言説を対象とします。判定基準は以下の通りです。

トップ写真: FIFA W杯カタール 2022 のスタジアムで建設に従事する外国人同労働者(2019年12月21日カタール・ドーハ) 出典:Photo by Matthew Ashton – AMA/Getty Images




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