中国「台湾侵攻」の可能性は低い
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国は台湾の防空識別圏に記録的な数の中国軍機等を4日連続で送り込んだ。
・台湾の蔡総統は、中国とのいかなる統一も拒否すると断言。
・バイデン氏「台湾防衛責務発言」もあり、中国「台湾侵攻」の可能性は著しく低いのではないだろうか。
昨今、中国の「台湾侵攻」がまことしやかに囁かれている。確かに、中国側には、それを裏付けるような言動が見られる。
今年(2021年)7月、習近平国家主席は「中国共産党創立100周年」を記念して天安門広場で演説を行った。その中で、「『台湾独立』に向けたいかなる試みも『完全に粉砕する』」と強調した。習主席は(従来の主張である)台湾への「武力統一」も辞さない構えをみせたのである。
そして、10月初旬、中国は台湾の防空識別圏に記録的な数の中国軍機等を4日連続で送り込んだ。
同月1日、中国の戦闘機等延べ38機が、同防空識別圏に進入した。翌2日、39機が同識別圏を横切った。3日、16機が同識別圏に侵入している。更に、4日、延べ56機(1日当たりで過去最多)が同識別圏に入り込んだ。
10月9日、習主席は「辛亥革命110周年記念大会」で演説し、「台湾統一を果たさなくてはならない」と述べた。ただ、台湾との「平和統一」を主張し、「武力統一」には言及していない。
翌10日、北京政府は、中国軍が最近実施したという「台湾上陸作戦」の映像を公開した。無論、台湾を牽制する狙いだろう。だが、本当に台湾への上陸作戦を行う予定ならば、わざわざその映像を公開したりするだろうか。
同日、台湾では「中華民国建国110周年」が行われた。蔡英文総統は演説の中で、「(1)自由と民主主義の憲法体制を永遠に堅持し、(2)中華民国と中華人民共和国は互いに従属しないことを堅持し、(3)(台湾の)主権を堅持し、(中国による台湾)併合を許さない、(4)中華民国・台湾の将来は、台湾全人民の意思に従う事を堅持する」と述べている。
「本土派」の蔡総統としては、「台湾は中国との、いかなる統一も拒否する」と強調した。そもそも台湾人民が総統選で民進党の総統を選出したのは、中国共産党に台湾を支配されたくないからである。
▲写真 大統領選に勝利した後演説する、蔡英文中華民国総統(2020年1月11日に台湾の台北にて) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images
さて、10月13日、プーチン大統領はモスクワで開かれたロシア主催の国際会議「ロシアのエネルギー週間」に出席した。その際、司会者との質疑応答の中で、台湾問題に触れている。
《プーチン氏は「私も出席した最近の国際会合で、習氏は『いかなる問題解決にも武力は行使しない』と話していた。中国の国家哲学は武力行使と結びついていない」と指摘》(『SankeiBiz』(サンケイビズ)「『中国は台湾に武力行使せず』プーチン氏が見通し示す」<今年10月14日付>)したという。
大統領の発言の中で、後半部分がきわめて重要ではないか。そもそも、中国の“国家哲学”とは何か。それは中国の代表的古典『孫子』を指すことは間違いない。つまり、大統領は『孫子』を読めば、中国の“国家哲学”と中国共産党幹部(人民解放軍幹部を含む)の行動様式がある程度わかる、と喝破したのだった。
『孫子』の「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」は日本人によく知られたフレーズである。ところが、これはあくまでも孫子の “セカンドベスト”にすぎない。孫子の唱える“ベスト”は「戦わずして勝つ」である。
そのため、様々な手法を採る。敵への脅迫をはじめとして、(a)偽情報を流す、(b)スパイを送り込む、(c)賄賂を送る、(d)ハニートラップを仕掛ける等、あらゆる手段を採る。
武力を用いずに敵に勝利する事こそが、孫子の唱えた最高の戦法である。当然、共産党幹部らはこの「孫子の兵法」を熟知している。したがって、北京は、普段からこの戦法にしたがって、行動していると言っても過言ではない。
一方、10月21日、「バイデン大統領」は、メリーランド州ボルティモアで開かれたCNNテレビ主催の対話集会に参加した。司会者から「米国は台湾を守るつもりか」との質問に「バイデン大統領」は、「その通りだ。われわれにはそうする責任がある」と語っている(その後、ホワイトハウス当局者は対話集会の終了後、発言の真意を説明する対応<いわゆる“火消し”>に追われたという)。
では、「バイデン大統領」が言及した米国の台湾に対する“責任”とは一体、何か。
われわれが以前から主張しているように、米国は1979年に成立した「台湾関係法」という“国内法”で「台湾人の生命、財産、基本的人権を守る」と謳っている。
この法律は、米台両国間の条約や協定ではない。あくまでも米国の“国内法”である。それでいて、米国が一方的に台湾防衛を公言している。すなわち、台湾は米国にとって準州(グアムやサイパン<北マリアナ諸島自治連邦区>等)に相当すると考えられよう。
したがって、巷間よく言われる「米国は台湾防衛に関して、“曖昧戦略”を採っている」という議論には疑問が残る。
中台間で偶発事故が起きる、あるいは、中国共産党トップが「合理的判断」ができなくなる場合を除き、中国の「台湾侵攻」の可能性は著しく低いのではないだろうか。
トップ写真:中国建国記念日に抗議し、中国の習近平国家主席の逆さまの肖像画に塗料をスプレーする台北市民。(2021年10月1日 台湾・台北にて)出典:Photo by Lam Yik Fei/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。