東大コロナ留年ーこれまでの経緯のまとめー
金田侑大(北海道大学医学部)
【まとめ】
・1月26日高裁が杉浦氏の訴えの審理を地裁に差し戻すことを決定。
・東大コロナ留年問題は、コロナ関連で生じた多くの問題の氷山の一角。
・杉浦さんの問題に向き合うことは、コロナ対策と機会保証の問題を問い直す第一歩。
“東大コロナ留年訴訟、差し戻し 学生の訴え却下した一審判決を東京高裁が破棄”
大見出しとして書かれた上の文字をネットニュースで目にしたとき、ようやくか、と、私は胸をなでおろす思いであった。
昨年8月、東京大学教養学部理科3類に在籍する杉浦蒼大さんが、コロナ感染により授業を受けられなかった際、補講が認められなかったために単位が不認定となったことで、東大を相手に訴訟を起こすまでに陥ったこの問題に、ようやく進展の兆しが見え始めた。ここに、これまでの経緯を簡単にまとめる。
杉浦さんは、昨年5月、コロナに感染した。基礎生命科学実験という必修科目において、熱や頭痛といった症状が酷かったため、その日に欠席連絡を行うことができず、5/17,24日の授業を欠席した。症状改善後、25日に規定より遅れて欠席連絡を行い、24日開講分に関しては受理された一方で、17日開講分に関しては受理されず、その後も診断書すら受け取られないまま補講対応が認められなかった。なお、当該科目の規定では、欠席当日の朝11時までの連絡が必要だとされていた。
そして、同年7月に発表された”不可”という成績結果を見て、コロナで欠席した分の補講をしてほしいと、杉浦さんは異議申し立てを行った。すると、基礎生命科学実験の成績が17点減点され、その上で、「補講に関わらず単位不認定である」と東大からの返答があった。しかしながら、17点の減点理由に関しては、1か月半以上、東大から十分な説明が得られなかった。
そのため、杉浦さんは8月に文部科学省にて会見を開き、東大に減点理由の説明と、補講対応を要求した。すると翌日、東大から報道への抗議文が公開され、「欠席当日の夕方に大学のサイトにアクセスした形跡があり、コロナ感染による重篤な症状があったとは認めがたい」との主張が表明された。加えて、減点の理由は教員による成績入力ミスであったことが、後日メディアからの取材で初めて明かされた。
結果として、杉浦さんは他の科目では補講が認められた一方で、当該科目の単位が取得できないまま、降年(他大学の留年に相当する)を言いわたされることとなった。そして、「過失がないのに教育機会を奪われた」として、降年の処分等の取消し、名誉毀損の損害賠償を求め東大を提訴するという事態に陥っている。
昨年9月の東京地裁での一審判決では、降年は単位不認定の直接的な効果であって、単位を取得できなかったという結果は、司法審査の対象にはならないと判断された。東京地裁の岡田幸人裁判長は「進学選択不可処分」などは「行政処分」に当たらないため、訴訟の要件を満たさないとして訴えを却下する判決を出した。杉浦さんはいわゆる、“門前払い”のような扱いを受けることになった。
しかしながら、杉浦さん側は控訴し、5ヶ月ほど経った今年1月26日にようやく、高裁の判断で、杉浦さんの訴えを却下した東京地裁での一審判決を破棄し、審理を地裁に差し戻すことが決定された。東京高裁の渡部勇次裁判長は、「現時点で訴えが不適法と断ずることはできない」と判決で述べている。
以上がここまでの簡単な経緯だ。私はこれまで何回かに渡って、学生と対話の場を持とうとしない東大の在り方に疑問を呈してきたが、今回の決定で、ようやくまともな審理がなされるだろう(と期待している)。とはいえ、その場が大学の中ではなく法廷というのは、客観的に見て、非常に悲しいことだ。
大学の学びの主体は学生であるにも関わらず、彼らの声が大学に届いていないという状況が長年放置されており、その延長上にこの問題が起こっているのだということを、今一度、多くの人々に認識してほしい。
杉浦さんは「抗議をしたら制裁を受けることがまかり通ってはいけない」と、今年1月30日の会見で述べているが、まったくもってその通りである。“成績”という、学生側からしてみればブラックボックスとも言える情報を大学側に握られている以上、反対の声を上げるには多大な勇気が必要だ。その声を、一人の東大生の、自分には無関係な問題だと、他人事として枯らしてはならない。
なぜなら、東大コロナ留年問題は、コロナ関連で生じた、今後議論すべきだが見過ごされてしまっている多くの問題の氷山の一角に過ぎないからだ。日本のコロナ対策の迷走は、多くの犠牲、例えば、修学旅行や運動会などの経験の損失であったり、人々の外出自粛による飲食店の閉店や、孤立に伴う鬱病であったりを、現実問題として引き起こしている。
日本は、コロナ感染による致死率に関しては、OECD内でこれまで最優秀の地位を誇ってきたが、これは、官僚や専門家、権威のある機関が講じた対策の成功だけを意味しているというわけでは断じてない。声の届くことのない、国民たちのさまざまな“我慢”の上に、コロナ対策が成り立っているということを決して忘れてはならない。
杉浦さんの問題に向き合うことは、コロナ対策と機会保証の問題を問い直す第一歩であると、私は考える。十分な審理と議論の上に、この問題の収束があることを望む。
【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部医学科の歩くグローバル。2021年9月から2022年7月までイギリスのエディンバラ大学に留学し、医療政策・国際保健を学んだ。座右の銘は“いちゃりばちょーでー”。
(本記事は、MRIC by医療ガバナンス学会「Vol.23027 東大コロナ留年-これまでの経緯のまとめ」2023年2月13日の転載です)
トップ写真:杉浦蒼大氏 提供:医療ガバナンス研究所理事長、上昌広氏
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この記事を書いた人
金田侑大
スイスはフラウエンフェルト出身。母は日本人、父はドイツ人というバックグラウンドで育つ。私立滝中学校、私立東海高等学校を経て、現在は北海道大学医学部医学科4年に在学中。2021年9月より1年間イギリスのエディンバラ大学に留学し、医療政策や国際保健といった分野を学んだ。ハリーポッターの地、エジンバラで魔法使いになるべく一年修行するも、残念ながらマグルだったようで無念の帰国。将来、図らずも病院に来ることになってしまったたくさんの方々を、笑顔にして見送れる魔法を使えるように、北海道の病院で再修行させていただいております。