来年の台湾総統選を巡る民進党内の紛争
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・来年の総統選挙、民進党主席頼清徳副総統の出馬が有力。
・蔡総統は、来年の民進党総裁候補を頼清徳ではなく陳建仁にしたいのではないか。
・国民党と民衆党が組めば、民進党は苦戦するかもしれない。
昨2022年11月の台湾統一地方選挙で、最大野党・国民党が大勝した。与党・民進党の蔡英文総統は、敗北の責任を負って党主席を辞任(a)している。
そこで、まもなく民進党内で主席選挙が行われる運びとなった。けれども、同選挙には、頼清徳副総統だけしか立候補しなかった。そのため、今年1月18日、頼副総統は党主席に就任(b)している。このままならば、来年の総統選挙には頼副総統の出馬が有力視される。
だが、実は、蔡総統は、必ずしも頼副総統を快く思っていない。前回(2020年)の総統選では、蔡総統が再戦を目指していたが、島内であまり人気がなかった。そこで、人気の高い頼清徳が、総統選に立候補をしようと試みたのである。
2019年3月、民進党内で総統予備選挙が告示された。その際、同党内は「蔡支持派」と「頼支持派」で割れた。また、コロナ下では、スムーズに予備選を行う事ができなかった(だから、党幹部が予備選の引き延ばしを図っている)。
初め、世論調査では、頼副総統が優勢だった。だが、同年6月、世論調査の結果、蔡総統が頼副総統を破り、民進党の総統候補(c)となっている(前者が35.7%、後者が27.5%で8.2%ポイント差)。
その後、蔡総統は、翌年1月の総統選挙での勝利を目指し、頼清徳をあえて副総統候補に指名した。これで、民進党はベストペアが誕生したのである。その結果、蔡総統は、国民党の韓国瑜候補に圧勝している。しかし、再選後、蔡総統は、頼副総統と距離を置いていた。
今年1月27日、蔡総統は、同19日に辞任した蘇貞昌行政院長(首相)に代わり、総統に近い陳建仁前副総統を行政院長に指名(d)した。元来、陳前副総統は疫学が専門である(国立台湾大学や米ジョーズ・ホプキンス大学で学んでいる)。
かつて、陳前副総統は、行政院(内閣)署署長や行政院(国家科学委員会主任委員を歴任しているが、生粋の政治家というわけではない。ただ、陳建仁は政治家の家系だという。陳の父、陳新安は高雄国民党の「白派」の元老であり、王金平元立法院長(国会議長)の「師匠」(e)だった。
蔡総統は、表向きは行政院(内閣)の刷新で、党の立て直しを図るとしている。確かに、陳新行政院長の組閣は、フレッシュな側面がある。だが、ひょっとして、蔡総統の真の狙いは、来年の民進党総統候補を頼党主席ではなく、陳院長にしたいのではないだろうか。
今までの陳院長の経歴を見る限り、台南市長や行政院長を務めた頼副総統と比べ、著しく見劣りする。そこで、蔡総統は、陳建仁を行政院長のポストに据える事で、頼副総統と同等の職歴を与えたのではあるまいか。おそらく、行政院長のポストに関して、民進党内では別の候補もいたと思われる。
もし、民進党は頼清徳で一本化できれば、来年の総統選挙で勝利する可能性は高い。けれども、党内が割れていると、国民党に“つけ入る隙”を与えかねないだろう。
一方、国民党は、朱立倫党主席が総統選に出馬する公算が大きい(f)。ただし、鴻海(ホンハイ)の郭台銘が国民党の総統候補予備選に出馬する(g)事も考えられよう(前回、郭台銘は、予備選で韓国瑜に惨敗した)。
他方、民衆党の柯文哲前台北市長の動向(h)も気になるところではないだろうか。同党は全島政党ではなく、いわば“地域政党”である。しかし、柯文哲が総統選に副総統(前述の如く、国民党の朱立倫が総統候補か)として出馬すれば、票の行方が読みにくくなるだろう。実際、民衆党は民進党や国民党と支持基盤が重なる地域があるからである。
仮に、国民党と民衆党がペアを組めば、民進党は苦戦するかもしれない。
〔注〕
(a)『自由時報』「県市長でわずか5議席 民進党大敗し、蔡英文が党主席を辞任」(2022年11月27日付)
(https://news.ltn.com.tw/news/politics/paper/1553824)
(b)『自由時報』「本日、頼清徳が党主席に就任 陳其邁:総統選に勝利するためには『その責任は重く、道のりは長い』」(2023年1月18日付)(https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/4188536)
(c)『BBC News中文』
「2020年総統選挙で民進党総統候補者となった蔡英文:勝利の鍵と厳しい挑戦」(2019年6月13日付)
(https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-48621404)
(d)『聯合新聞網』「絶えず更新/陳建仁行政院長内閣改造が終了 完全リスト一度に見てみよう」(2023年1月28日付)(https://udn.com/news/story/123286/6902146)
(e)『三立新聞網』「行政院長を引き継ぐ陳建仁 柯建銘が『政治家一族』の背景を暴く:皆が考えているような政治の素人ではない」(2023年1月27日付)(https://www.setn.com/News.aspx?NewsID=1244166)
(f)『台湾蘋果新聞網』「朱立倫は総統選挙に立候補するのは確実か? いきなりの質問に驚き『1動作』で、その謎を解き明かす」(2023年1月11日付)(https://tw.nextapple.com/politics/20230111/E195DEB0D51EA4E1530B0BBCFE50CBEC)
(g)『聯合新聞網』「2024年総統選に参戦か? 郭台銘:神が決断を下すように頼んだと明かす」(2023年1月22日付)(https://udn.com/news/story/6656/6927069)
(h)『聯合新聞網』「2024 年の総統選について柯文哲は副総統候補として3条件を提案:相互補完性の必要性がある」(2023年1月26日付)(https://udn.com/news/story/6656/6931472)
トップ写真:2022年の台北の地方統一選挙時の民衆 出典:Photo by Louise Delmotte/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。