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.社会  投稿日:2022/12/8

少しもクールではない「冷笑系」(上) 歳末は「火の用心」 その1


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・サッカーW杯にて、日本サポーターが観客席のゴミ拾いをしたことで称賛された。

・前東京都知事舛添氏らは、この行動を「清掃業者が失業してしまう」と批判。

・他人の努力やその賞賛に冷笑する態度を「クール」と受け止める風潮は嘆かわしい。

 

東京・板橋の実家で暮らしていた当時、毎年この時期になると、町内会のイベント……いや、あれをイベントとは呼ばないであろうし、と言って、なんだかよく分からないのだが、歳末警戒というのに参加していた。数人組で、火の用心、と連呼しつつ夜回りをするのである。最近報道で知ったのだが、子供の声がうるさいということで、町内の公園が閉鎖の沙汰になった例があるとか。拍子木とかけ声は、どうなるのだろうか。

そんな町で育たなくてよかった……という話ではなくて、ここ数年しばしば世間を騒がせる「炎上騒動」について考えてみたい。

まずは前回シリーズからの続きと言うことになるが、サッカー日本代表が下馬評をくつがえす快進撃を見せている。私も、なにが起きるか分からないからサッカーは面白いのだ、などと言いつつ、死の組と言われた1次リーグで「マシン・フットボール」をたたき壊し、「無敵艦隊」を撃沈して一位通過とは、聞くも涙、語るも涙のうれし泣きである。

ただ、これまで繰り返し述べてきた、目先の試合に一喜一憂するのではなくて、4年先、8年先を見据えての代表の強化と監督人事が必要だ、との意見を撤回するつもりはない。

ネットでは案の定、森保一監督に対する「掌返し」の賛辞があふれているが、監督の采配や試合経過以外のところでも、賛否両論が巻き起こった。

たとえば、スペインとの試合で田中碧の決勝ゴールをアシストした三笘薫のクロスが、ラインを割っているから無効だろう、とネットが大荒れとなったのである。荒らしたのは主として、ドイツの一部「愛国的」ネット民で、あのゴールが無効であれば、試合も引き分けとなってドイツに決勝トーナメント進出の目が残ったのに……というのが本音らしい。

中継を見た方はご記憶だろうが、かなり微妙なところで、少々時間をかけてのVAR判定となったが、ルール上ボールの一部が、たとえ1ミリでもライン上に残っていたならば、インと判定される。なおかつ現在のFIFA公式球にはチップが仕込まれていて、位置をミリ単位で計測できるので、間違えようがないのだ。衛星からの電波が攪乱されたに違いないとか、陰謀論を持ち出さない限りは笑。

ご案内の通りその日本代表も、決勝トーナメント1回戦でクロアチアにPK戦の末に敗れ、ベスト8の夢は今回も叶わなかった。

PK戦はもはや運試しだから、これでまたしても掌返し(監督・代表批判)になるようなことはない、と信じたいのだが、昨今の言論状況を見ていると、いささか不安になる。

と言うのは、私が今もって腹に据えかねていることなのだが、日本のサポーターが観客席のゴミ拾いをして帰ったことにケチをつけるような人たちがいた。

順を追って述べると、サポーターだけでなく代表の選手たちも、ロッカールームを綺麗に片付けて引き上げたが、これが主催者からも賞賛された

「(日本代表は)こんな感じでハリファ国際競技場の控え室を出ました。塵ひとつない。Domo Arigato」

さらにくだんのサポーターたちは、大会関係者から表彰までされたのである。

ところが、国際政治学者の舛添要一氏が、こんな投稿を行った。

「日本のサポーターがスタジアムの清掃をしているのを世界が賞賛しているという報道もあるが、一面的だ。身分制社会などでは、分業が徹底しており、観客が清掃まですると、清掃を業にしている人たちが失業してしまう

さらには(自称)実業家の井川意高氏も、

「こういうの気持ち悪いからやめてほしい」「ただの自己満足。清掃人の仕事を奪っている」

などと投稿し、さらには前述の舛添氏の発言を引用して、階級社会では侮蔑の対象になる、などというコメントも発した。

舛添氏は前任の東京都知事でもあった人だが、在任中、温泉旅行の費用を政治資金から支出したり、美術品を買いあさるなどの公私混同ぶりを糾弾され、辞職の沙汰となった。

井川氏は大王製紙の元会長だが、カジノに通い詰めて莫大な借金を背負った挙げ句、不正な借り入れをしたとして特別背任罪に問われ、懲役4年の実刑判決を受けて服役した(1年あまりで仮釈放され、現在、刑期は満了している)。 

こうしたことから、自分たちの行状を棚に上げて……といった声もネット上には数多く見られたが、私はそうした「一面的な」批判はしない。犯罪者が言おうが、九九もちゃんと言えないような不登校児が言おうが、正しいものは正しいのだし、間違っているものは間違っているのだ。

そして私は、彼らの意見には1ミリの正当性もないと断じるものである。

お二人とも、なにか考え違いをしているようだが、サポーターが観客席のゴミ拾いをして帰ったら、トイレや通路を含めたスタジアム全体の清掃が不要となって作業員が失業するだろうか。普通に考えて、そのようなことはあり得ないし、そもそも清掃業者の報酬は片付けたゴミの量に応じて支払われるわけではない。冒頭で町内会の歳末警戒を引き合いに出したのも、寒空の中で夜回りをして「消防の仕事を奪っている」などと言われては、それこそ立つ瀬がない、と思えたからだ。

身分制社会・階級社会がどうのこうのに至っては噴飯もので、前シリーズの最初に述べたことだが、カタールという国は総人口の9割ほどが移民労働者によって占められている。

たとえば大会の大手スポンサーでもあるカタール航空など、経営陣はほぼ全員カタール人で、パイロットは大半がエジプト空軍出身者、そしてCA(客室乗務員)は世界中から美人を集めていると、もっぱらの評判なのである。美人はこの際、どうでもよいが。

舛添流の国際政治学では、このような国も「分業が徹底した身分制社会」にカウントされるのだろうか。

さらに言うなら、今次の大会のために、彼ら移民労働者が多大な犠牲を強いられたことは事実だ。大会に向けて、スタジアムなどインフラの整備が急ピッチで進められたわけだが、灼熱の砂漠気候の中で、重労働に従事させられた労働者の多くが熱中症で倒れ、人権監視団体によれば死者だけで6500人以上だったという。

しかも、たとえ落命しても満足な補償がなされず、賃金の未払い案件も相当な数に上るとの報告があり、こうしたカタール政府による人権侵害をと糾弾する声は各方面から聞超えてくる。英国BBCなど、開会式の中継を拒否したほどだ。スペインやイタリアでも、パブリック・ビューイングが中止された。

いやしくも国際政治学者を名乗って活動するのであれば、こうした問題にする意見を、まずは開陳すべきではなかったか。

とどのつまり私がなにを憂えているのかと言うと、このように、本質的な問題から目をそらしたまま、他人の努力やその結果としての賞賛に、冷笑を向けるような態度を「クールだ=かっこいい」と受け止める風潮が一部にあり、それが子供社会にまで影響を与えている傾向に対してである。

次回、この問題をもう少し見てみたい。

(つづく)

トップ写真:W杯で観客席の掃除をするためのゴミ袋を掲げている日本サポーター(2022年11月27日 カタール、ドーハ) 出典:Photo by Marvin Ibo Guengoer – GES Sportfoto/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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